【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城の約束

公開日時: 2021年1月16日(土) 08:00
更新日時: 2021年2月17日(水) 10:12
文字数:4,228

 初めて「死んだ」人を見たのはいつだったろうか?

「死」を意識したのはいつだったろうか?

 呼ばれたご葬儀とかで動かないご遺体に手を合わせたことはあったけれど、知っている人間の死を始めて意識したのは…あの時のように思う。

 同僚だった、彼。

 若くして亡くなった彼の葬儀の時だ。



 同じ2歳児クラスの担任で、たった一人の男性保育士として色々言われながら毎日彼は、必死に頑張っていた。

 20人の1割までなら増しても大丈夫とかいう解らない「基準」で22人を一人で見て、加えて臨時保育とかも受け入れて24人の2歳児を一人で見ていた彼は、ある日突然帰らぬ人になった。


 家での心臓麻痺。

 積み重ねられた山のような保育準備や、発表会の衣装作り。

 書きかけの保育計画や個票に、過労死との認定降りたと後で聞いた。


 まだ就職2年目で、若かった。

 とても仲が良かった訳では無かったけれど。

 やりたいこともいっぱいあっただろうと、それでも頑張った彼の死を悲しく思ったことは今も忘れてはいない。

 死にたいと、思ったことはあった。たくさん。

 でも、それを選ばなかったのは彼のことが影響しているのだろうと思っている。


 …あの、命を失い、ものになった白い手は忘れられない。

 忘れたと思っても忘れていなかったのだと思い知らされた。




 気が付いた時には、私の身体は寝台の上にあった。

 見覚えがある。

 前に倒れた時、『私』が目覚めた時に最初に見た天蓋付きのベッドだ。


「お気付きになられましたか?」

「エルフィリーネ…」

 あの時と違うのは、側にいたのがアルではなくエルフィリーネだったこと。


「あ、私…」

「リオン様達と共に探索に出られた先で意識を失われたそうです。覚えておいでですか?」

 エルフィリーネの言葉で、私は『思い出した』

 あの…


「うっ…」

 胸元まで押し寄せた吐き気を必死で押さえた私の背をエルフィリーネは優しく撫でてくれる。


 おかげで、なんとか呑みこむことができた。

 吐き気と、自分の甘さを。


「もしよろしければお茶などいかがでしょうか?

 お気を休められた方がよろしいかと存じます」

「あ、ありがとう」

「今、準備してまいりますので失礼いたします」


 多分、気を使ってくれたのだろう。

 エルフィリーネが外に出てくれたことで、私は大きく息を吐き今の自分の状況を確認する時間を得ることが出来た。


 そうだ。

 私はリオン達と一緒に外に行き、そこで魔王城の『現実』を見せられた。

 不老不死の人間達が幸せに生きる世界に唯一存在する『死』を。

 この魔王城のある場所でだけ、不老不死の人間は死ねるのだという。


 あんまり平和過ぎて忘れていた。

 この世界も人が生き、死ぬ『現実』なのだ。

 深呼吸して、考える。


 何故、魔王城に人が寄り付かないかは解った。

 不死に慣れていればいるほど、本当の『死』は怖ろしいことだろう。

 でも、同時にこの世界にも、自らの『死』を望む人間がいるということをあの光景は私に教えてくれた。


 不老不死は人に永遠の幸福をもたらしは、しないのだろうか。



「お待たせしました。お口に合うかどうか解りませんが…どうぞ」


 戻って来たエルフィリーネは優雅な、慣れた手つきでお茶を入れてくれた。

 差し出されたカップには紅色のお茶が柔らかな湯気をたてていた。

 この世界にも紅茶があるんだなあ、などとどうでもいいことを思いながら私はそっとカップを持ち上げ口に含んだ。

 私の知る紅茶そのものではないけれど、どこか似た優しい香りと味わいがする。



「ありがとう。…なんだか、気持ちがホッとする」

「それは光栄にございます」

 カップを置いた私はエルフィリーネにお礼を言った。


 彼女は、私の感謝の気持ちを微笑んで受け取ると

「リオン様たちが落ち着いたら謝りに来たいとおっしゃっていました。

 今は子ども達を見て下さっています。

 お受けしてもよろしいですか?」

 そう教えてくれた。


 私が意識を失ったことに責任を感じているだろうリオンとフェイが簡単に想像でき、私は少し慌ててしまう。


「謝る必要なんてないのに。後で、私が皆の所に戻るから、待っててって伝えてくれる?」

「承知いたしました」


 空になったカップを私から受け取って片づけを始めたエルフィリーネを


「エルフィリーネ」

「何でしょう」


 私は呼び止めた。


「エルフィリーネは知ってたんだよね。

 この島で人が『死ねる』こと」


 今思えば、リオンとフェイと交わした探索前の会話はあのことを言っていたのだろうと解る。


「主の死後、神々が世界に呪いをかけました。

 ですが、この大地は主のお力が強く働いていた為、呪いもかからなかったのでしょう。

 愚かではあると思いますが、神々の呪いを受けた者達が、それでも救いを求めこの地を訪れるならそれを退ける事は主の思いに反すると思っておりますので、自然に任せております。

 私はあくまでこの城を護るモノ。島全てにまでは手が及びませぬ故」


 家の中を最後の場所に選ばなかった者達の亡骸は獣や魔獣によって緩やかに朽ちて行くのだという。

 城下町の家の中で死んだ者達は長く野ざらしだったが、リオン達が来るようになってから大分埋葬された。と。


「呪い…。エルフィリーネはやっぱり不老不死を『呪い』だっていう?」


 前にも言っていた。エルフィリーネは神の呪いを受けた者を認めない、と。


「祝福だと、思われますか?」

「…解らない」


 私の問いにエルフィリ―ネは問いで返して来た。

 そして、私は答えを返すことができなかったのだ。


 私だって、死にたいと思ったことはある。

 仕事で悩んでいた時、人間関係で苦労していた時。何回も。

 でも、死んだら終わり。

 何もできなくなる。

 そう考えたら死を選ぶことはできなかったのだ。


 今だって、死ぬのは怖い。

 大分遠くなってしまったけれど、死と隣り合わせだったマリカの時代。

 毎日いつ、自分が死ぬか。終わってしまうか。

 ずっと怯えていたことを覚えている。


 あの恐怖から解放され、やっと生きている実感を、やりがいのある仕事を、自分の役割を見つけられたのだ。

 今は、死にたくないと、心から…思っている。


「まだこの世界の事、何もわかっていないし、自分が死んだらみんなは、って思うと死にたくはないと思う。

 でも不老不死が欲しいか…って言われたら」


 直ぐに答えは出せない。


 私には、むこうの世界生きて来た記憶と同様に、この世界で、不老不死の人間達がそれを持たない「子ども」をどんな風に扱って虐げてきたかを覚えている。


 自分も不老不死を得たら考え方が変わるのだろうか?

 子どもなんかどうでもいい、と思って自分の生を楽しむようになってしまうのだろうか?


「それで、今はよろしいのではないでしょうか?

 私は神々が嫌い、というか宿敵でございますので、もし主が神の呪いをお受けになるのであればお暇を頂きます。

 ですが『死』を恐れる『人』の気持ちも分からぬではありませんので、お止めはしません。その選択を尊重致します」


 正しく不老不死に近いだろう精霊の言葉に私は少し驚く。


「エルフィリーネも『死』が怖いの?」

「死、と言いましょうか。別れが、あまり好きではございません。

 私は主や『人』と共にあることこそが喜び。

 人に使われ必要とされてこその守護精霊でございますれば」


 …人が使わなけれは、城はただの箱、と彼女が確か前にも言っていたことを思い出す。


「不老不死とかについてはもう少し考える。

 どっちにしろ今はまだ、どうしたら不老不死になれるのかとかも解ってないし。

 もっともっと知らなくっちゃいけない」


 まだ、私はこの世界の事を何も知らない。

 魔王城以外の場所も、地理も、世界の仕組みも、それを知る為の文字すら解らないのだ。

 このままでは子ども達を守ることもできない。

 もっと勉強して、この世界について色々な事を知って…『不老不死』についてはそれから結論を出しても遅くはないだろう。


「主のお望みはなんですか?」


 守護精霊の問いかけに、私は顔を上げた。

 私の望みは決まっている。


「子ども達の笑顔」


 子ども達が笑って生きられる世界を取り戻したい。

 

 まずやるべきは、みんなで生きる事。

 そして、子ども達が安心して生きられる場所を作り、守り育てる事だろうか。


「助けてくれる?エルフィリーネ。」

「喜んで。我が主」


 エルフィリーネが跪きとってくれた手を私は握り返す。

 血の流れない冷たい手だけれど、かすかに感じるぬくもりは彼女の思い、優しさだと私は感じたのだった。



 大きく深呼吸をして私が外に出ると


「大丈夫か? マリカ?」


 やっぱりリオンとフェイが直ぐに、駆け寄るように出迎えてくれた。

 アルもいる。

 私を心配して、待っていてくれたのだろう。


「すまない! あれは女の子に見せるものじゃなかった」

「僕達は、本当に君に甘えていました。もっと先に、ちゃんと話すべきだったんです」


 深く頭を下げる二人に私は慌てて首を振った。


「ううん、いいの。

 私こそごめんなさい。この世界の現実をちゃんと見ていなかった。

 辛い事や、厳しい事を、ずっと二人に押し付けていたんだね」


 逆に二人に謝り、背伸びしながら抱きしめる。


「マリカ?」

「ありがとう…。ずっと、守っていてくれて」


 静かで、暖かで。邪魔する者のいない安らかな場所はこの魔王城の中だけ。

 外に出れば厳しい現実があるのだというのを、いつの間にか忘れていた。

 二人は、きっと、ずっと守っていてくれたのだ。

 私を、みんなを。


「私、ちゃんと見るから。現実を。

 でないと子ども達を、みんなを助けられないもの。

 みんなを、子ども達を守る。

 その為に、きっとマリカは『私』になったの」

「マリカ…」「君は…」


 真っ直ぐに顔を上げた私を、二人が見ている。

 それは、私が最初に自分が異世界での記憶を持っていると伝えた時と同じ。

 疑いの無い、信頼と優しさの篭った眼差しだった。


「私は、もう逃げないから。

 一緒に皆と、私達の居場所を作って守ろう。

 そして、いつか世界に逆襲しようよ! 世界に、私達が生きる世界を取り戻すの!」


 リオンが目を見開いた。

 あの日、最初の日の約束を思い出したのだろう。

 手をギュッと握りしめると、そして私の手をしっかりと掴んで抱き上げた。


「ああ。頼りにしてる。マリカ」


 降ろされてもしっかりと握りしめられた手と手。

 フェイの手が、そこに重なった。


「一緒に、僕達が生きる場所を守りましょう」


 アルも手を伸ばす。


「オレを仲間外れにするなよ。オレだってみんなを守るんだ!」 


 あの日と同じように4人の思いが、手のひらに重なっていた。

 小さな誓い。ささやかな約束を心に刻む。


 そんな私達を、エルフィリーネは静かに微笑んで、見守ってくれていた。


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