フリュッスカイトの方達と国境で別れ、私達はアルケディウスへと戻った。
国境までの間も、色々と今後に向けての打ち合わせなどもしたし、途中のカエラの森でメイプルシロップもとい、カエラ糖の作り方の概要もお話した。
どうやら、それを見るのが次期大公と大公妃が私をわざわざ見送りに来た一番の理由だったっぽい。
「なるほど、木に穴を開けて樹液を取り出すのか」
「砂糖を取る時に気を付ける事などは?」
説明を聞く様子は真剣そのもの。
「フリュッスカイト一の群生地を取られてしまったのは残念ですが、カエラの木そのものはあちらこちらにあるので、冬に試してみようかと思います。あと、作業工程を学ぶ研修生を受け入れて頂けませんか?」
だそうだ。
フリュッスカイトでもメイプルシロップの採集をする気満々らしい。
「国に持ち帰って検討します。国家機密を知る形になるのでタダ働き&生活費を頂くでも構いませんか?」
「構いません。できれば早いうちに教えて頂ければ、こちらでも春になる前に、今年の冬、試験採取ができるのですが」
「では、後で用意しておくものなどを纏めておきますね」
「ルイヴィル。秋の戦は必ず勝てよ。アルケディウスにここで貸しを作っておかないと」
「御意。侮る訳ではありませんが、少年騎士が今回不参加なら、少し楽が出来そうです」
「お手柔らかに」「こちらこそ」
実際問題としてルイヴィル様と一対一で戦って勝てるのは使節団の中ではリオンだけでヴァルさんやウルクスは蹴散らされた。
今年の秋の戦は厳しいものになるかもしれないなあ、と思う。
「では、姫君。またお会いできる日を、心から楽しみにしております」
「末永い友好があらんことを」
「はい、またお会いしましょう。早めに通信鏡もお送りしますから」
多分、一番早い再会は通信鏡を数に入れなければ、新年の参賀になると思う。
遠いようで、もうすぐの話だし。
他にも色々と頼まれていることもあるし、しっかりと準備をしておこう。
で、フリュッスカイトの国境を越えた最初の夜。
「これ、なんだと思う」
私はフリュッスカイトからの最後のお土産を皆の前に指し示す。
皆、と言うのはこの場合リオン、フェイ、アルのことを指す。
つまりは魔王城と『精霊』の話をできる人達。
ホントは一刻も早く相談したかったのだ。
旅行中は彼等だけと秘密の話をすることは、もうできない。
兄妹のような存在でも男と女、そう見られる可能性があるから。
帰国して、魔王城に戻るまで待った方が良かったのかもしれないけれど、今は、カマラとミーティラ様は私の事情もある程度の所は知っている。
二人に立ち会って貰えれば大丈夫だろうと思い、私は三人を他に人払いした部屋に招いた。
皇女猫はいったん脱ぐ。ミーティラ様は少しだけ眉根を上げたけど、それ以上は何も言わないでいてくれた。
「『これ』とは?」
「ほら、この水晶」
私が指から引き抜き、皆の机の上に乗せたカレドナイトの婚約指輪。
シンプルなカレドナイトの指輪に小さな青い星が煌めいている可愛らしいものだけれど、良く見れば今は、もう一つ飾りがついている。
星の中央に水色の水晶、っぽいもの。
中央を花芯に見立てれば煌めく花のようだ。
「多分、フリュッスカイトの『精霊神』様が下さったの。魔術師にでも渡せって」
「僕に? しかも多分、とはどういうことですか?」
「夢の中で下さったみたいだから、ちょっとあやふやで。そもそもこれって何?」
「いや、貰ったマリカが解らないなら、誰も解らないだろう? 多分、精霊石じゃないかと思うけど」
首を傾げるリオンとフェイの態度はごもっとも。
でも、私にも解らない。『精霊神』様がくれたのだから大事なモノなのだろうと思うだけだ。
「精霊石なのは間違いない。フェイ兄のシュルーストラムをずっと弱くした感じだな」
「アル」
アルの目、予知眼を、私達は全面信頼している。
ということは、これも精霊? 話しかけたら返事してくれるかな?
「こんにちは。貴女は精霊?」
半信半疑でやってみたら
『肯定。お初にお目にかかります。皆様。そして『聖なる乙女』』
「うわ、指輪の石がしゃべった?」
ホントに返事が返って来た。
カマラとミーティラ様が驚きに目を見開いている。
私達は慣れてるから、そこまでじゃないけど、ちょっとびっくりだ
「貴方は、この精霊石の精霊ですか?」
『肯定。私は水の『精霊神』様の命により形作られたものです。
皆様の、水の精霊術をお手伝いするのが役割にございます』
『……要するに、王杓の精霊石『水の王 リーキルシュトラム』の分身体だ』
「シュルーストラム?」
今まで、フェイに黙って握られていた魔術師の杖。精霊石の精霊。
シュルーストラムが淡い映像を映し出す。
カマラ達は声も出ない様子。道具がしゃべるとか私達は比較的当たり前のことだけれど知らないと、ビックリはすると思う。
「魔術師の精霊石は、精霊が化身したもので、上位のものは人格があるのです」
「は、はい。それ自体は解っています。以前、剣をお預かりした時に伺いましたから。
でも、ここまではっきりとした声と姿があるのを見たのは初めてで、驚いてしまって」
「詳しい説明は後でしますね」
私はまだ、どこか呆然としているカマラ達に声をかけシューストラムと彼が見つめる『水の王』の分身体を見遣る。
「『水の王』っていないって言ってなかった?」
精霊国エルトゥリアには質の良い魔術道具が揃っている。
精霊石、と呼ばれる意思を持つ石がはめ込まれた道具は人の役に立つ事を望み、人に使われる事を選んだ優しい精霊達だ。
その中でも最高峰に位置するのが『魔術師の杖』
風の王 シュルーストラム
火の王 フォルトシュトラム
地の王 アーグストラム
三本しか存在しない、と聞いた時になんで水が無いんだろうとは素直に思ったけれど。
五大元素とか四精霊とか。
ファンタジーにおける基本元素に水は外された事は無いのに。
『王杓とそれに宿る精霊を見た時『水の王』の力を感じた。
おそらく、水の『精霊神』か、『星』が水の王とその魔術師は自国に置いておきたいと願ったのだろう』
思い出せば嵐の時、確かに石の『精霊』らしきものを見た。
あれが『水の王』かな?
「そういうのアリ?」
『我々、意思をもつ『精霊石』が生み出されるようになったのは『神』の降臨後だからな。無いとは言えない』
『肯定します』
「え?」
割り込んだ声の主は水の精霊石だ。
姿は見えないけれど、喋る度にチカチカと明るく点滅してる。
「肯定します、ってどういう意味? 肯定されたのは今の会話のどの辺?
精霊石ちゃん?」
分身体、だからだろうか?
どこか機械的な返事をする精霊石に私は問いかける。
『『水の王』はフリュッスカイトに、です。
七つの王の石は、各国の人の子の王を補助する為に生み出されました』
「七つの、王の石?』
『当初、王の精霊石は意志の無い道具でしたが、『神』の降臨後、『精霊神』の導き無き世界に子ども達の補助をする為に、人格が与えられました。
『星』は七つの王はそれぞれの国で、国を導くべきと各国に授けられたのです』
「な、なんだってーーー!!!」
思わずそう叫んだのは私だけれども、私だけではきっとない。
いくつか声が重なったもん。
水の国からの最後のお土産は、私達にとんでもない爆弾を投下したのだった。
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