私の護衛士カマラと精霊国騎士団長 クラージュさんの戦いが始まった。
どちらも戦闘用の武器を使った真剣勝負。
でも……。
「クラージュさん、手加減しないって言ったけど……」
「ああ、手加減してるな。間違いなく」
一緒に戦いを見ていたリオンはそう断言した。
素人目にもその差ははっきりと解るくらい歴然で。
「うっ!」
時々、鈍いカマラの呻き声が聞こえる。その度に
「5……6」
と理由の解らない数字がカウントされて行くのが聞こえた。
クラージュさんの戦いは、お父様のような力技の剣ではなく、リオンのような身体能力を生かした彼にしか使えない剣でもなく。
人間が長い間研鑽し、積み重ねて来た、剣を効率的に動かし、敵を無力化するにはどう動かしたらいいのかを絵に描いたような、合理的で美しい『剣術』だった。目にも止まらない速さは無い。しっかりと確実に、地面に足を付けた。私にも解るし見える人間が身に着ける最高峰の剣の技。
そういえばクラージュさんは私と同じ異世界からの転生者で、向こうの世界では男性保育士、海人先生だったんだけど、休憩の雑談で聞いた事が在る。
「僕、学生時代から剣道やってて、国体に行ったことがあるんですよ。
五段なんです」
その時は聞流してしまったけれど、剣道五段。しかも二十代前半で、というのは滅多にいない、剣道を教えて食べていけるかもってレベルらしい。保育士になると言った時、周囲からは相当に勿体ないと言われて、今も休みの日に道場に稽古にいくとか。それが唯一のストレス解消だとか言っていたっけ。
そう思って見返すと、クラージュさんの戦い方には相手を傷つける為では無い剣道的な動きも見える気がする。
「あ!」
剣が空を舞って、地面に突き刺さった。言うまでも無くカマラのものだ。
小手を巻き込み払うクラージュさんの剣圧にカマラの握力が負けたのだと思う。
武器を失ったカマラが、クラージュさんの前に膝をつく。
カマラは疲れ切って呼吸するのもやっと、と言った感じだけど、クラージュさんは息一つ乱していない。
「……参りました」
「十二回。どういう意味だか解りますか」
膝をつくカマラを見下ろしながらクラージュさんは静かに告げる。
「……はい。私がもし生身であったら戦闘不能に陥っていたと思われる攻撃が当たった回数です」
唇をかみしめるようにカマラは口にする。
ああ、あのカウントにはそういう意味があったのか。
「結構。解っているようですね。貴女の資質は悪くない。目もいいし訓練も怠っていないのでこのまま精進し続ければひとかどの戦士にはなれると思います」
先生とリオンに呼ばれるだけあって、そして向こうの世界での教師経験もあって、教え方のコツが解っている人だな、と素直に思う。
先に褒める。認める。いきなり悪い所を指摘するよりは聞き入れて貰いやすい手法だ。
「ですが、貴女にはまだ、自分の肉体を敵から守り切るだけの実力が足りない。
私は不老不死を肯定するつもりはありませんが、貴女は不老不死であることにたすけられている。今はまだ、未熟な力を不老不死で補っている形です。
もし、不老不死が無かったら、痛みや怪我でさっきの私の戦いも、途中でリタイアしていた事でしょう」
「はい」
そして、責めるのではなく間違っていると思う所を静かに伝える。感情論ではなく、事実を丁寧に知らせていくのが大事。
「私は、貴女が本気でマリカ様に忠誠を誓い、側でお仕えしようという気持ちは理解しますし尊いものだと評価しています。
ですが、今、不老不死を外したいと望むのは、自分の最強の盾を自ら投げ捨ててしまうのと同じ。得策であるとは思いません」
「……」
「明日からの騎士試験、不老不死を外して切れば血が出る、酷ければ骨が折れ、首が落ちるかもしれない真剣勝負。
私のように手加減などしてくれません。騎士を、より高い地位を目指して血眼になる戦士達を相手に戦い勝てる自信はありますか?」
「…………」
「『神』が与えた不老不死。『精霊』や『星』の力を使うには確かに邪魔。
いずれ解除することにはなるでしょう。ですが、それまでは敵の力を利用しても生き残るという強かさが必要です。
少なくとも、貴女が今回の騎士試験を勝ち残りたいと思うのなら、今はまだ、不老不死を外す時ではないと思います」
「……………………はい」
カマラの瞳に、じわりと雫が滲んでいる。
項垂れたまま、たった一言、返った言葉は、きっとカマラにとっては解ってはいたけれど口にはしたくない、認めたくない言葉であり、思いであったのだろう。
「カマラは、騎士試験の合格では無い、その先を見据えて不老不死の解除を望んでくれたのですよね。『星』に帰依し、『神』と戦う覚悟を示して私達と本当の意味で同じ位置に立ちたいと望んでくれたのだと、解ってるつもりです」
「マリカ様……」
私はそんなカマラの剣を拾い、彼女の前に膝をついた。
淡いアメジストの瞳が、私を写している。
「でも、私にとってカマラは命を預ける心から信頼する護衛であり、仲間です。
不老不死であろうとなかろうと、それは変わりません」
カマラの剣に手を当て、彼女の手を握り私は
「リカチャン」
小さく呟いた。
『起動。主の要請を確認。何か御用ですか? マリカ様』
「水の精霊への命令権、その第二の譲渡をこの剣と剣の主に」
『了解しました。『精霊の貴人』の要請を受諾。
水の『精霊』への交感経路を確立、命令言語を追加、拡張します』
「あ……っ」
私の指輪についている蒼玉が煌めき、雫が弾けるような光を放った。
その光はくるくると渦を巻くとカマラに半分、残りの半分はカマラの剣に吸い込まれていく。
光を受け入れるように目を閉じたカマラの中で、何がどうなっているかは解らない。
でも、静かに何かを噛みしめるようにゆっくりと、瞼を開けたカマラの瞳には、確かにさっきまでとは違う何かが宿っているように思えた。
「マリカ様……」
「気分は、どうですか? 苦しかったりしませんか?」
「いいえ。むしろとても清々しい気分です。今まで見えていなかったものが見えるような。
目の前を覆っていた幕が開いたような……」
「これは、とても興味深い現象ですね。不老不死を齎す『神の欠片』が入った肉体に新しく『精霊』の力を入れ、経路を開く。
そうすることで、『神の欠片』が吸い取る気力以上の力が身体の中に満ち、今まで使用できなかった『精霊』の力が使えるようになる?」
「そう、ですか? そこまで考えていた訳では無いんです。ただ、私はいつも私の側にいてくれて守ってくれるカマラに、お礼がしたかっただけ。
何か力になってあげられるのなら、そうしたかっただけです」
水の『精霊神』様が下さった三回限りのパワーアップチャンス。
リオンにとも思ったけど、必要ないと言われてしまったので、だったら、カマラにあげようとは前から思っていたのだ。
「精霊国の時代、精霊に愛された剣士の中には自らの剣に術を乗せて放つ魔術師と剣士の中間の能力を持つ者もいました。どちらかに特化した者に比べればどっちつかず、と言えなくも無いですが、両方使える便利な存在として重宝されていましたよ」
「で、でもそういうことができる、とは聞いていましたが実際に戦いながら使うとなると難しくて……。今まで、殆ど成功していなかったのですが……」
「難しい技術ですからね、一長一短で極められることではありません。ですが、マリカ様がお力を授けて下さったおかげで、前よりも成功率は上がっていると思いますよ」
『そうです。元気を出して下さい。主』
「「え?」」
その時、私でも、クラージュさんでも、リオンでもない。
第四の声がカマラを励ました。
周囲には他に人は無し。
つまり、
「今、喋ったのは……リカチャン?」
『否定。そっちの剣です』
「やっぱり? 貴方なの?」
カマラが自らの剣に語りかけると、柄の精霊石がチカチカと頷く様に煌めいた。
そして
『はい。僕は、貴女の剣です』
告げたのだ。静かで優しい、少年の声で。
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