ヒンメルヴェルエクト三日目の夜。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
私は部屋で随員達に相談を持ち掛けていた。
明日の舞踏会が終わればヒンメルヴェルエクトの大祭も終わり。
その前に考えておかなくてはならないことがある。
「ヤールクフト様とプリエラのことですね」
「そう。二人が本当に好き合っているのなら馬に蹴られるような真似は避けたいのだけれど……」
この場にいるのは、カマラとセリーナ。
後はミュールズさん。
プリエラはいない。当事者とはいえ、まだ十歳の女の子に恋愛感情を問うのも気の毒だから。
ヒンメルヴェルエクトの魔術師見習い。ヤールクルフト君は今日の会談で『神の子ども』地球移民の一人であることが判明した。彼は今から三年前になる最初の七国訪問の時、ヒンメルヴェルエクトからの留学生としてアルケディウスにやってきた子だ。
確か、当時十歳くらいだった筈。今は十二~三歳? 金髪、蒼い瞳。
身長高めのジュニアハイという印象。
アルよりも背が高い。
見た所160cmくらいかな。成長期を感じさせる。
「僕と、もう一人が最新に近い覚醒者です。どちらも地球の記憶は本当にうっすらとしか残っていません」
「もう一人はどちらに?」
「プラーミァです。連絡を取り合っているわけでは無いのですが、才能を見出され安定した生活を送っていると聞いています」
「プラーミァ……」
もしかしたら、ヴァル君か、彼の親友であるハイファ君かな、とこの時思ったけれど、その追及は後でいい。確認しなければならないことが他にたくさんあるし。
「アリアン公子はこの事をご存じでしたか?」
「ヤールクフトを最初にアルケディウスに送った時には知りませんでした。マルガレーテ達の真実を知り、その後告白された次第」
「神殿の孤児院の出、ということですからマルガレーテ様達は御存じでしたね?」
「はい。マリカ様の側近と好を繋ぎ、あわよくば情報を、と思っていたようです」
まあ、その辺は彼女達の立場だったら仕方のない話だ。ヒンメルヴェルエクトからのスパイの可能性が高い事は解っていて受け入れた訳だし。
「大いなる父のお言葉により、僕達は『神の子』としての使命から解かれ、自由に生きるようにと言われました。
また『聖なる乙女』のお力になり、この星を支えよ、と。
どうか、この身と力を姫君の為に使う事を、プリエラ嬢との交際と共にお許しいただければ幸いです」
彼は、そう言った後、微笑んでいた。
明らかに視線をプリエラに向けて。
ヒンメルヴェルエクトはかなり長い間、アルケディウスが私を独占することを妬み、私をなんとかGETしようと。でなければ好を作ろうとあの手この手を尽くして働きかけていいた。
その一つが私の随員と、ヒンメルヴェルエクトの婚姻で、神殿に私が移動してからもプロポーズ攻勢が続いていたらしい。
らしい、というのは、私はこの件に対してほぼノータッチだったから。
ヒンメルヴェルエクトからの求婚は、基本断るように。でも相手に魅力を感じて受けたいと思うのなら、私に報告、許可を取った上で考えてもいい、としてあった。
下働きの人達には関係を持った人もいたらしいけれど、基本的に上級随員に分類される私の侍女や護衛騎士、文官などには結婚すると言ってきた人はいなかった。
半分以上は既婚者で、残りは子どもや子ども上がりだからね。
ただ、その中でプリエラは、ヤールクスフト君を憎からず思っているようだとは聞いていた。帰国してからも彼が留学生としてやってきて身近にいたことも大きいだろう。
「マリカ様が大神殿に入られて、家族と離れることが多くなって。
寂しい思いをしている所に彼も付け込んだようですね」
「付け込んだって……」
「悪い子ではないと思いますよ 多少打算を感じますが」
カマラの言葉は悪いけれど、寂しい時に親切に接してくれて、時にはプレゼントをしてくれたり、遊んでくれた同年代の男の子。
私との好を繋ぎたいという下心があることを差し引いても、嬉しかったことは解る。
その後、彼は一年間の留学期間を終えて帰国したけれど、一年に一度のヒンメルヴェルエクト訪問の時は合間を見て会っていたようだし、手紙のやりとりもしていたとのこと。
「基本的には二人の問題ですし、まだどちらも幼いですから、様子を見るで、いいのではないでしょうか」
「そうするしかないかな? ただ、彼女を私の護衛として預かる時、ウルクス
『どうか! くれぐれも! プリエラに変な虫がつかないようにお願いいたします!』
って言ってたからね~」
「義理とはいえ、父親ですから、娘の交際相手が気になるのは仕方ないでしょう。ウルクスがあの娘の結婚相手を見つけて来た、というのなら話は別ですが、そうでないのなら静観するのがよろしいかと」
これは貴族であるミュールズさんからの提案。
貴族は親が結婚相手を決める政略結婚がデフォルトだし。
私は頷いてカマラに視線と願いを送る。
「カマラ。プリエラのことは引き続き気にかけてあげて。
さっきも言った通り、まだ身体も幼いから、心身に傷がつかないように」
「かしこまりました」
ラールさんが言っていたように子どもを作ってはならないという制限が『神の子ども達』にあるのなら、若さや欲望に任せて襲うようなことはしないだろう。
彼が派遣されるのは大神殿ではなく、魔王城だし。
万が一、プリエラの成長を待たずに手を出すようなら処するけど。
「あ……。それから、マリカ様」
「なあに?」
「これを機に失礼とは思いますが、お伺いしたいことがあるのです」
話の区切りを狙ったのだろう。
カマラが躊躇いながら私の顔を伺い見る。
これは、真面目な話か。
私は少し緩んでいた気を引き締めて背筋を伸ばした。
「ごめんなさい。真剣に聞きます。なんですか?」
「マリカ様の御成婚の後、私は、マリカ様と共に大神殿に仕えることになるのでしょうか?」
「あ……」
ちゃんと話していなかった。
私は、あんまりカマラが側にいてくれることが当たり前になっていて、それに甘えていたことに気付いた。
失礼な話だよね。
セリーナはヴァルさんとの結婚が決まり、結婚式後大神殿への単身赴任が決まっている。
ちなみに結婚の際の実家は、大聖都で私とリオンが作る新王家。
当面は遠距離結婚になるかな。
アルケディウスに戻る度に、王都で一緒に過ごし、セリーナが妊娠するようなことがあれば、休職して子育てに専念し、子どもが大きくなったら保育所なども使って職場復帰を考えるという約束だ。
ミリアソリスに関しては旦那さんがアルケディウスにいるので、基本むこうで生活し、文官としての仕事が必要な時には大神殿に来る在宅勤務型。
ミュールズさんも単身赴任。セリーナに徐々に筆頭女官としての仕事を譲っていき、魔王城に新開拓地ができて、皇王妃様が皇王陛下と一緒に移住されたら、その手伝いに入る予定になっている。完全に任を降りてもセリーナが妊娠、出産したらサポートしてくれるそうだ。
「私の希望を言っていいのなら、カマラには大聖都に来て、これからも私の護衛をして欲しいと思っています」
私が皇女としての仕事をするようになって、最初に仕えてくれた大事な友人で、剣を捧げてくれた私の騎士。
彼女がいないと私は正直、どこにでも出歩くことができない。
護衛騎士はリオンはいるけれど婚約者であり、今後は夫であっても、この世には男性が入れない場所が確かにある。
騎士の資格を持ち、圧倒的実力で敵を蹴散らせるお母様と違って、私には護衛がどうしても必要なのだ。
「今まで通り、大聖都に部屋を用意しますし、望むなら城下にリオン達のように一軒家を買って与えることもできます。
アルケディウス籍から無理に外れる必要はありませんが、大神殿にセリーナと同じように籍を用意もできます。
もし、今後、カマラが誰かと結婚したいと思ったら、私が責任をもって後見し、私の家からお嫁に出します。持参金や結婚式の準備などについても心配はいりません」
カマラの忠誠と仕事ぶりに対してお給料は払っているけれど、完全に報いているとは思っていない。だから、その時には全力でサポートするつもりだ。
「カマラが私の護衛任務から降りて、何かやりたいことがあるのなら、それも仕方ないと思いますが、不満がないのならこのまま私に仕えて貰うことはできませんか?」
「仕事に不満があるわけでは決してありません」
正直、私はカマラがはい、と即答し大神殿に着いてきてくれると言ってくれるのを期待していたのだと思う。カマラとは心が通じ合っている。この仕事を嫌ってはいないと信じていたから。
でも、返答は思っていたものとは違った。
「ただ、少し、考えさせて下さい」
彼女はそう言って、瞳を濁らせ私から逃げるように反らしたのだ。
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