【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国孤児院とその内情

公開日時: 2022年3月31日(木) 08:00
文字数:6,483

 アルケディウスの孤児院は元護民兵の寮兼詰所だったのだそうだ。


 老朽化した寮が移転するにあたり、そこをそのまま借り受けた形になる。

 だからアルケディウスには珍しく、塀に囲まれた訓練用の広い庭があり、大きな門と門扉もある。

 兵が出陣したり、荷物などを搬入搬出する馬車も出入りしたからだろう。多分

 横に小さな通用門があるので普通の場合はそこから出入りする。

 大きな門扉を開け閉めするのは大変なので、今は滅多に門扉が開く事はないけれど、今日は私が視察に来るので開けられている筈だった。

 それが閉められているのは多分、この男のせいなのだろうと素直に思う。



 乱れた髪、薄汚れた身なり。

 明らかに良民ではないと解るその男は、リオンが馬車から出てきて、少し驚いた様子を見せながらも、引く事も声を上げる事もしようとしない。


「妻と娘を返せ!!!」


 そう怒鳴り声を上げ続けるだけだ。


 と、そんなこんなの間に門扉が開いたらしい。

 重い鉄と木が動く音がした。


「こいつは俺が押さえておくから早く中に馬車を入れろ!」

 

 御者に向けたらしいリオンの声がする。

 馬車影だから見えないけれど、どうやらもみ合っているっぽい。

 リオンの言葉に従い御者が馬車を進めて扉の中に馬車を入れると直ぐに再び扉が閉められた。

 ガシャンという鉄の降りる音。内側から錠もかけられたっぽい。

 何だったんだろう。一体。


 中に入ってしまうと門の外の様子は窺い知ることができない。

 もうカーテンは開けて大丈夫だろうと思ったけれど、リオンがいないと降りて良いものか解らない。

 迷っているとひらり、リオンが煉瓦の壁を飛び越えて入ってきた。

 通用門を守っていたらしい護衛さんもビックリの顔。

 相変わらず、信じられない身のこなしだ。

 飛翔の能力を使わずに身体能力だけで、というところがまた凄い。

 じゃなくって。


「何だったの? リオン。さっきの男?」


 馬車の扉を外から開けて私を下ろしてくれたリオンに聞いてみるけれど、彼の返事は横に振られた首。


「解らない。妻と娘を返せとか変な事を言って暴れてるから、とりあえず意識を刈り取って転がしてある。

 ここに縄がある筈だな」

「は、はい」


 護衛兵がいざという時の為に門扉裏に用意してある道具箱の中から頑丈なロープを取り出した。

 

「外の奴を縛って王都の守備兵に突き出してきてくれ。

 事情聴取は後で俺が戻ってからする。

 罪状は皇家の孤児院に不法侵入しようとした罪と、貴族に手を上げようとしたことだ」

「は、はい。了解しました!」


 普段のリオンだったら自分でやってしまうだろうけれど、今は私の護衛だからか、配下に指示したあたり流石の判断力だと思う。

 テキパキと動く私の護衛騎士をぼんやりと見ていると、背後から声がかかる。



「お騒がせして申し訳ありません。皇女様。

 アレがご相談したかったことなんです」

 耳慣れた声に振り返れば、そこにいるのは頼もしく信頼する仲間の顔。


「リタさん!」


 一月しか経っていないのになんだか妙に懐かしい。


「許可を得ず、話しかけるご無礼をどうかお許し下さい。

 皇女様にはご機嫌麗しゅう。

 新年と皇女様の御即位を心からお慶び申し上げます」


 スッと跪き挨拶をしてくれるのはこの孤児院を任せている院長兼保育士リタさんだ。

 一カ月前のように親し気で気さくな会話はできなくなってしまったけれど、変わらない笑顔と逞しい肝っ玉母さんのような雰囲気が嬉しい。


「ありがとうございます。

 色々と大変だったようですね。今日は事情を聞きたく参りました」


 私もふんわりとお辞儀をする。

 もう一人、保育士を頼んだカリテさんが要る筈だけど、この騒ぎだから中にいるのかな?


「アレはなんだ?

 妻を返せとか言っていたようだが…」


 リオンの問いに静かにうなずくとリタさんは

 

「とりあえず中へ。

 子ども達も職員も皆、中におりますので」


 そう促してくれた。

 こんなところで皇女に長話はさせられないよね。うん。


「解りました。行きましょう。リオン」

「はい」




 リオンとセリーナを連れて中に入ると中では本当に、子ども達職員、全員が待って出迎えてくれた。

 子ども達はほぼ全員知った顔。

 職員も何人か増えているけれど、元ゲシュマック商会の従業員だから顔は覚えていた。

 知らないのは赤ちゃんを抱いた女性だけ。


「もう一人、新しく入った赤子と、その子の世話をする女がここに出てきていません。

 ついさっき寝付いたところなので。起きたら連れてくるように言ってあります」

「ありがとう。

 皆さん、久しぶりです。元気にしていましたか?」


 ルスティ、シャンス。

 マーテ、サニー。

 四人の孤児達と、プリエラちゃん、クレイス君。

 リオンの部下、ウルクスの保育園で預かっている子ども達。


 跪き俯く子ども達の表情には緊張と戸惑いが見える。

 まあ、そうだよね。

 ほんの少し前まで親しく過ごしていた相手が皇女様だと言われて、跪かないといけないと言われれば。

 

「難しいとは思いますが、今まで通りに接して下さい。

 私は皇女になりましたけれど、貴方方を守る保育士でいたいと思っていてその気持ちに変わりはありません。

 どうか、これからも今までのようにこの孤児院兼保育所で元気に仲良く過ごして下さい。

 貴方達が望む未来を見つけられるように、それに辿り着ける様に私は全力を尽くします」


 理解して貰えるかどうか解らないけれど、真っ直ぐな祈りと願いを言葉に込めて贈る。

 返事は無い。

 でも、届いたと信じたい。


「では、皇女様、こちらへ。

 色々とご報告したいこと。ご相談したいことがございます」

「解りました。カリテさんは保育の方を。よろしくお願いします」

「お任せ下さい」


 いつまでもここにいると子ども達が緊張して遊べないだろう。

 私はリタさんと一緒に部屋を出て応接室に向かった。

 生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた女性も一緒だ。

 他の職員もそれぞれ仕事に戻って貰った。




 応接室の椅子に私が座り、側に護衛のリオンと侍女のセリーナがついたのを確認するとリタさんはいくつかの木札を指し出して説明を始めてくれた。

 

「孤児院の方はおおむね順調に進んでおります。

 子ども達も元気で、遊びにも手伝いにも、最近始めた勉強にも熱心。

 基本の文字の読み書きを年長のシャンスとサニー、あとプリエラはほぼ身に付けました。

 年少の子ども達も読むことはできるようになっています。最近は算数を始めたところです」

「それは凄いですね」

「冬から新年にかけて寒い中、アーサーとアレクが良く通って教えてくれましたから。

『新年からはおれは仕事に行くから、あんまり来れなくなる。

 がんばっておぼえろよ』

 と、特にアーサーが一生懸命だったので、子ども達も色々と思う所があったようです」


 アーサーは新年からリオンの従卒として王都の騎士団の軍属になってる。

 護衛に従卒を連れてこれないので、今日は多分騎士団で勉強か仕事をしていると思う。

 アレクは店で演奏がてらリュートの練習。

 夏からは私の専属楽師として王宮デビューさせる予定だ。


「いつも遊んでいてくれた二人がいなくなって寂しがっていませんか?」

「寂しいとは思いますが、彼等は自分達とは違うのだと解ってはいると思います。

 そしてそれぞれに、自分達も彼らのように仕事をもって働く事を考え始めているようです」


同じ貴族の奴隷だった年長二人も今、外の世界で仕事をもって働いている。

 彼等にもやりたいことが見つかれば、それを手助けする為の助力は惜しまないつもりだ。


「意外な所で、一番しっかりと目標を持っているのはプリエラとクレイスです。

 父親のように強い戦士になりたいそうですよ」

「へえ~。それは驚きですね」


 でも、一番身近なモデルである親に憧れるのは子どもの基本だ。

 子どもを戦いに出すのは嫌だけれど、自分で選ぶ道なら止めてはいけないと解っているつもり。

 ウルクスはその恵まれた体力、膂力を生かした格闘家だから、そのまま真似させない方がいいと思うけれど。

 ふむ。

 

「リオン。時間がある時、子ども達を騎士団に見学させることはできませんか?」

「騎士団に見学? ですか?」

「ええ、時々訓練をしているでしょう? プリエラとクレイス。もし他に興味がある子がいたら他の子も。

 ウルクスや色々な戦士たちの戦い方や現実を見て、子ども達が進路を考える手助けにしてあげたいのです」


 孤児院の中にずっといると、どうしても世界が固定されてしまう。

 色々なものを見て、選択肢を広げて欲しいと思うのだ。


「その上で、子ども達が戦士を目指すのなら、本人にあった戦い方を教えられる師の元で、手に職をつけさせてあげたいのです」

「…皇子と相談してみます」

「お願いします」


 勿論、針子や料理人、保育士など仕事の選択肢は色々ある。

 農業はこれから引く手あまたになるし、商人になりたいならゲシュマック商会で受け入れる。

 字を覚えれば代書などもできるだろう。

 可能なら職業選択の自由は、子ども達に与えてやりたいのだ。



「子ども達の事はまあ、そんなこんなで順調に行っています。

 ただ、別の問題が発生してきてまして…」

「あ、相談したい事、というのはそれですね。聞かせて貰えませんか?」

「ありがとうございます。…ローラ」


 私の考えと話の区切りを待って、多分一番話したかったであろうことを、リタさんは切り出す。

 

「この娘はローラ。先日赤ん坊を産んだばかりで、乱暴をはたらく男から赤ん坊を連れてここに逃げ込んで来たんです」

「まあ!」


 ぺこりと、赤ん坊を抱いたまま頭を下げるローラと呼ばれたその女性は外見年齢二十代の可愛らしい感じのする女性だ。

 今は孤児院のお仕着せとエプロンを着て身綺麗にしているけれど、手などに小さな傷の跡が見える。


「ローラ。身の上をお話しして。

 でないとあの男の事をご相談できない」

「身分を気にする必要はありません。貴女の口からどうしてここに逃げ込んで来たか。

 これからどうしたいかを聞かせて下さい」


 私の言葉に今まで皇女を前に、と少し引いていたらしいローラは私に身の上を話してくれた。

 男と一緒に暮らしていたが、妊娠を機にさらに乱暴になった男から我が子と共に逃げ出して来た、と。

 所謂DV。

 私はため息と共に頭を抱える。

 やっぱりこの世界にもあったか。


「頭の悪い奴だな。新年から児童保護の法律が施行されたのを知らないのか?」

「知らないと、思います。

 彼は日雇い労働者です。文字の読み書きもできないですし、そういうことにも興味がない人ですから。

 私も新年に、新しい皇女様のお話を聞き、その関係で耳に挟まなければ知らなかったと思います」

「新しい法律なんて関係ない! って思ってる連中は意外に多いと思う…思いますよ。

 下層の連中には文字の読み書きができない者も多いですし」


 リオンが呆れたように言うけれど、リタさんやローラの言う通りそういう人もまだ暫くはいるだろうとは予想していた。

 長年の感覚は一朝一夕には変えられないものだし、ちゃんと法整備されていた向こうの世界だって子どもの人権を無視する大人や親は哀しいけど存在したし。


「ローラさんはリタさんが孤児院に雇って保護してくれたんですよね。

 ありがとうございます、そう判断できるリタさんを院長にできて本当に良かった」


 私はリタさんに心からの思いで頭を下げたら慌てて手を振られてしまった。


「そんな、お礼なんて滅相も。勝手な事をして怒られるかな、ともちょびっと思いましたけどやっぱり放ってはおけなかったですからね。

 あたしも悪い男に引っかかった経験もありますし」


 昔ゲシュマック商会にいた頃、少し聞いたことがある。

 ゲシュマック商会に雇われた女性陣の中にはDVの被害を受けた女性が少なくない。と。

 中世だと女性には職業選択の自由はあまりない。

 針子、織り師、メイドなどの技術職、商人などの頭脳職など手に職を持てる人はまだ良い。

 でも機会がない人は、農業も無い世界、掃除洗濯などを請け負うか男に守られて生きるか、もしくは身を売って生きるかしかない。

 覚悟が無くても路地にいれば女性はそういう目に遭うことを避けられない。

 やっぱり色々な意味で厳しい世界だ。


「怒られるなんてとんでもありません。

 もし今後もこういうことがあれば、ぜひ保護して下さい。受け入れ先は孤児院が難しければゲシュマック商会も受け皿になります」

「ありがとうございます。第三皇子妃様にもそう言って頂けているので安心しております。

 子どもと母親は必ず守りますので」


 ドンと胸を叩いてくれるリタさんは本当に頼もしい。


「ローラさんも安心してここにいて下さい。

 落ち着き先がちゃんと見つかるまで、貴女と子どもの安全は、私が責任を持ちますから」

「ありがとうございます。私は…なんと…お礼を申し上げていいやら…」

「お礼なんて気にしないで下さい。国民を守るのは皇女の役割です。貴女とお嬢さんの笑顔と幸福が一番の報酬ですよ」


 跪き泣きじゃくるローラさんの背中を私は抱きしめた。


「ということは、さっきの不審者はローラさんの暴力夫、かな?」

「多分な。詰所で締め上げて牢か、強制労働で根性を叩き直してやる」


 頷き、耳元で囁いてくれたリオン。

 ならとりあえずは安心だけれど、今後の為にも不審者対策はしておかないといけないな、と私は思った。


「リタさん、泊りがけの警備員を置くのはどう思います?」

「身元の確かな者なら…ですかね。基本女所帯ですからやっぱり知らない男が一つ屋根にいるのは怖い所がありますね」

「皇女の命令、ということで皇国騎士団や護民兵を回す事もできるかもしれない。

 戻ったら皇子と相談してみましょう」


 そんなこんなで打ち合わせをし、大よその概略を纏め終えた頃。

 

 トントン。

 柔らかいノックの音がした。


「誰だい? 今、来客中だよ」

「アリシアです。レオが目を覚ましたので…。どうしましょうか?」

「ああ、中に入っておいで。皇女にご紹介してからローラに授乳を頼むから」

「レオ…ですか?」


 聞かない名前に首を捻る私にリタさんはローラさん達よりも少し早くに拾われた乳飲み子だと説明してくれる。

 木の一月の半ば、というから私達が大聖都で最後のドタバタをしていた頃だろう。

 

「名付けはライオット皇子にお願いしました。

 アルフィリーガと同じ色を持つ可愛い男の子です

 顔を見て、なんだか皇子は思う所があったようですよ。なんだか、あいつに似てるなとかなんとか…」


 私達が会話をしている間に静かに扉が開き、どこかびくびくした顔つきの女性が入って来る。

 腕には言われた通り、赤ちゃんを抱いて…。

 赤毛に碧の瞳。可愛らしい感じの彼女には覚えがある。

 私は立ち上がって手を伸ばした。


「えっと、アリシアさん、でしたよね、確かゲシュマック商会の二号店にいた」

「覚えていて下さったんですか?」

「勿論。子ども好きだと聞いてましたし、勉強も熱心でしたよね。

 ガルフに、もう少し子どもが増えたら孤児院の職員に引き抜きたいって頼んでいたので」

「あ、ありがとうございます。

 だからですかね。ガルフ様に頼まれて先日からこちらに移って今はレオの面倒を中心に見ています」


 アリシアさんはそういうと腰をかがめ、腕に抱いた赤ちゃん レオ君を私に見せてくれる。

 まだ首もすわるかすわらないかの筈。私は無理に手を出さずに産着の中を覗き込んだ。


 指を口元に当てて、緑色のまあるい目でこちらを見ている。

 あ、なんだかビクッとした。

 知らない顔を見てビックリしたのかな?


「可愛いですねえ。柔らかい金髪の巻き毛に緑のおめめがパッチリで。

 生後二ケ月くらいでしょうか?」

「私もそんな感じかな、と思ってます」

「ミルクは飲めますか?」

「最初はヤギの乳で、今はローラに一緒に授乳して貰ってます。良く飲んで良く寝る。手間のかからない子ですよ」


 それはいい子だなあ、と思って、触れさせてもらおうと手を伸ばしたその時。


 くくっ!! 


「え?」


 後ろから声がした。

 いや、声じゃなくって「笑い声」

 何かを我慢していたのが、耐えきれず吹きだされた音。


「ハハハ! ハハハハハハ!」


 振り向いた私は思わず眼を瞬かせてしまった。

 周囲の人達もみんなビックリ。

 目を丸くしている。レオ君よりも。


 だって、そこには守護騎士の畏まった相好を崩し、腹を抱えて大笑いするリオンの姿があったのだから。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート