「エルディランドは、良い方向に進んでいる。
お前達の導きのおかげだな」
黒味がかかった茶髪、金茶の瞳。
神の居場所、疑似クラウドの白い無重力空間の中で大地の精霊神様は告げる。
包み込むように優しく暖かいお言葉だけれども私は首を横に振った。
「いいえ。エーベロイス様」
そういえば、この精霊神様とはゆっくり話すの初めてだ。
最初に会った時は、スーダイ様が一緒にいて突っ込んだ話はできなかったもんね。
ゆっくり、深いお辞儀をする。心を込めて。
「私達のしてきたことなどは、ほんの細やかなことでございます。
大王様を始めとするエルディランドの皆様の努力があってこそ。
むしろ、私の方こそ、色々と御礼を申し上げたい次第でございます」
七国めぐり三国目、どこかオリエンタルな顔立ちの精霊神様は、私の言葉にどこか、照れたように微笑んだ。
七国訪問の流れはいつもほぼ同じ。
大祭の前日、国に入り、大祭初日、舞を捧げる。
その後、こうして精霊神様にご挨拶。
二日目はちょっと自由行動で、科学や料理についての意見交換や調べ物をして。
大祭の最終日に晩餐会に参加して、王家と貴族と国を祝福して終わりだ。
今までは『聖なる乙女』の舞は『精霊神』に捧げるだけのものだったけれど、今年はできるなら民に見せて元気づけてやって欲しいと頼まれている。
正直な所、自分では私の舞に、見る人が何をかんじてくれているかは解らない。
具体的に『力』を引っ張っていかれる精霊神様達と違って。
でも一生懸命踊れば大体、どの国でも喜んでもらえているようなので、期待には添えているのではないかと思う。というか思いたい。
私の言葉に満足そうに頷く精霊神様。
視線を合せ、同じくらいの人間の容を取って下さっているので親しみが湧く。
「そうだな。子ども達は皆、頑張っているな」
「はい。特に農業においては七国で、エルディランドに匹敵する実り豊かな国は他には無いと思います。昨日の夕食も、堪能させて頂きました」
昨日の夕食を思い出すと、今も笑みが零れる。
出迎えの時、スーダイ様が自慢した通り、王家と一部貴族だけの細やかな規模だったにも関わらず、出された食事は一級品だった。
私から見ると、和中折衷の中に、和寄りの舌に馴染んだ料理という印象。
先付けにミニシュウマイに春巻き。青椒肉絲。
スープは鶏ガラベースのあっさりして、でもコクのある味わい。
メインは新米を使ったちらし寿司だった。
ケーキのような円筒形に形を作り、生の魚が使えない分、生ハムや醤油漬けの魚など美しく飾ってあった。
アルケディウスではなかなかこんなにふんだんにお米、リアを使えない。
羨ましく思いながらも幸せに美味しく頂いた。
もう一つのメインは子豚の丸焼きで、ぱりぱりと焼いた皮を、薄焼きの親機に包んで食べると最高に美味しい。私が教えた料理ではあるけれど、より美味しくするにはどうしたらいいか、色々工夫しているのが解って、食べていると本当に幸せな気分になれる。
デザートは秋味を重視してか、サツマイモのタルトと、マーロ、栗の甘露煮を使ったパウンドケーキ。甘く似た小豆がアクセントになって和風テイストを楽しむことができた。
「本当は中華料理を中心に復活させた方が良かったのかもしれないのに、なんかすみません」
「そんなことは気にしなくてもいい。今更、中国も日本もないのだからな」
「豆板醤など中華調味料と共に、徐々に復活させていきたいと思います。もうオイスターソースや魚醤はいい感じになってきているんですよ」
「うむ、楽しみだ」
精霊神様達は食べ物のお供えは意味が無いとおっしゃっていたけれど、故郷の味や料理はやっぱり特別だよね。
「エーベロイス様は、中国御出身で?」
「ああ。自分で言うのもなんだが、特に特別な所もない、農科学を学ぶごく普通の大学生だった。その時の知識や文献も残してあるから、機会を見て探してみるといい」
「解りました」
「後は、月並みに日本発のスマホゲームなどは好きでな。結構やり込んで先生と話をしたかな」
「へえ~。どんなゲームですか?」
私とエーベロイス様のアジア人同士の会話を、少し離れた所でアーレリオス様とリオンは口を挟まず聞いて下さっている。
まあ、米の栽培調理法はともかく、スマホゲームの攻略法なんてついていけない、ってところもあるのかもしれないけど。
「正直な所、何故自分が生き残ることになったのか、今もって解らない」
地球の事を語られる時、精霊神様はなんとも言えない表情をされる。やっぱり複雑な思いがあるのだろう。
「だが、望まざるとはいえ力を持った以上、その責任を果たさねばと思ったのだが、私の血か、それとも種族の血か。
我が一族の子ども達は争いを繰り返してしまってな。仕方なく、荒療治で王の杖を取り上げることになってしまった。
アーグストラムは元気にしているだろうか?」
「はい。アルケディウスで見込んだ魔術師とお酒、ビール作りに励んでいます」
「……そうか。もし会う機会があるようであれば、無理に戻る必要は無い。
お前はお前の為すべきことを為せ、と伝えてくれ」
「かしこまりました」
はっきりと精霊神様がそうおっしゃったので、私からの余計な口出しはしない。とはいえ、寂しそうなのでいずれ再会の機会は作ってあげたいとは思うけれど。
「スーダイは始めこそ頼りなかったが、其方達のおかげで良き王になった。
妻と一緒に、エルディランドを発展に導いてくれるだろう」
「精霊神様は『神の子ども達』のことは御存じだったんですか?」
ヒンメルヴェルエクトのキュリッツォ様もだけれども、精霊神様は自分の子孫と『神の子ども達』の婚姻は別に気にしていない様子だ。
我が子に、結婚を控えるように命じ、娘達に妊娠しないように防御までかけた神とは大違い。
「それはまあ、一目見れば解るからな。移民者の名簿データもあるし」
「名簿データ! そんなものもあったんですか?」
言われてみればステラ様も、ラールさんのフルネームを知っていたみたいだし、互いの子ども達の名前や国籍などは共通理解していても不思議はないか。
「じゃあ、今、活動している他の『神の子ども達』についてもご存じだったりします?
シュンシーさんや、もう一人の背景とか……」
「ある程度は知っているけれど、私の口からは言わないし、言えない。
本人達に聞いてくれ」
「解りました」
「我々にとっては、星の子ども達も『神の船の子達』も守るべき愛し子に変わりは無いからな。結婚についても反対するつもりは無い。本人達の意思を尊重し祝福する」
「仮に王子とシュンシーさんの間に子どもが生まれても問題ありませんよね?」
「無論。精霊の力を操るに長けた子が生まれる可能性も高いな」
「後は、シュンシーさん次第ですよね」
うん。あんまり精霊神様達に頼りすぎも良くない。
自分でできることは自分でしないと。
後は本人の気持ちの確認だけだしね。
「ん?」
そう安堵に胸を撫で下ろす私は視線を感じて顔を上げた、見ればエーベロイス様は楽し気に見つめている。
私を。
「どうかなさいましたか?」
「いや……。スーダイは本当に良い王になるだろうと思っただけだ」
「それは、その通りだと思いますし、そうなって頂く為に全力を尽くすつもりですけれど、今の発言はどういう意図で?」
「気にするな。人を見る目があると褒めただけだ。
まあ、強いて言えば、お前を私の娘にできれば良かった、とは思うが本当にそれだけで……」
私に向けて、そっと伸ばして顎に触れた手を遮るように獣が立ちはだかった。
「リオン」
「お戯れはお止め下さい。エーベロイス様」
「……解っている。そんな怖い目をするな。リオン。
其方から、マリカを奪うつもりは無い」
リオンの気迫に押されるかのようにエーベロイス様は両手を上げて降参のポーズをする。
その背後に回り、こつん、と頭を叩くお父さん。
「あんまりからかうな。エーベロイス。二人は私の娘と息子だ。
渡すつもりは無い」
「解っている。……全くお前らは本当に親にそっくりだな。
ああ、泣けるくらいに笑えて来る」
「エーベロイス様」
そんな彼らの姿は、エーベロイス様ではないけれど、眩しくて悲しくて。
トクン、と。
私の心臓が音を立てた。
何かを私に告げるように。
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