翌日。
「マリカねえさま。おはよう!」
「おはようございます。マリカねえさま」
朝食の時間、食堂に向かった私を元気なフォル君とレヴィーナちゃんの声が迎えてくれた。
と、同じがしっと、右と左。
右足をフォル君。左足をレヴィーナちゃんが。
両方から私の足をがっちりホールドする。
「きょうは、よるまでいる?」
「いっしょにあそぼ? ごはんたべよ」
見上げる瞳は一点の曇りもなく私を見つめていて、どこか申し訳ない気分になる。
「ごめんね。昼過ぎには大聖都に帰るかな?」
「え~。じゃあ、じゃあさ。おかあさま。きょうはおしろおやすみしちゃだめ?」
「まりかねえさまと、あそびたい~~」
足にしがみつく二人の手にさらに力が籠る。
「いいわよ。そのつもりで、昨日のうちに城には、今日は家で過ごさせると伝えてありますから」
「ホント?」「やった!」
「いいんですか?」
手を取り合って飛び跳ね喜ぶ二人は可愛いけれど。
昼前にはお城に行って皇王陛下からお説教かと思っていたから、ちょっと驚く。
「お前が、今回は向こうの事は任せると言ったのだろう?
初志貫徹。俺達に任せておけ」
「お父様」
「たまには、ね。アドラクィーレはラウルと貴女も親しませたいようだけれど、それはまた今度でいいでしょう。……リオンの件が片付いてからでも」
「お母様」
静かに微笑むお母様の様子に、はしゃぐ二人は気付いていないけれど。
なんとなく解った。
これは、二人の為じゃなくって、私の為の時間、なんだって。
「ありがとうございます」
久しぶりの親子水入らずの食事の時間。
もう3歳になったから、双子ちゃんも最低の食事のマナーは身に着いてきている。
覚えなくてはならないことに関しては厳しく、しっかりと皇族として躾けられているからフォークやスプーン、カトラリーの使い方も上手だ。
好き嫌いも、無いみたい。
食事が始まると、集中。もりもり食べている。
今日の朝食は、焼き立てパンに野菜たっぷりのサラダ。
パータトとベーコンのジャーマンポテト風。
目玉焼きに腸詰と絵にかいた様なブレックファーストだ。
デザートにはピアンのジャムと果肉をたっぷり入れたヨーグルト。
うーん。やっぱりカルネさんは私の好みをよく解ってくれている。
幸せ。
食事の後は、子ども部屋で一緒に遊ぶ。
二年間の間で何冊か増えた絵本を読み聞かせたり、一緒に文字積み木を並べたり。
「ねえねえ。お外でドライジーネ乗る所見せちゃダメ?」
「マリカは疲れているし、少し話があるので今は、部屋で遊んでいなさい」
「もう、ドライジーネに乗れるようになったんだ。
帰る時に見せてくれる?」
「解った。後でちゃんと見てね」
「フォルは、本当にあの人にそっくりね。じっとしていることが苦手で、いつも走り回ってるの。乳母もついていくのがやっとだわ」
男の子だから、女の子だから、と個性を決めつけるつもりはないけれどフォル君とレヴィーナちゃんは両親の気質をきっぱり二つに分けて、生まれてきたような感じに見える。
フォル君はお父さん似、レヴィーナちゃんはお母さん似。
どちらに似ても『七精霊の子』
二国の血を継ぐ英傑の才。麒麟児で。その片鱗はもう見えかけている。
「活発に見えますけどちゃんとお話も聞けるし、我慢もできます。
身体を動かす時と、静かに遊ぶ時のメリハリをちゃんとつけて、周囲を気遣う事を教えれば大丈夫ですよ」
「レヴィーナは私に似たと思うのだけれど、優しくて良く言う事を聞く割に悪戯好きでね。
こっそり、静かに思いもかけない事をやらかすので、目が離せないわ。
この間は、ジャムをおもいっきいり唇にぬりたくっていたの。何かと思ったら『おけしょう』なんですって」
「あー、ありそうですね」
お母さんの真似をしたいお年頃。お化粧品とかにもきっと興味津々なのだろう。頭もいいし文字の覚えもフォル君以上。この間、聖なる乙女の舞を教えてあげると約束したら、見よう見まねで手足を動かすようになったらしい。
その興味をいい方に伸ばしてあげたい。
「……マリカ。貴女はお化粧とかには興味は無いの?」
「え? してますよ。式典の時とか、人前に出る時とかは。
おおよそ、セリーナや、ミュールズさん。神事の時はマイアさんに任せきりですが」
お母様の言葉に私は首を傾げるけれど。
「確かに、皇女や大神官としてはそれでも正しいのでしょうけれどね。
私は貴女が、女の子として着飾ったり、自分を可愛らしくみせよう。という気が無いような気がしてならないのです」
「あ~。そう言う意味では無いかもですね~。シュウからもらったプレゼントのペンダントで香りを身に纏うくらい」
言われてみれば、その心配には納得できる。
向こうの世界でもあんまり化粧に興味がある方では無かったけれど、仕事が忙しい事を言い訳におざなりリップ、おざなりファンデ。帰ったら、化粧を落とす間もなく寝落ち、なんてしょっちゅうだったし。
「この二年半、貴方が提唱し始めてから、女性の美容についても大きな変化がありました。
貴方は舞踏会などにあまり出ないし、興味も無いから気にもしてないでしょうけれど、香水や口紅、シャンプー、ファンデーションなどで、女性の美しさは確実に一段上に上がった、と言われているのですよ」
お母様は、私の顎に手を伸ばすと、くいと持ち上げる。
湖沼の水面の様な淡い空色の瞳が、私を真っすぐに写した。
「貴女は、素材は文句のつけようがありませんが、色気が足りません。
まだまだ青くて固いピアンの果実のよう。
儀式や祭典で、皇女や大神官をする時にはそれでも構いませんが、私的な時にはもう少し自分の為に、自分を輝かせる事を考えた方がいいと思うわ」
「えー、でも、余計な事をして男性から変な目で見られるのもなんか、イヤな気が……」
神殿で大神官をするようになって、一番楽になったと感じるのは求婚攻撃が止んだことだ。神官をしている間は、結婚は原則禁止だから。
親の決めた婚約者として、リオンは私に触れることが許されているけれど、キス以上の行為は還俗するまでは多分許されないだろう。
キスも緊急事態以外は、良くない顔をされる。
各国の王族に至っては、前はしてくれた親愛の口づけすらできなくなった。親族以外の男性は、私が許さない限り、手にさえ触れることが許されない。
ふと、リオン、じゃなかった魔王の夜這いを思い出す。
口の中を蹂躙されるような濃厚な口づけは思い出すだけで、全身が熱を帯びた。 なるべく平静を装ってみたけれど
「私はそういう対外的な影響ではなく、貴女の心の問題を言っているの。
貴方が普通の女の子なら、もっていてしかるべき心を封じているような気がするのよ」
「女の子の心、ですか?」
「ええ。自分を美しく見せたい。可愛いと思って貰いたい。
そんなときめきの心を」
お母様の指摘は、ぐっと心に突き刺さる。
なまじ、向こうの世界から考えると信じられないくらいの美少女の外見を貰っているから、これ以上磨こうなんて考えたことがなかった。
「でも、私には作って貰うドレスで十分と言おうか、勿体ないと言おうかで。
それに貴族たるものやって貰った身支度に文句は言えないんじゃありませんか?」
「それでも、自分の意見を言うことはできるわ。赤がいい、とか青を多めにしてとか。
貴女は昔から、自分の服に頓着しないで勧められるものを身に着けるばかりだったけれど、もっと好みの色とか形を出してもいいのですよ。貴女はそれが許されているのですから」
この不老不死世界、食事にお金を使わなかった分、衣料関係はかなり発展している。
化粧品の進歩はここ数年の事であるけれど、一般人でも既製服や古着のリサイクルを利用しておしゃれを楽しむことが多いらしい。
「貴女もそろそろ、女の武器、というものを意識してもいい時期です」
お母様は滅多に使わない扇子を広げ、口元を隠して微笑む。
「娘を美しく飾り立てるのは母親の義務であり、特権ですからね」
妖艶で麗しい、貴婦人の顔で。
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