『ご苦労だったな。マリカ』
私はそんな呼び声に意識を覚醒させた。
「アーレリオス様」
私を呼んだのはプラーミァの『精霊神』アーレリオス様。
精霊獣の形では無く、人型をとっているということは、多分ここは夢の中なのだろう。
白くて、何もない空間。
私の頭の中、というかインナースペースなのかもしれないけれど。
『儀式は無事終わったようだ。
一般客に大きな身体異常を訴える者も無く、皆、喜んで戻って行った。
昨晩、街では今迄で一番美しい大祭であったと参加者が大盛り上がりであったそうだぞ』
「そうなんですか?
私はてっきり誰がやってもああいう風になるのだと思っていたんですけれど」
『どうかな? 私も実物を見た訳では無いから知らぬが普通の王族の『聖なる乙女』であるならあそこまで大げさなことにはならなかった、と思う。
あの装……舞台や会場に仕掛けられたものからして観客からチラチラ白い光が集まって、空に細い光の筋が立つ、くらいではないかな?』
「そんなものなんですか?」
だとしたら、やりすぎたかな。
前のアンヌティーレ様がどんな感じで『聖なる乙女』していたか解らなかったから自分の思うままやってしまった。
だってアンヌティーレ様がどんな舞をしてどんな風に儀式をしていたか神殿の人達に聞こうとしても皆
「そのようなこと、気にしなくて構いません。
姫君は姫君として、『神』が導くまま儀式を行って下さればよいのです」
って教えてくれなかったんだもん。
『まあ、あの方もこれで暫くは大人しくなるであろう』
ふふんと、鼻を鳴らす様に笑うアーレリオス様に私は思わず小首を傾げてしまう。
「? 何でです?」
『世界中から恒常的に収集している力とは別に大量の『気力』が送られて来たのだ。
無許可で盗み取るのと、無理やり奪い取るのと、自分の意思で捧げ贈られたのとでは同じ『気力』でも質が違う。
加えてマリカ、其方の力と『星』の力。さらにはアルフィリーガの『力』と最高純度の、だが質の違う力が入り混じっている。
分類は面倒だが、捨てるのにはあまりに惜しい質と量。
今頃は必死で濾過していることであろう。……いい気味だ』
言ってみればハイオクガソリンにレギュラーと軽油が混ざった感じだろうか?
質は最高級で捨てたくないけれど、濾過には時間がかかるのかも。
「あの力で『神』がパワーアップして仕掛けて来る、とかないですか?」
「……当面は無いな。あの方が『力』を集めるのは目的があるからだ。
大量かつ巨大な『力』。まずは目的の為に使うだろう。
それは『神』を将来的に利することになるかもしれんが……、まあその時はその時だ』
「アーレリオス様は『神』が力を集める理由。
目的をご存知なんですか?」
『知っているか否か、で言うのなら知っている。
だが……』
「言えない。言う事を許可されていない、ですか?」
『まあ、そういうことだ。悪く思うな』
「『精霊神』様に一体誰が許可を出すっていうんです?
まあ、いいですけど。聞きません」
ツッコみたいところは山ほどあるけれど、聞いて教えてくれるくらいならちゃんと教えてくれている。
きっと。
だから今は言えないなら聞かない。
それより聞きたい事もあるし。
「それよりずっと気になっていたんです。
リオンは、元気になったんですよね? もう大丈夫なんですよね?」
舞の時、リオンは多分、目覚めて直ぐに駈けつけて来てくれた。
儀式前に直っていたなら護衛の列に並んでいただろうから、かなり無理をしていたのではないかと今なら思える。
あの時は嬉しくてそこまで考えられなかったけれど。
加えてかなり力を足してくれた。(多分)リオンがくれた力が無かったら皆に返すまでいかなかった気がする。
『ああ。当面の危機は脱した。
お前のおかげだ。『星』の護りは壊れたが、逆に免疫のようなものもできたから同じ事を仕掛けても、おそらくできないだろう。
安心するがいい』
「それは良かった。でも、壊れた? 『星』の護りが?」
私は親指を見る。指先はもう普通の色に戻っている。
手で擦っても色は変わらない。
「私のももしかしたら壊れたんでしょうか?」
『壊れた、というより力を使い果たした、だろう。
舞の時、お前の心を護り、『星』の力と意思を『神』に届けたことでそれは十二分に役目を果たし終えている。
心配するな』
「『星』は怒ったりしないですよね」
『無論。よくやってくれたと褒めこそすれ、怒ることは無い筈だ』
「なら、いいです。期待に添えたのならそれで……」
ありがとうございます。
私は心を込めて手の平を祈りに組んで目を閉じる。
皆の、そして『星』の助けが無ければ、私はきっと心を奪われたり、人々を守れなかったりしたかもしれない。
「……ねえ、アーレリオス様」
『何だ?』
感謝の祈りを捧げた後、私は優しい『精霊神』様を見る。
きっと、全ての秘密をこの方は知っている。
「私の親って『星』なんですか?」
『『星』は全ての父にして母。この星の全ては彼女の子である。無論、お前達もな」
はぐらかされた。
でも、否定では無いってことは、あの後、いっぱい考えた私の中の仮定も多分、まんざら間違っている訳ではないのだと思う。
私は、ううん。
私と、リオンはもしかしたら……。
『子どもは余計な事を考えなくていい。
いずれ、時が来たら『子どもの時間』は終わるのだ。その時まで無垢に楽しむが良かろう』
「解りました。ご厚情感謝します」
焦ってもしょうがない。
アーレリオス様のおっしゃるとおり、今は皆と当たり前に子どもとして生きられる『今』を楽しもう。
『目が覚めたら、最後の一幕が待っている。
全て終わり、国に戻るまで気を抜くなよ』
「はい。頑張ります」
ニッコリ微笑んだアーレリオス様は、私を抱き上げるとおでこにそっと唇を落す。
こうして話している間は気付かなかったけれど、アーレリオス様は本当にプラーミァの国王陛下とそっくりで背が高い。
優しい仕草にはお父さんのような暖かみがある。
私をこの世に生み出してくれた命の源に興味があるけれど、そこまで気にならないのはきっと、私を本当に愛し守ってくれる方達がいることを確信できるからだ。
深い想いに包まれて、私は目を閉じた。
疲労も悩みも全て溶けて消えていくようで、とても気持ちが良かった。
私が、目を覚ましたのは(多分)翌日の朝だった。
と思う。
「あ……れ?」
昼とは違う輝くような光が窓から差し込んでいる。
横にはくうくうと寝息を立てて目を閉じているピュール。
いつの間にローシャと交代したのかなと思うのだけれども、まあ別に気にする事じゃないよね。多分。
「私、あのまま寝落ちしたのかな?」
寝台の上の私は服を脱がされ、寝間着に着替えさせてもらい、化粧も落して貰っていた。
疲れて指一本動かせなかった身体はスッキリ。
気分はシャッキリ。
また気絶しちゃったという自己嫌悪はあるけれど、それ以外は爽快な目覚めだ。
「マリカ様、おはようございます。
お目覚めになられて良かった。安堵いたしました」
私の部屋の音や気配に気を配っていたのだろうか?
起きてすぐにドアをノックする音がする。
流石と言うか凄いと言おうか……。
「おはようございます。ミュールズさん。
また意識を失ってしまったみたいで心配とご迷惑をかけてごめんなさい。
儀式は無事に終わりましたよね」
私の確認にはい、とミュールズさんは微笑んで頷いてくれる。
「近来稀に見る素晴らしい儀式であったと、誰もが絶賛しております。
今日が最後のお勤め。
後夜祭の儀式が終われば『礼大祭』は終了でございます。
あと少し、頑張って下さい」
「はい。ありがとうございます」
最後の讃美歌が終われば、皆の所に戻れる。
アルケディウスに帰れる。
「よーし、頑張るぞ!!」
私は軽くなった身体と心で、寝台から元気に飛び降りたのだった。
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