【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 黒の少女との再会 中編

公開日時: 2024年5月18日(土) 10:33
文字数:4,227

 元私の侍女。現魔女王と呼ばれる少女ノアールから来た封筒には、当たり前だけれど手紙が入っていた。後は小さな石ころのようなものが一つ。


「なんでしょうか? これは」


 何も特別な所のないただの石に見えるけれど……。


「手紙の方はなんて書いてありますか?」

「前半は貴族風挨拶ですね。

 ご無沙汰しているが、自分は元気で幸せにやっていると。

 そして……」


 手紙を読み上げるカマラの唇が止まる。


「どうしました?」

「『エリクスとマリク様のことで、秘密裏にご相談したいことがあります。

 指定の日時、場所においで下さい』とありますね」

「エリクスはともかくマリク?」

「ええ。そう書いてあります。

 リオン様の為を思うのなら、神殿や皇族、勿論リオン様達にも知らせないでおいで下さい。と」

「リオンの為……。リオン様達……」

「マリカ様。

 マリク様、というのはどなたですか? そのような名前の方に覚えが無いのですが御親戚ですか?」


 ラールさんが首を捻るのも無理はない。

 マリクの名前を聞いて、誰か解るのは私の側近や王族でもごく僅かの人物だ。

 元魔王。リオンに憑りついて人格を奪っている魔性だなんて、誰が信じるだろう。

 だから、説明はせずに、私はカマラに問いかける。


「指定の日時、場所、とはいつで、どこです?」

「……それが、今日。

 二の火の刻。ゲシュマック商会の本店なんです。

 本店の貴賓室を予約してあるから、と」

「本当ですか?」

「ラールさん。本店に連絡を。予約者名を確認して下さい」

「かしこまりました」


 お辞儀をして、素早く店を出ていくラールさん。

 本店とこの貴族街店舗を繋ぐ通信鏡もあるから、そんなに時間はかからない筈だ。


「もし、今日マリカ様が戻って来なかったら、どうするつもりだったのでしょうか?」

「ノアールは私達の行動パターンを熟知しています。魔性や人間を使って情報を集める事くらいはできると思います。帰って来なかったら日を改めればいいことですし」


 文章の内容や文字に切羽詰まった感はない。

 逆に、遠くに離れている親せきや友達に送るような柔らかな印象を受ける。

 きっと魔王側にとっては、断られたり、失敗しても別にいい。くらいの余裕がある『相談』なのだろう。

 でも……


「カマラ。この招待。受けようと思います」

「マリカ様……」

「リオンの中の『マリク』を呼び起こしたのはエリクス達魔性側の計略によるものです。

 私達には『マリク』の事は本人が語ったことしか解っていません。

 極端な話、彼が嘘をついていたとしても解らないのです」


 基本『精霊』は嘘をつかないけれど人型精霊は、必要とあれば騙しもするし嘘もつく。


「だから、魔王側。言ってみれば『神』の側からの情報が欲しいと思います」


 普通なら望んでもそんなことは無理だ。敵同士なのだから。

 でも、向こうからコンタクトを図ってきたのなら何かしらの話が聞けるはずだ。


「彼女が本当の事を言うとは限りませんし、マリカ様を誘拐しようとして来る。という可能性もありますよ」

「待ち合わせ場所がゲシュマック商会本店の貴賓室であれば、危険人物の排除はある程度可能だと思います。ノアールが風の転移術を使うのであれば逃亡は止められませんが」


 食事に来るのにあまり多くの護衛は無粋ということで、貴族が自ら足を運んでゲシュマック商会の料理屋に足を運ぶ時には随員は最小限という慣習がある。

 その最たるがお父様だし。

 また食事と言う名の会談、談合にも最近は使われることもあるようなのでゲシュマック商会本店は、セキュリティについてもアルケディウスでは最高レベルで整えてある。


「あと、ノアールが今、どうしているかも知りたいのです。幸せに暮らしているというこの文章に多分、嘘は無いでしょうけれどどのような暮らしをしているか気になるので、その為にはやはり会わないと」

「どうして、そう思われるのですか」

「この手紙の文字です」

「文字?」

「ええ。私の所にいた頃は、習い始めたばかりでたどたどしさが残るものでした。それがこれだけ、綺麗に、貴族の手紙と言っても違和感のないレベルで文字を綴れるようになったとしたら、それは彼女が努力したということだと思います。

 魔王として、ただ飾られているだけではなく、自分から何かをしようとして」


 彼女がこの二年半、エリクスと一緒にどのようにして生きてきたか。知りたい。

 プラーミァから救い出し、守ると約束したのに果たせなかったことは、今でも私の心の悔いなのだ。


「もし、ノアールがエリクスの城に連れて行ってくれるというのなら、それはそれでありかもしれませんね」


 それに、この星のどこにあるか解らないエリクスの城に行くことができれば、かなりのアドバンテージになる。今まで、魔王側の動きは後だしじゃんけん、神出鬼没。

 こちらからは全く把握できなかったからね。情報は欲しい。


「マリカ様。怖い事をおっしゃるのは止めて下さい!

 姫君は転移術がおできにはならないでしょう?」

「そうですよ。私も結局、正式契約できないままでは転移術が使えませんし」


 アルケディウスでは魔術師、特に転移術持ちは登録が義務付けられることになった。

 現時点での登録者は大神殿のフェイを除けば宮廷魔術師のソレルティア様と、ゲシュマック商会のニムルだけだ。

 エリセを含む他の精霊術師&魔術師候補の子は全部の力を使いこなせる代わりに力の弱い石と契約したので転移術は使えない。


「あ、そっか。フェイかリオンかソレルティア様についてきてもらわないといけないし、そうなると色々と話が大きくなるね」

「そもそも、リオン様の件で話があるというのにリオン様を連れて行ったらとんでもないことになりませんか」

「それもそうですね」


 そんな話をしている間にラールさんが戻ってきた。

 ゲシュマック商会の予約を調べてみた所、オルデと言う名前で女性二人の予約がされているそうだ。


「女性二人……」

「はい。主賓の女性は護衛の人物も連れてくる。その人物の分も食事をという注文が入っておりました。会話中は女性同士で親しく話をしたいので外に出すそうです」

「つまりは、カマラやセリーナも外して話をしたい。という流れになるかもしれない、ということですね」

「そんな!」「私もカマラと話を! それにマリカ様の側を離れる訳にも参りません」


 二人の思いは解るけれども……。

 よし。

 私は手紙を封筒に戻すと、ラールさんに向かい合う。


「ラールさん。ガルフに連絡して今日は本店を貸し切ります。

 夜の予約が他に入っているようでしたらキャンセルをお願いして貰って下さい。経費とお詫びの手配については私が、責任を持ちます。

 何が起きるか解らないので来客を巻き込みたくないのです。

 従業員も最低限にしてセリーナとカマラが、私達給仕に回って貰えませんか?」

「なるほど!」「それなら、不自然でなく部屋に入れますね」

「解りました」

「指定なので、お城や神殿には伝えません。また、食後、力づくで捕らえることも避けるつもりです。誠実には誠実を……。まあ、その代わり助っ人はお願いするつもりですが」

「助っ人?」


 できる限りの手配をして、準備を整え、そして火の刻。

 豪奢な馬車が、店の前に着くと、ガルフ達が出迎えに出る。

 私は、奥の部屋で待機だ。


 重い音を立て貴賓室の扉が開くと、一人の貴婦人が入ってきた。


「マリカ様。お久しぶりでございます」

「ノアール……」


 私が彼女と最後にその瞳を見て会話をしたのは多分、二年前の冬のこと。

 かなり背が伸びた。ほっそりとして、でもしなやかな腰をかがめ、雪のような繊手でドレスをもって優雅なお辞儀をする。

 礼儀作法は、二年前も学んでいた筈だけれどもより洗練された印象だ。


「マリカ様は本当にお変わりございませんこと。

 またお会いできて嬉しゅうございます」


 ノアールは、私は変わりないというけれど、逆に記憶の中にいたノアールの面影は、目の前の彼女には殆ど残っていない。並んでも影武者なんて無理な気がする。

 華やかで美しい、自信に満ちた微笑み。大人の貴婦人がそこに立っていた。


 喉の奥に溜まったつばを飲み込んで、私は


「……今日は、ご招待ありがとう」


 そう告げるのが精一杯。

 私は、彼女は魔王エリクスに、何の選択権も無しに攫われた不幸な子ども。

 なんとしても助けなくては、と思っていたのだけれど。


「こちらこそ、急な、しかも一方的な招待に応じて頂き、心から感謝しております。

 夫から頼まれたのですが、本当に来て頂けるか、この時まで不安でございましたから」

「夫?」

「はい。エリクスでございます。私は彼と結ばれ、彼の力になりたく助けております。

 微力ではございますが」


 はっきりと、自分は魔王エリクスの妻であると言い切るノアール。

 彼女の笑顔は花のようで、その仕草も服装も、身体も澱んだ所は欠片も見られず。

 むしろ、前よりも自信に満ちて輝き愛され、幸せに暮らしていることが疑いの余地なく伝わってくるものだった。

 それでも、聞きたい事や言いたいことは山ほどあるのだけれど、


「まずは、食事を楽しみましょう。

 色々と、マリカ様にはお話したいこともありますし、そちらから聞きたいこともございますでしょうから」


 先手を打たれてしまって、私は席に着いた。

 ノアールの護衛として椅子を引いていたのは若い男性、エリクスではない。

 それなり若く見えて、かなりのハンサム。


「ありがとう。ルーフ。

 ここは大丈夫だから、食事を楽しんできて頂戴」

「かしこまりました。心より御礼申し上げます」


 そう言って、ルーフと呼ばれた青年は丁寧なお辞儀をした後、部屋を出て行った。

 こちらは、まだカマラが残っているけれど、彼女は護衛役としてではなく、給仕役としてドア側に控え、料理が来たら運んでくれることになっている。

 流石のノアールも、彼女を追い出せとは言わないようだ。


「ルーフはエリクスが拾ったというか、助けた青年です。

 私達の手足として色々と動いて貰っているのですわ」


 静かに会釈するだけで、カマラに直接話しかけてはこないのだけれども。

 っていうか、今、結構ヤバめのことを聞いた気がする。


「マリカ様。まずは乾杯を致しましょう。

 先ほども申しました通り、話はそれからということで」


 目を見開いた私を宥める様に微笑んで、ノアールがグラスに手をかけた。

 カマラは直ぐに気付いて用意された飲み物を私と、ノアールのグラスに注いだ。


「お互いの未来の為に」

「再会を祝し」

「「精霊エルの恵みを貴女にトゥルヴィゼクス」」


 お互いにグラスを高く掲げ、祝福の言葉を唱える。


 本心からかどうかは、ともかくとして。


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