アーヴェントルクの大祭が終われば、次はエルディランドと訪問と話が決まっている。
大祭の土産話をステラ様にお話した後、私は今後についてもちょっと聞かれた。
「アーヴェントルクは不老不死後の混乱も収まってきているようね?」
「はい。やはり国王の力が強い国は纏まりがある気がします。ワンマンであることが良いか悪いかはともかくとして」
「そうね。次の国はエルディランド、でしたっけ? あの国は中国ベースで元日本人も多く住んでいたから居心地がいいでしょう?」
「そうですね。食べ物が美味しかったです。お米、こちらではリアっていうんですけどの栽培が盛んで、毎年買い上げているんです」
「エルディランドに行ってから城で和食の割合が増えたものね」
「クラージュさんが頑張って醤油とお酒を造ってくれたからですよ」
思い返せば三年前、エルディランドの醤油と酒が広まってから世界の『新しい味』は大きな転機を迎えたと思う。
醸造による調味料の価値が再認識されて各国で調味料の開発が始まった。今まで塩味、少しの香辛料しかなかったのが、今は各地で魚醤やビネガーなども作られるようになっている。
「今ではエルディランドではみりんや味噌も作られていますからね。 魔王城で作って成功したのを持って行ったら大人気で。ソーハの生産量が違うので今は向こうの方が本格的でして。
懐かしい味が堪能できて、私も幸せです」
「よう。良かった。クラージュも頑張ったかいがあるでしょう」
そう言えば、クラージュさんは『星』の転生者だけれど、エルディランドに転生させられたんだっけ。
「ステラ様。クラージュさんをエルディランドに転生させたのってワザとなんですか?」
「ワザと。時間がかかる貴女の調整より早く終わったので、先に人の世に戻したのだけれど、貴女がいないのに島に戻したら苦労をさせてしまうから。
だったら日本人が一番多くいたエルディランドの方が居心地いいかな、と思って」
「……確かに、主君のいない城に戻されても困ったでしょうけれど……」
クラージュさんが聞いたら、どう思うだろう。
いや、もう知ってるかな?
でもおかげで和食ができるようになったわけだし。
お疲れさまでした&ありがとうございます。
でも、私の調整ってそんなに時間がかかったのかあ。
「人の命の理を、人間の力で真似るのは容易では無いと知ったわ。
だから、ね。
貴女は本当に、私達にとって奇跡であり、宝なのよ。
命を大事にしてね」
「解りました。心します」
私は静かに頭を下げた。
例え、星を守るパーツとしての役割があったからだとしても、皆様が、私を愛して下さっていることは解っているから。
うん、それでいい。
「向こうから帰ってきたらまた新しい話を聞かせて頂戴ね」
「はい! 楽しみになさってください」
話を終えて、ホッとした正にその時。
『マリカ!』
「は、はい。何でしょうか? レルギディオス様」
会話の区切りを見計らったのか?
今までタブレットの中で沈黙していたレルギディオス様が声をかけて来る。
なんだか、ちょっと不機嫌そうだけれど。
『少し、力を寄越せ』
「え? なんでですか?」
『いいから! 早く!』
「は、はい!」
別にステラ様も止める様子が無いので、私はスッと画面に手を伸ばした。
画面に伸ばした私の手がレルギディオス様の手と触れると。
「うわあっ!」
バチバチっ! と火花が画面の上で弾けた。
静電気みたいな感じでそんなに害は無さそうだけれど、ちょっと痛い。
なんて思っていると同時、私の手の中にバングルが表れた。
シンプルだけれど大きな碧色の宝石がついている。エメラルドだとしたら、相当に大きい。
「なんです? これ?」
『それをマリクに渡せ。これからの旅に必要になるだろう』
「だから何ですか? それにリオンじゃなくってマリク?」
私が不審そうな顔をしたことが解ったのだろう。レルギディオス様はどこか、ムッとしたような表情のまま説明して下さった。
『それは、『神の子ども達』に自由と伝言を与えるものだ。
リオンが使えるのなら任せても構わん。予知眼があるのなら判別できるだろう?』
「『神の子ども達』!
今、各国に何人いるんですか?」
忘れていた。
レルギディオス様の船によってやってきた地球移民。
そのうちの何人かは、世に放たれているのだと聞いた。
確か、ヒンメルヴェルエクトのマルガレーテ様は、生存しているのは両手に満たない。
と言っていたけれど。
『ヒンメルヴェルエクトの二人を除けば、大神殿に一人、エルディランドに二人、プラーミァに一人。
後はヒンメルヴェルエクトにもう一人だ。アルケディウスのラールもだな。
大半は、お前と顔を合わせている筈』
「え?」
『特に三人の娘には、この星の子を孕む事のないように、子宮に防御壁をかけてある。
本人が望むのであれば、外してやってくれ』
「解りました」
以前、ラールさんと話をした時、『神の子ども』達について話を少し聞いた。
通信機を基本的に持たされている事。
この星の人間と子どもを作ることを、原則として禁じられている事も。
女性には特に、バースコントロールの何かをかけられているとも聞いた気がする。
ヒンメルヴェルエクトの公子妃であるマルガレーテ様とアリアン公子に子が生まれなかったのはきっとその為だろう。
『子らに妊娠出産を禁じたのは、私の我が儘だ。
自由に生きて良い。と伝えろ』
「解りました……。でもその『子ども』が誰かは教えて下さらないのですか?」
『私から通信をかけたので、必要だと思うのなら、自分から名乗り出るだろう』
「そうですね」
自分から名乗り出ないということは、ラールさんのようにこの星での生活になじみ壊したくないと思っている人なのだろうから、無理に表に出す必要はないかな。
と思う。
私と顔を合わせている。というのは正直、驚きではあるけれど。
誰だ? 特に大神殿にも一人、エルディランドに至っては二人いるっているのが……。
『では、任せた。私は忙しい』
「はい、ご助力ありがとうございます」
プツッと、逃げるようにタブレットの画像が消えてしまった。
「もう! 忙しいって何かしらね? そんな仕事もしてないでしょうに……」
「でも、ちゃんとやるべきことからは逃げずに向かい合って下さるの、流石だと思います」
「そうね。彼は真面目だから。それにああ見えていざという時には頼りになるのよ。
期待していいわ」
「はい」
ステラ様ののろけに、お二人の間の愛と絆を感じる。
なんだかんだ言っても、信頼し合っているのだろうな。って。
誤解とすれ違いから断絶していた関係が、修復されるといいな、と思っている。
「あと、マリカ。
今日は魔王城に泊まりなさい。最近、忙しくてなかなか休めていないでしょう?
たまには身体と心をゆっくりと休める事が大事よ」
「ありがとうございます。……今まで、魔王城に来て休むと疲れが取れていたのってメンテナンスしてくださっていたんですか?」
「メンテナンス、というか調整でございますね。マリカ様は機械の身体、という訳ではございませんので。疲労や心労を少しでも減らせるように、というお手伝いは致しました」
「エルフィリーネ……」
私とステラ様の会話の終わり、スッと静かな声が私の背を撫でる。
「『神』との侵入の後に、洗浄を行ったり、真理に近づく記憶にジャミングをかけたりも行いました。
マリカ様を御守りする為とはいえ、主に対しての御無礼、どうかお許しを」
「ううん。それはいいの。おかげで伸び伸びさせてもらったと思っているから」
「ありがとうございます」
城の守護精霊。
マリカの人生の最初から、私の味方であってくれた彼女の思いを疑ったことは無い。
洗浄や調整、と呼ばれることがどんなものだったのかな?
とか。
彼女が本気になれば、私をあっさりと精霊にできたんじゃないかな?
とも思うけれど、やる気になればできたのに、それをしなかった事は、エルフィリーネとステラ様の誠実と優しさ。
心臓が小さな音を立てる。
私はお二人を信じている。だから、この身体を預けることに何も異論も不満は無かったのだ。
『ステラ様……これは……』
『彼が言っていたのは、こういう意味だったのね』
翌朝。
いつもの通り、私はすっかり元気になって大神殿に戻った。
そして、意外な人物から告白を受けることになったのだ。
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