【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 フェイの結婚式

公開日時: 2025年1月27日(月) 08:57
文字数:4,107

 新しいお客様を招き、披露宴はさらに盛り上がりを見せていた。


「これは……素晴らしい美味ばかりですね。

 流石アルケディウス。王宮晩餐会でさえ、まだシュトルムスルフトにはこの味は出せません」

「お気に召して頂けたのなら幸いです。シュトルムスルフトではあまり猪や豚の肉は食されないと聞いておりますが、こちらは魚介をベースにしたもですし、このラーメンは鶏ガラを使っています。お口に合うといいのですが」

「ラーメンは塩がさっぱりしていてお勧めですよ。出汁の味がスマートで……」

「では、フェイのお勧めを頂いてみましょうか。ああ、本当に美味しい」


 主賓の二人は、一人でお祝いに来て下さった伯母上アマリィヤ様が手持無沙汰で寂しくならないように甲斐甲斐しく世話をやいていた。

 シュトルムスルフトでもきっとなじみのない立食形式のパーティ。

 料理をとってきてあげたりしてね。


「ねえ、マリカ姉。あの人だあれ? フェイ兄にそっくりだけど」

「フェイ兄の伯母さん。うーんと、フェイ兄のお母さんのお姉さん」

「おかーさんのおねーさん?」

「ちょっと解り辛いよね。今度ゆっくり教えてあげる」

「おや、可愛い子達がいっぱい。君達は? 今、フェイの事を兄って言った?」


 一方アマリィヤ様も女王陛下の猫を脱いで、ちょっと素に戻っているのかも。

 女性らしさは失っていないのだけれど、気さくな親せきのお姉さん(流石に伯母さんと呼ぶのは気の毒だから)モードになっている。

 輝く笑顔で、子ども達に視線を合せた。


「こ、こんにちは」

「えっと、同じ孤児院で育った兄弟みたいなものなんです」

「そっか。じゃあ、君達も私の親せきみたいなものだね」

「親せき?」

「家族のようなものさ。仲良くしてくれるとうれしいな」

「いいよ!」

「女王陛下?」

「私の事は、本当にどうぞお気になさらず。母の監視の目もなく、女王でもなく、一人のアマリィヤとして、自由に過ごせるのは生まれて初めてのような気がします。

 おや、君達は双子? 私も双子で生まれたんだ」

「へー」「フォルとレヴィーナも双子だよ」


 すっごく楽しそうなアマリィヤ様。

 ジャックやリュウもあっという間にアマリィヤ様に懐いたようだ。

 子ども達と仲良くして下さる彼女を見ていると、もし、王家に生まれなかったら。

 いや、双子の兄君が亡くならなかったら。

 彼女はもっと自由に好きな人と結婚したり、生活できたりしたのかな、と少し気の毒に感じる。

 自分の運命を自分で切り開いた方に失礼な話だと思うけれど。


「フェイはお母様似、アマリィヤ様似ですが、こうしてみるとお父様の面影もありますね」


 テーブルの上に飾ったフェイの御両親の肖像画を見ながら、ソレルティア様がフェイと顔を見比べながらそう言った。


「そうですか? 自分では解りませんが」

「ええ、空を切り取ったような蒼い瞳は勿論の事、鼻立ちとか、意思を宿した眼差しなどはよく似ていると思いますよ」


 言われてみればそんな気がする。

 やっぱり異世界でもDNAっていうかはあるんだろうね。


「ん? 何しているの? ギル」

「あ! ごめん! まだないしょ!」

「ないしょ?」


 アマリィヤ様と遊んだり、ご飯を食べていた筈の子ども達の輪から、気が付けばギルが外れてこちらを見ていた。こちら、っていうか、フェイとソレルティア様のテーブルを。

 私に見つかって、タタっと、子ネズミのように逃げ出したギルは、手に何か持っている様子。そしてゲシュマック商会のテーブルでこそこそ。

 なにやってるんだろ?


「マーリカ。フェイ兄、やーっとできた。成功したー」

「アル?」

「あ、成功? よかった」


 披露宴が開始して間もなく、外に出て行ったアルが何かを持って戻ってきた。

 一枚のガラス板を、フェイに差し出す。


「おお、凄い」

「これはこれは……。写真、と呼んでいましたか?」

「そう。これは銀板写真っていうやり方」

「たった一度っきりの機会だからな。失敗したらどうしようかと思ってヒヤヒヤしたぜ」

「素晴らしいですね。皇王陛下、これもアルケディウスの新技術でございますか?」

「アルケディウスの、というよりは神の国の技術、科学とよばれるものでございますな。

 私も見るのは初めてです」

「カメラという道具を使って光景を板に写し取る技術なんですよ」


 今のアースガイアではデジカメはおろか、ネガフィルムによる写真撮影もできない。

 フィルムが作れないのだ。

 でも、私達の結婚式に向けてカメラを作るように、というステラ様のお達し。なら、ここは古き良き銀板写真かな? と。昔のマンガで見て興味を持って調べたものを再生した。

 ……ジョイやアル達が。

 ガラスの板に銀メッキをして、それを特殊な溶液に浸して膜を作って、感光させて撮影する。二十一世紀のカメラのようにはいかないけれど、失敗や研究を重ねてかなり綺麗な画像が映し出されている。


「これは、式の時のフェイと奥方? 今とドレスが違いますね」

「今のはお色直しに着替えたものなので。こちらは式の時の花嫁衣裳ですね」

「とても良く似合っています。

 本当に姿を板に写し取ったかのよう」

「まだ、カラー写真にはできなかったり、撮るのに時間がかかったりしますけれど、きっとこれから開発が進めば、もっと綺麗な写真になると思います」


 白黒だったり、左右反転していたり。

 二十一世紀組からすれば課題は多いけれど、この世界にとってはほぼ最初の『結婚記念写真』だ。


「ぜいたくを言えばこちらの姿も見たかった気がします。……この写真、頂くことは難しいですよね」


 というのはアマリィヤ様。

 申し訳なさそうにアルが首を横に振る。


「悪いけど、同じ写真は作れないし、増やせないんだ。

 結婚式の写真はこれの他は集合写真だけだからなあ~」

「いえ、いいのです。聞いてみただけですから……。いつか話せる日が来たら祖母である母や、ファイルーズの墓で見せてあげたいなと思ったので」


 お気持ちは解るのだけれど、写真やカメラの機能が、改良に改良を重ねても、焼き増し複製ができるフィルムができるのは多分、かなり後の話だ。

 紙の加工などには銀板写真とは比較にならない複雑工程がいる。今回はちょっと間に合わないかな。


「いずれ、世界の情勢が落ち着いて、僕も信用を得てシュトルムスルフトに行けるようになったら、その時に持っていきますよ」

「うん。期待してる」


 アースガイア最初の記念写真は集合写真と共に魔王城預かりになる。

 いずれ、歴史に残るかな?

 と、その時。

 くいくいっ、とアマリィヤ様の服の裾が後ろから引かれた。


「フェイ兄? フェイ兄のおねーさん?」

「お姉さん、ではなく伯母上で……」

「いいから、フェイ。何かな? えーっとギル君?だっけ」

「うん」

「何ですか? ギル?」


 流石国王様、魔王城の子ども達の名前、もう覚えたのかな?

 膝を落として視線を合せて下さったアマリィヤ様に、もじもじと、どこか緊張した様子のギルがラールさんとリードさんに促されて、何かを差し出した。

 

「これ、あげる」

「え?」「これは……」


 ギルが差し出したものを見て、固まるフェイとアマリィヤ様。

 さっき、アマリィヤ様がフェイにご両親の肖像を渡した時とはまた違う驚き方してる。


「おとーさんと、おかーさんと、フェイ兄と、ソレルティア様。それからおねーさん。

 いっしょにかいたんだ」

「え? 見せて? うわー、ステキ。皆さんも見て下さい!」


 アマリィヤ様が、皆にも見れるようにテーブルの上にギルからのプレゼントを置いてくれたので私は皆を呼び寄せた。

 

「凄い……ですね。結婚式の時の衣装の私達と、ご両親、それにアマリィヤ様が一緒に写真を撮ったよう……」


 中央に結婚式の時の衣装のフェイとソレルティア様。その後ろに立つようにご両親の顔があって、さらにフェイの横にアマリィヤ様が立っている。

 写真と比べると七歳児の絵だから荒さとかはあるけれど、でも写実的な絵を得意とするギルが、心を込めて丁寧に描いたのが伝わってくる。正しく、家族の肖像、だ。


「写真には写真の良さがあるけれど、絵にも絵にしかできないことと、良さがあるんだよね」

「ラールさん!」


 見ればラールさんがドヤ顔で笑っている。


「ギル君、元々、フェイ君の結婚式の絵、ってごちそうそっちのけで描いてたんだよ。

 二人の結婚式のイラストを。

 で、ご両親の肖像画が出てきたから、一緒にしてみたら? って誘ってみた。

 構図とかはちょっと手伝ったけど」


 なるほど。見たものを忠実に描くのが好きなギルにしては珍しい発想の絵なのは、地球生まれのマンガオタク。ラールさんの発案だからか。

 イメージ的には合成写真だね。

 いい。これはホントに、凄くいい。


「これなら、思い出をお持ち帰り頂くことができるでしょうし、まったく同じにはなりませんが複数枚用意することもできると思います。

 今回は色を入れる時間がありませんでしたが、もし時間を頂ければゲシュマック商会が絵の具を調達しますので、彩色してお渡しすることもできるとギル君は言っています。

 今までは不老不死で思い出を残す、という概念があまりありませんでしたが、今後需要が増えるかもしれませんね」

「ステキ。これは本当に写真とはまた違う、いい思い出になるね」

「これは負けたかな?」


 アルがちょっと寂しそうに言うけれど。これは勝負じゃない。


「負けた、とかじゃなくってラールさんも言った通り、別の良さだよ。ね。フェイ?」

「ええ、ありがとうございます。アル、シュウ、ギル。ラールさんやリードさんも」

「本当に。こんな形で人生最良の日の思い出を残しておけるなんて……夢のようですわ」

「そうですね。ギル、僕達の分は後で同じものを描いて下さい、とお願いしてもいいですか?」

「うん!」

「なら、これは……」


 うっとりと微笑むソレルティア様に頷くと、フェイは絵をくるくると丸め、タイ代わりのリボンで結んでアマリィヤ様に手渡した。

 

「父さんや、母さん、お祖母様にいつか伝えてもいいと思える日が来たら、伝えて下さい。

 伯母上。

 僕は、今、とても幸せです。生まれて来て良かったと心から思っています、と」

「ああ、伝えるよ。必ず」


 さっきと、丁度逆になったけれど、アマリィヤ様はイラストを大事に胸に抱きしめ頷いた。

 華のような顔の眦に、宝石のような雫を宿らせて。


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