翌日、シュトルムスルフト最後の日。
送別の晩餐会主役は、通常私なのだけれど
「今回は完全にもっていかれたかなあ~」
王太子様の横に座り、私はそんなことを思った。
王太子マクハーン様。
ううん、女王アマリィヤ様のお披露目を兼ねているので、今日は素直に譲っておく。
別に主役になりたいわけでもないし。
実際勝負にならない。
本当に、お綺麗だもの。
アマリィヤ様。
元々、銀髪に紫の瞳。暗い色合いの人が多い中東風味シュトルムスルフトでは目を引く華やかな容姿をされていたけれど。今回は衣装がさらにそれを引き立てている。
真紅のヴェールにサークレット。
ウエストがきゅっと幅広の金属ベルトで絞められていて、ベルトにも精密な文様が刻まれている。細い ブレスレットや首飾りなどもたくさん。
でも、品が悪くならないギリギリのところを攻めている感じだ。
赤いベルベッドにみっちりと独特なオリエンント風文様で金の刺繍が施されたドレスは、まるで花が咲いたよう。普段地味で黒いコートで全身を覆っている女性しか見てこなかったこのシュトルムスルフトの中でひときわ美しく、華やかに輝いていた。
このドレス、一朝一夕では用意できないだろうから、いつか。
王妃様は王太子様が女王として認められる日を信じて用意していたのかもしれない。
「この国は変わる」
宴の始まり、王太子マクハーン改め、アマリィヤ様は集まった大貴族達の前でそう宣言した。
「かつて、シュトルムスルフトから失われた『精霊の力』
風と大地の恵みがこの国に戻ってきた。
『神』と『星』に愛された『聖なる乙女』のお力で」
今回は王太子様が全大貴族達に奥方同伴の命令を下しているので、女性も一緒。
流石に間に合わなかったらしく、みんな顔と身体をすっぽりと隠す中東風衣装だけれど。
「今後、男だから、女だからは理由にしない。
『新しい食』『新しい産業』の始まりに当たり、有能な者を埋もれさせておく余裕は、シュトルムスルフトにはないからな」
そう言って、彼女はいくつかの施策を発表する。
法の下での男女平等、女性に騎士試験、文官試験への受験資格を与える事。
農業と工業への補助。『新しい食』を始めとする新技術の公開。
「皆の中には、急激な改革。
特に女である私が上に立つことに不満を持つものも多いだろう。
解らなくもない。それを否定するつもりもない」
大貴族達の間に力の無い笑みが揺蕩う。
実際、男性側からしてみれば、自分達の下にいると思って優越感に浸っていた女性がいきなり同格。下手したら上、と言われれば納得のいかないところもあるだろう。
「だが、考えるがいい。
古い考えの元、変わりゆく七国の中で立ち止まり続けるか。
それとも、新たなる時代に歩を進め、今まで手に入れられなかった『精霊の恵み』を味わうか?」
タイミングを見て出された料理にごくりと、大貴族達の喉が鳴った。
今回の晩餐会のメニューはトルコ風に仕立ててみた。
遊牧民が飼うヤギ、ヒツジ、牛などから牛乳などが採れるというのでヨーグルトなどの加工方法を知らせ、料理に使ってみる。
即席のカッテージチーズのようなものだけれど、それがフレッシュでチーズを使ったミニ春巻き、ピザ、ミニワンタンのスープなどはとても美味しくできた。
味は濃厚なのにさっぱり感があっていい。
香辛料やスパイスはプラーミァからの輸入ものと、ファイルーズ様のオアシスから取ってきたもので。
北の緑地帯の新鮮な野菜で作った茄子の詰め物は自分でも飛び上がるぐらいだったしサラダも野菜の味が濃いのでシンプルな味付けでも相当に美味しい。
薄切り肉を大きな串に重ねて太い肉の塊にして焼く所謂ドネルケバブや、ハンバーグもいい味になったと思う。
これらの料理はこの国の女性陣や料理人さんから聞き取りをして昔運用されていたレシピを『新しい味』の調味料などで作り直す形を取った。
魂に響く味、というのはきっと大げさだろうけれど、やっぱり響くものがあったみたいで、みんな大喜びで食べている。
各国巡っていてやっぱり人間は胃袋を掴むのが一番効くと実感した。
美味しいものを食べると怒りや苛立ちが収まるし、人の話にも耳を傾けようという気持ちになる。
そして、もっと美味しいものを食べたいと思い、その為になら多少の事は我慢しようという気持ちになるのだ。
不老不死の世界でも、人間ってやっぱりそんなに変わらないのだと思う。
デザートはデーツを使ったチョコレートボート。
半割りにしたデーツに、チョコレートとナッツ、小さく切った果物の甘煮を添える。
それにココナッツミルクのアイスクリームとピスタチオナッツのパウンドケーキ。
トルコ風料理だとパイも人気だというけれど、ちょっとそこまでは行けなかった。
「『精霊神』様の復活により、各地の転移魔方陣の修復が可能になった。
北方からの野菜、南からの肉や香辛料が新鮮なまま王都に、各地に届けられるだろう。
それに砂漠地帯で発見されていた黒い油にも新しい活用方法が見つかった。
今日の会場は黒い油から精製されたものを灯火に使っているが、どうだ?」
今まで黒い油、石油は匂いがきついので明るい灯になるけれど、敬遠され気味だったらしい。でも、フェイが読み解いた蒸留精製を試験的に運用してみたら、匂いは少なくなり、植物油などより明るく長持ちする油が採れるようになったとのことだった。
今回は魔術師二人で温度管理などを行ったけれど、その為の設備などを作れば魔術を使わなくてもできるし、逆に魔術を使えば設備が薄くても、なんとかできる。
『精霊の力』は助けの力、とはよく言ったものだ。
「復活された『精霊神』様は、常に我々の事を見ている。
良き行いには祝福を、悪しき行いには罰を下されるだろう。
選ぶのは我々であり、其方達だ」
肩にフクロウを乗せ迷いなく、揺るぎなく立つアマリィヤ様。
凛々しくて美しくて、知恵の女神のようだ。
ギリシャ神話とか文化圏違うけど。
「どうする?」
と言葉で発しこそしなかったけれど、目で問われ、大貴族達は全員。
本当に一人残らず膝をついた。表向きだけのことかもしれないけれど。
まだまだ、シュトルムスルフトの変革はこれから。
でも、この方ならやってくれる。やれるだろうと、信じられる輝きを彼女は全身から放っていた。これが『七精霊の子』の王気っていうものなのだろうか。
大貴族達も今はそれに頭を下げた形だ。
彼女が宴の注目を集めてくれたので、私はのんびりと料理を楽しむことができた。
最後にアマリィヤ様と目が合う。
にっこりと私と、フェイに向けるまなざしは優しくて母親のよう。
最初に会った時と同じ思いで私達を守ってくれたことが解る。
この宴の中、彼女は初代女王の名誉は回復させたけれど、一度もフェイの名を出さず、ファイルーズ様についても語らなかった。
有無を言わせず公表することで取り込みを図った国王陛下とは正反対。
そこに私は彼女の優しさと誠実さを感じたのだった。
……誠実には、誠実で返さないとね。
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