去年の騎士試験で、ヴァルさんとリオンが戦った時の事を思い出す。
あの時はかなり接戦だった筈だ。
でも今回はユン君=クラージュさんの圧勝。
一年前のリオンと歳も戦い方も違うから一概には比べられないけれど、やっぱりクラージュさんは勇者の師。
強いんだなあと実感する。
肩を落とし、試合場を去るヴァルさんが少し可哀想。
決してヴァルさんが弱いわけじゃないのに勇者と、その師匠に当たってしまう。
彼らが子どもの姿をしているから子どもに負けた、とヴァルさんを甘く見る人がまた出そうな気がする。
騎士試験本選に出ているだけでも国のトップエリートなんだけどね。
後で、リオンかお父様、もしくはヴィクスさんにフォローをお願いしようと思った。
そしていよいよ第二試合。
カマラが再登場する。今回の相手はアラフィフの剣士 レスタード卿。
騎士試験常連のベテラン。
どちらも鎧に頼らない軽戦士だし面白い試合になりそうだ。
二人が舞台の中央に進み出ると審判の手が上がる。
鞘から剣を抜き、二人は鏡合わせのように構えをとった。
カマラの剣にさっきと同じ、赤い炎が灯ると観客たちがドッと沸き立つ。
そのざわめきの中、第二回戦、第二試合が始まった。
「始め!」
合図と同時、今度はさっきのヴァルさんとユン君の試合とは真逆、カマラが先に踏み込んでいく。
小柄な体を生かして、一直線に。
弓弦から放たれた矢のように間合いを詰め、降り降ろした少女の剣を、ベテラン剣は焦る様子も無く受け止め軽く受け流す。
二人が戦っている様子は正しく大人と子ども。というより祖父と孫娘?
「ハハハ、楽しいな。若人との戦いは!」
剣を打ち合わせる度に鋼の音が弾け続けるけど、レスタード卿は息を乱す事も無く堅実な剣運びを繰り返している。
さっきの試合と違って、レスタード卿がカマラの剣技に付き合ってくれている印象だ。
実力の差は歴然。
さっきのお父様のセリフじゃないけれど、遊ばれている。
手玉に取られているという感じだろうか?
太刀筋は読まれているし、回避行動や次にどう動くかも解っているっぽい。
カマラの剣捌きは見ていて解るけれど、比較的素直だ。
動きのバリエーションを増やした方がいいとは、リオンからも指導を受けていた。
何年も下手したら何百年もの間、訓練を続けてきた戦士と比べるのは気の毒だけれど実戦経験も少ないから、まだ動きのパターンが単調で少ないのだ。
解る人にはその辺が弱点として読まれやすいのかもしれない。
「あっ」
カマラが小さく息を溢した。
刀身に宿っていた紅い炎が消えている。
時間切れ、だろうか。
魔法、魔術には効果時間があるものだし、本来、剣に乗るものでは無い力をいつまでも維持することなどできよう筈がない。
カマラの剣の属性は本来風で、水の属性を後天的に身に着けた。
炎の剣は本来専門ではないのだ。
「ふむ、どうやら、時間切れのようだな。では、そろそろ本気を出せて貰おうか!」
カマラの剣の魔術が消えたのを確かめたと同時、レスタード卿の動きが一気に早くなる。
「うわっ!」
長剣が空気を圧し、唸りを上げてカマラに襲い掛かる。
今度は、カマラが防戦に入る。
剣の直撃を避け、受け流しながらバックステップで、なんとか間合いを取ろうとする姿はまだ勝利を諦めていないと解るけれど、状況はかなり不利に見えた。
レスタード卿は緩急を取り交ぜた動きが実に巧みな方だった。
正しい理として学び、身に着けた剣術を、経験と共に昇華させている。
これはやはり数多の実戦経験を経ないと得られないものなのかもしれない。
「初出場と思えば、大したものだと言えるぞ。其方は。
精霊術に頼らなくてもその辺の無気力な戦士よりも基礎の力は高い」
「あ、ありがとうございます」
何度目かの猛攻を切り抜け、開いた間合いでカマラは息を切らせながら応えた。
「私は地位や、立場目当てで騎士試験を受けている訳では無くてな」
静かな笑みと言葉はけっこう距離があるのに不思議にはっきりと私達の耳に届く。
「私には戦士として高みに昇る才能は無い。
コツコツと努力を積み重ねて、やっと人並み、人の数倍をかけてやっと僅かに上に行けるだけの凡人だ。
天才たちが私を乗り越え、高みに昇っていく。彼らの成長の助力になっていると、思う事が唯一の楽しみであり、生きがいなのだ」
「レスタード卿……」
「今回はそういう意味では有意義だ。昨年は少年騎士と戦う幸運を得られなかったからな」
「私のような者と戦えて良かった、と言って下さるのですか?」
「ようなもの、という言い方は止めた方がいい。
貴殿は運に恵まれ、実力を持ち、才能にも恵まれている。この場に立つにふさわしい勇士だ」
騎士試験本選常連、と言えば聞こえはいいけれど、それはいつも騎士貴族の地位を獲得できなかった、届かなかったということだから。
色々と複雑な思いがあるのかもしれない。
でも彼は、それを己の中で昇華して、やるべきことを見定めている。
カッコいい大人だな、と素直に思った。
「故に貴殿が皇女の為、上位を目指すのであれば勝ちを譲るも……。
いや、失礼。そうだな。そんな結果で得られたモノに意味は無い」
一人ごちるように肩を竦めたレスタード卿は、カマラの瞳が見せた意志に微笑むと少し下げていた剣先を上げ、再びカマラと真っ直ぐに向かい合う。
「君の、全力を見せてみたまえ! 私もまた全力で応えよう!」
「はい!!」
二戦目、疲労困憊であろう身体に力とカツを入れ、カマラもまた剣を構え立つ。
「行くぞ!」
声と同時にレスタード卿はカマラに向けて一直線に攻め入って来た。
迎え撃つカマラは大きく深呼吸するとチェルケスカの右胸を弄り、小さな、細い、試験管にも似た素焼きの小瓶を取り出すと蓋を開けた。
あ、あれ、もしかして。
「エル・ミュートウム!」
眼前にまき散らされたのは多分、水。
けれどもただの水、当たり前の水は呪文と言う言葉と、精霊石の命令によってカマラの前に盾を作る。鋼より硬く、それでいてしなやかな盾を。
「なに!」
レスタード卿の上段からの渾身の攻撃を弾いた水の盾は、瞬間霧となって消え失せる。
けれども、意外な技、在りえない防御。
それらが生んだ一瞬の弛緩、『精霊』の加護によって生まれた硬直を、カマラは見逃したりしなかった。
「たあああっ!!」
瓶を投げ捨て、柄を両手でしっかりと握りしめて彼女は剣を振り上げる。
下から上へ、渾身の力を込めて。
キーン!
高い音を立てて一本の剣が空を飛んだ。
地面に突き刺さったその主を見定めた審判は高らかに声を上げた。
「勝負あり! エクトールのカマラ!」
会場内が揺れるような熱気と歓声に溢れる。
大金星。
初出場の女の子が、ついに準決勝に駒を進めたのだから。
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