どうやら、私の仕事中。
料理を作っている間に、外では護衛士達が訓練をしていて、その過程でクレスト君に纏わる何かトラブルがあったらしい。
『溜飲が下がる』『けちょんけちょん』
の時点でクレスト君には残念な結果になったのだろうと予測はできるので、聞くのは悪い気もするのだけれど
「私は、一応この使節団のトップです。
何かトラブルがあったのなら、それを把握しておく必要があります。
教えて貰えますか?」
きっと、話したくてしょうがなくて、私に声をかけたのであろうカマラは、はい。と元気よく頷くと楽しそうに話をしてくれた。
「事の起こりは、私がリオン様に、訓練をお願いしに行ったことです」
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「本当は、フリュッスカイトの巡遊からというお約束でしたが、もしできれば少しずつでも稽古をつけて頂けないでしょうか?」
私の言葉にリオン様は、ありがたくも直ぐに頷いて下さいました。
「構わない。毎日、俺が言った通り以上の訓練をちゃんと熟していたようだからな」
一目でそれが解るのは凄いなあ、と思いながら、私はリオン様と手合わせを始めました。
リオン様は小柄でいらっしゃるので私と視線が近いのです。
その為、武器の動かし方などがよく解りました。
勿論、手加減して頂いたのは明らかなのですけれど。
鋼のショートソードを手にしたリオン様から、教える為の手合わせを受ける度に、私は自分の動きの無駄や、剣の動かし方の違いが分かったような気がしました。
自分なりに直しながら挑むと、リオン様は微笑んで、また次の欠点を教えて下さいます。
そんな手合わせが続いて半刻あまり。
「そろそろ、休憩をしよう」
「あ、ありがとうございます」
私の体力の限界を感じ取ってか、リオン様は休憩の声をかけて下さいました。
お礼の言葉をかけて、私が下がって暫し
「まるで、ままごと遊びのようですね」
そんな声が落ちてきました。
「クレスト……君?」
「様と呼んでもらいたいですね。
僕はこう見えても大貴族第二位 ダルピエーザ様の名代としてここにいるのです」
「失礼しました。クレスト様」
こう見えても私は大人で、不老不死者なので、魔王城とかの子どもに対するのと同じように、と思って『君』とよんだのですが、クレスト様は気を悪くしたようでした。
私は素直に謝罪しました。
余計な事を言って事を荒立てるのは良くない、と思ったのです。
クレスト様は鷹揚に頷かれると、今度はリオン様の方を向きました。
「最年少で騎士試験に合格し、騎士貴族となった戦士が女子供の相手ですか?」
「戦士に女も子どももない。
マリカの護衛を鍛えて、備えを固める事になんの問題がある?」
「仕事の格は選んだ方がいいということです。そんなもの部下にでもやらせればいいでしょう?」
自分が言われた訳では無いですが、私はクレスト様の言葉にムッときました。
何より、私に教えることが格の低い仕事と、と言われたわけですし。
でもリオン様は、クレスト様の挑発するような言葉を
「何が必要な仕事かは俺が決める。
余計な口出しは不要だ」
とさらりと受け流してしまわれたのです。
この返事に今度はクレスト様がムッと来たようで……。
「……そうですか。
では、僕にも一手ご指南下さい。
姫君の護衛騎士長で、騎士貴族で婚約者。
その実力をぜひ、体験しておきたい!」
そう戦いを申し込まれたのです。
「いいだろう。ただし、負けたら少なくとも今回の旅程が終わるまで、俺の指揮下に入り、絶対服従。
約束できるか?」
「解りました」
クレスト様はそう応えました。
多分、多少なりとも腕に自信があり、リオン様とも互角の戦いができる、と思っていたのだと思います。
でも……
『リオンに負けたのでしょう?』
『ええ、あっさりと、一瞬で』
プラーミァで求婚者を蹴散らした時と同じように、開始の合図と同時に一切の手加減なく剣を落し、地面に転がす様子は圧巻というか息を呑むほどに美しいものでした。
まるでマリカ様の舞を見ているように、無駄がなくって。
「え? 何が、一体?」
「お前が戦いを挑んで負けたんだ。
約束通り、絶対服従。
以後、護衛士全員への暴言を禁止する」
「そんな! 在りえない。負けるにしたって……」
「まあ、確かに弱くも無さそうだが強くは無いだろう? お前。
人にとやかく言う権利は無い。
実戦も実力もまるで足りてない。
今の状態では、俺の従卒達にだって叶わないぞ」
あっさりと鼻で笑われて、クレスト様も我慢がならなかったようです。
「聞き捨てなりませんね。
貴方には負けた。それは認めます。
でも従卒にも叶わないというのは、あまりにも僕をバカにしている!」
そう食ってかかりましたが、リオン様は逆に笑うだけ。
「なら試してみろ。
だが従卒達はまだ、本格的な武器の使い方を知らせてはいない。
腕相撲と徒競走でな」
で、アーサー君とクリス君をけしかけられたのです。
当然お二人にもあっさりと負けてしまい、鼻っ柱を思いっきりへし折られ、反論できなくなった彼は、しょんぼりと部屋に戻って行きました。
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カマラの話を聞いて、私はクレスト君には悪いけど笑いを堪えるのが大変だった。
リオンも随分と意地悪をする。
少年のプライドを本当に粉々のけちょんけちょんにしたのだ。
明らかな子どもに負けたことで、クレスト君は奈落の底に落っこちたのだろうけれど、アーサーには怪力、クリスには速足の『能力』がある。
得意分野ではリオンだって叶わないだろう。
「でも、これでクレスト君が約束を守って、リオンの指揮下にちゃんと入ってくれるといいね」
「ええ。そうして欲しいと思います。
私も彼に負けない様に、見下されない様に、全力で頑張りますから!」
身分差を乗り越えて取り立てられたカマラと同じように彼には才能と機会がある。
少なくとも大貴族に選ばれる運と見込まれるだけの才能が。
リオンと比べるのは無理ゲーだけど。
でもきっと頑張ればそれなりの騎士、戦士にはなれる筈だ。
ふと、私は大聖都の『偽勇者』を思い出した。
彼は元気でやっているだろうか?
『偽勇者』とクレスト君は立場が似ているけどクレスト君の方が、圧倒的にいい位置にいる。
気持ちを切り替えれば、『本物の勇者』から指導を受けることもできるし、もっと強くなれるだろう。
クレスト君が大貴族 ダルピエーザ様のスパイであることは解っている。
私達の情報や弱みを探る為に差し向けられたのだ。きっと
でも、こうして旅に一緒に出た以上は大事な仲間。
「本当に心を入れ替えて頑張ってほしいなあ。
うん。クレスト君。お代わりどうですか?」
「え? マリカ皇女?」
「いっぱい食べて下さい。元気をつけないとリオンには叶いませんよ」
「!」
「応援していますから、しっかり強くなって私や民を守って下さいね」
拗ねて、凹んで、そこで諦めてしまうか。
それともぐっと堪えて前に進むか。
自分の心を変えられるのは、自分自身だけだから。
礼大祭前の小さな出来事。
クレスト君の今後に期待したいと私は、本気で思っている。
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