翌日、私が厨房に行ってみるとココの実が山の様に積まれてあった。
頼んだ通り、完熟果と未熟果も。
「集めるのはかなり大変だったそうですよ」
コリーヌさんが苦笑いしながら教えてくれる。
今日、王様達は一緒じゃない。
厨房にいるのは護衛のリオンとカマラ。
記録係のミリアソリス、あとはフェイ。
ココの実から油をとったり、ミルクを作ったり。
色々やってみる予定なのだ。
研究と実験が終わってから、その内容を報告する事になっている。
「あー、それは大変でしょうね。ココの木は枝とかありませんから」
向こうの世界では調教した猿に取らせているという話を聞いたことがある。
ミーティラ様には足を縛るように真っ直ぐにしてふんばり、腰にベルトの様に巻いた紐を木に巻き付けて登って貰う様に教えた。
これも昔マンガで見たやり方だ。
「言って下さればお手伝いしたのに」
フェイが気付いてくれた後は、アルケディウスが使う分は術で取って貰っているけど。
「王様は魔術師に術を使って取るように命じたけれど、自分は風の術はあまり得意ではないから、と言ってかなり渋ったとか。
最終的には木登りをやる者達が殆ど集めたようです」
現在王宮に勤めている精霊術士…魔術師は四人。
そのうち杖を使って術を使う魔術師は、今は一人だけ、と聞く。
王様の命令は一応聞くが、術師としてのプライドが高く生活魔術はあまり使いたがらない。
術士がいなくなると色々と困る事になるので、よっぽどの場合を除き本人の意思を尊重しているらしい。
あの兄王様に引かせるなんて、別の意味で凄いなその人。
「私が留学する前まではもう一人いたので、ここまで我が儘ではなかったのですけどね。
割と話の分かる良い魔術師でしたが、能力寿命で城を去ったのだとか。
今いる魔術師がいなくなると、氷室の管理や灯りの管理、これから夏にかけての温度管理が大変になるので、早く新しい術師が見つからないかと王様は気を揉んでおられるようです」
能力寿命で城を去る魔術師は大抵、その杖や精霊石を持って行く。
その後、後継者となる子どもを探し育て、杖や精霊石を譲るのは魔術師にとって一応義務なのだそうだ。
精霊石を譲られた子は大抵王宮に上がり、王家や貴族の魔術師として働くようになる。
「城には子どもがいませんからね。引退してから後継者を探すので空白期間ができることはまま、あるのですよ」
「お城で子どもを集めて、能力寿命が来る前に精霊術士の教育をするとかはなさらないのですか?」
「寿命が来てからでないと精霊石を譲れませんから」
まあ、確かに。
私はフェイと顔を見合わせる。
術士の身分が高い世界で、自分の存在意義とも言える杖をあっさり他人に譲れる筈も無いか。
精霊石の意識があり、力を貸そうとする間は術が使える。
精霊石も、多分自分の限界までは自分が選んだ術士の為に力を使うのだろうから、新しい術士が選ばれるのは『能力寿命』の後、というのは理解できなくもない。
フェイとシュルーストラム曰く、精霊の石が術士を選んだ時に契約が結ばれるのだそうだ。
本人の意志は基本関係なしに。
まあ、精霊に選ばれ術士となることを嫌う存在はあまりないけれど。
その契約は術士が成人、つまり不老不死になると一端強制的に切れる。
完璧に石に見限られた場合にはその時点で術が使えなくなる。
大抵の場合、優しい精霊石達は力の限界まで術士を助け、その後力を使い果たして眠りにつく。
自分に力を供給できる子どもに触れられるまで。
力を貸したいと思う術士に出会うまで。
ソレルティア様のように不老不死者と精霊石が特別な契約を結ぶのは例えて言うなら無線やWi-Fiでできるインターネット通信を、コードを繋いでやるようなものだと私は理解している。
特別な契約を交し、経路を繋ぎやっと可能になる。
特別な力と手順必要で、普通の精霊石には無理。
三本の長の杖並の力が必要で、真正の魔術師の主を持つシュルーストラムが力を貸したからソレルティア様の杖は契約できた。
そうでなければ、不老不死者と精霊石の契約は不可能なのだという。
「先に辞した魔術師が早く後継者を見つけてくれればいいのですが…。
見つからない時は神殿から神官の術士を借りるしかないですからね」
空白期間が生まれた時には城の魔術道具の維持に、神殿から術士を借りる事もあるのだという。
そういえば、神殿の術士のシステムってどうなっているのだろう。
神官長は精霊石のついた杖みたいなものを使っていた。
他の術士も石を使って術を使うのだろうか?
今度ちゃんと聞いてみたいところだけど。
「とにかく仕事をしましょう。
ココナッツの有効活用法研究です!」
その後はみんなで色々とヤシの実、基、ココの実の使い方を調べてみる。
私も、町育ちだからヤシの実なんて殆ど触る機会、無かったからね。
知識しかないし。
未成熟のヤシの実の中には、ココナッツウォーターという美味しいジュースがある。
ミネラルたっぷり、スポーツドリンクなみなのだと聞いた。
そしてココナッツウォーターか、水にココナッツの中の白い固形胚乳を細かくして混ぜ込んだモノがココナッツミルク。
パンケーキに使ったり、料理に使ったりするココナッツミルクとココナッツウォーターは別物なので気を付けないといけない。
成熟果には水分は殆どないけれど、中の白い胚乳部は熟成する。
それをこそげ落として、圧搾したり遠心分離にかけたりすることで、油が採れるのだ。
「…遠心分離の方が綺麗な油が採れますけど、精霊術を使わないといけないから圧搾したものを精製した方が手軽のようですね」
「油を取るなら、完熟したものの方が良さそうです。未成熟果の胚乳は水分が多いので食べるのにはいいんですが圧搾すると分離に手間が…」
「ミルクを作るなら未成熟果の方がいいですね。後、油を抜いたものを乾燥させたものも独特の香ばしさがあって…」
「うーん、栄養とか味わいが抜けてませんかね。やっぱりココナッツファインは成熟果から採った方が…」
魔術師が手を貸してくれるので、乾燥など時間がかかるものが短縮できたのが個人的には助かった。
木の実の穴の開け方から割り方なども試行錯誤してレポートを作成する。
ココナッツミルクと、ウォーター、乾燥ココナッツ繊維とそれを使ったお菓子などを用意して王様に報告した。
「なかなかに香ばしくて美味だ。果汁も身体に染みる」
王様はココナッツミルクを使ったお菓子や料理もだけれど、ココナッツウォーターやココナッツファインを使ったクッキーやパウンドケーキもお気に召したようだ。
あと、ココの実の繊維でたわしや靴の汚れ落しマットなどを作ってみると面白そうにもしていた。
ヤシの木の殻も炭にすると火の持ちがいいと聞いた。磨けば磨く程艶が出るので細工物やお皿に使うのもありかもしれない。
「本当にココの実は捨てるところが無さそうだな」
「葉っぱや木も含めると本当に活用性の高い植物だと思います」
「後は、収穫方法をなんとかできればいいのだが。術士が渋る以上こればかりは手作業になるな」
「一度登ってしまった後は、ヤシの木の上部にロープをくくるなどすれば次からは手軽に登れるようになりませんか?」
色々意見交換をして、使い方の基礎は確立したので後はプラーミァの研究にお任せ。
アルケディウスにはココの実が採れないからね。
今日の知識は完全にプラーミァだけのものだ。
「ご苦労であった。今日は下がっていい。明日は調理の方を頼むぞ」
「かしこまりました」
「それから魔術師」
「何でしょうか?」
「プラーミァ滞在中だけで構わない。料理や収穫、加工の補助を頼めないか? 報酬は出す」
「かしこまりました」
フェイはあっさりと引き受けてくれた。
解ってる。
王様の眼差しを見るに…これは多分、当てつけだ。
仕事を渋るという魔術師さんへの。
その証拠に以降、折に触れ私達に蛇のようなネットリとした視線が私達に絡みつくのを感じるようになったのだから。
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