両親の馴れ初めとか、自分が生まれる前の話を聞くのは両親と仲が良ければ楽しい事だと思う。
今は、というか、北村真理香の記憶の最後の頃は、父の日、母の日のプレゼント作りなどもしなくなっていた。片親の子どもへの配慮って。
でも名前のルーツや、生まれる前、子どもの頃のことを調べる課題などはあって、両親から話を聞いたりしたことを覚えている。
「私は、インドの藩王の一族の後継者だった。当時はもう直接的な意味は失っていたが、それでも経済的には恵まれていてな、良い教育も与えて貰ったし、様々な面で欲しいモノは手に入れられていた。まあ、それも襲撃までのことで、故郷、家族、友、国。
全てを失った後は人間社会における地位など、意味も無いと気付かされたが」
「偉くて、お金もあって、お若くていらっしゃったんなら、女性なんて選り取り見取りだったのでは?」
「……否定はしないし、婚約を約定した女もいた。だが、襲撃で全てを失い、絶望した私を支えてくれた真理香が、今となってはシュリアの唯一無二の女だ」
「しっかりとした、年上女性がお父さんの好みですか? 王太后様がよろしくとおっしゃっていましたけど」
「真理香は私と同じ歳だったぞ。王太后だって、若い時代はあった。妙な冤罪をかけるな!」
「同い歳だったんですか。意外。真理香先生の方が年上だと思ってました」
「彼女は、本当の意味での大人、だったからな」
お父さんとの会話の中、真理香先生とシュリアさんの出会いや恋話などを聞く。
これは、ステラ様の夢の中でも見れなかった、知れなかった事だ。
「知っての通り能力者は歳若い連中が多かった。そのリーダーを任せられて、個性の強すぎるやつらが最初は鬱陶しく、また 絶望的な環境の変化で少し自棄にもなったものだ。
だが最後まで、一度も泣き言を言わなかった真理香と自分を比べると子どものようだと顧みて、その後はできるだけ、年長者として振舞ったつもりだ」
「確かに、能力者達の主柱って感じでした。今も、ですよね」
「精神的な柱は今も昔も真理香だが、そうありたいとは思っている」
「見てれば解りますよ。そうだって」
「なら良い。皆、私を敬いなどはしないがな……」
「頼られるお兄さんか、父親ポジですよね」
二人の出会いから互いに認め合い、意識し合うまでの話を聞くのは面白かった。
私には北村真理香の記憶はあるけれど、分岐したコスモプランダー襲撃の未来で二人が互いに出会い、意識し合うまでの日々は完全に別人のもの。
両親の馴れ初めを聞くようで、胸がときめいた。
「最初で最期の夜は、こんな姿になっても忘れられん……。
例え、狙い、仕組まれたものであってもお前を授かるという奇跡を得たのだからな。
お前の名をつけたのは、リオンだったか?」
「はい。お父様とお母様はレヴェンダ、ラヴェンダーの花から由来する名前を付けようと思って下さっていたみたいですけれど」
流産させられた時は、男か女かも分からなかった。お母様は女だったら大好きだった花の名前を付けたいと言っていた、とは以前お父様から聞いた。
だから、ちゃんと生まれていたら。もしくはステラ様が私を託した時に横やりが入らずお二人に拾われていたら。私は別の名前になっていた可能性がある。
妹であるレヴィーナちゃんの名が私のものだったかも。
うーん、似合わない。
「リオンは自分の養い親である女王に由来する名前を付け、ステラはおそらく真理香からクローンの女王達の名を取ったのだろう。
まあ、解らんでもない。私も娘に名前を付けろ、と言われたら、やはり真理香の名前を継がせた可能性が高い。
気高い女王の名を持つ彼女は、ピンチになればなるほどその真価を発揮する強い女性であった」
「マリク、マリカってアラビア語でしたっけ、王と女王って」
「そうだ。真理香にその名が付けられたのは偶然、というか別の意味があろうがな」
私はマリカ=女王。対でマリク=王って勘違いしてたけど。
多分、真理香先生の名前が先に在って『神』レルギディオスが、我が子に名づける時、先生の名前に因んだのだろう。
「私は、この名前気に入ってます。
自分が北村真理香の転生だって思っていたこともありますけどリオンがくれた、大切な名前ですから」
「そうだな。その名にふさわしい娘に育っている。お前の事をマリカ、以外には呼べないだろう」
「ありがとうございます」
リオンが、魔王城に連れてこられた私に『マリカ』の名前をくれて、名前を呼ばれたことで、過去の記憶が目覚めた。
陳腐な言葉になってしまうけれど、それも運命とか奇跡と呼ばれる類のこと。私自身、他の名前で呼ばれるのはあり得ないし、これでいい。
「あ、そうだ。シルクの布、ありがとうございます。ちゃんと受け取って、今、ウェディングドレスに仕立てて貰っています」
「そうか。娘に飾り物の一つ、服の一枚も贈れないのはあまりに情けなさすぎるからな
「信じられないくらい、綺麗な布だって、みんな感心してました」
「我々には、襲撃以降、今も昔も自分のもの、など無いからな。アレだけは無理を言って所有させてもらった。役立てて貰えるなら何よりだ」
「地球からもってきたものって、他にないんです?」
「あの布以外は全て、この星を作る時のリソースとして使い切った。データは残っているので今は、この星でステラの作ったナノマシンウイルスを加工すればコピーできるがな」
なんだか、切ない。
アースガイアの頂点に立つ『精霊神』が実は、路地の貧民よりもモノをもっていないなんて。
「……欲しいものがあるのなら、持って来ますよ?
王家の方達も捧げものを惜しんだりしないでしょうし?」
「前も言ったが、その思いだけで十分だ。
我らには食事を味わう舌もないし、装飾品や服を身に着ける身体もない。
その分、子ども達が生活を充実させれば、それで良い」
ホントに欲が無い。
神様ってそういうものなのかもしれないけれど。元は人間なのに。
「それから一応、お伺いしたかったんです。お父さん。
私とリオンの結婚、反対だったりはしないですよね」
お父さんが反対しても結婚を取りやめるつもりは無いけれど、心配ではあった。
反対されるなら説得しないといけないと思ったのだけれども。
「心配するな。アレは私にとって、兄弟の子。言ってみれば甥のような存在。
ずっと気にかけていたし、気に入ってもいる。反対などする筈はない」
アーレリオス様、シュリアさんにとってはステラ様とレルギディオスは能力者のリーダーの座を譲っても立ててきた大事な仲間。その忘れ形見であるリオンも、マリクも認めているという。
そう言って貰えて、とりあえず。ホッと安堵する。
でも、そうなると、気になることが一つ。
「じゃあ、なんで、なかなか出てきて下さらなかったんです?
夢で呼んでもシカトされたし、ピュールも引っ込めてしまわれたでしょう?」
「七国のネットワークも完成したし、お前は大神殿に居を移した。
『神』の結界を破るのは端末だけの力では厄介だったし、アルケディウスの国での守りならラスがいる。魔王城もステラとエルフィリーネの加護がある。
『神』との決着もついたからな。ピュールの役目は終わりだと思ったのだ」
「……本当に、それだけですか?」
「それだけだ。
娘の結婚が寂しかったわけではない。
今更父親だ、などと名乗り辛かったのもあるが……」
あ、ちらっと本音が零れた。
でも、アーレリオス様がリオンの事、嫌っていないのは解っているし気に入ってるのも知ってる。舅として婿いびりなんてしない筈……。
「じゃあ、私とリオンの結婚をお許し下さますか?」
「……結婚式にはお前達が許してくれるなら、行くつもりだ。花嫁のエスコートはライオットに任せるが、お前の晴れ姿はぜひ見たい」
「良かった。お待ちしています。
リオンと、今後も仲良くして下さいね」
「努力する」
「あと、結婚祝いに一つだけ、我が儘を聞いて下さいませんか?」
「何だ? 私ができるものなら贈るが、あの布以外に私の所有物はない。時間をかければカレドナイトの冠と似たようなまでなら作ってやれるかな?」
「装飾品はもう十分です。お母様からプラーミァの額冠も預かってますし」
「じゃあ、何が欲しい?」
「ピュールです。また、端末を作って、私を助けてくれる気はありませんか?」
私のおねだりにお父さんが目を瞬かせたのが解った。
「言っている意味が解っているのか?
父親を、舅を側に侍らす、ということだぞ?」
「長旅の間、ずっと側にいて、身体の中にも入られて、着替えも寝所も見られたんですから今更、です。閨の中にまで入ってきたりはしませんよね?」
「当たり前だ!」
「なら、これからも側にいて、助けて欲しいです。そんなに甘えたり、頼ったりはしないつもりですけど、いて下さると、心強いから」
「本当にいいのだな? 私は間違いなく、過保護な親だ。
リオンには色々と辛いかもしれんぞ」
燃えるような瞳が、私に問いかける。
微かな、でも確かな喜びを宿して。
「リオンなら大丈夫ですよ。将来的に孫守りもして欲しいと思ってますし。
ご負担が大きいなら諦めますが……」
「いや、今は力も取り戻しているし、無害なピュールであればレルギディオスの結界が残っていてもなんとか入れられる。奴に結界を解かせれば、大聖都にもネットワークを作ることもできる」
「じゃあ、お願いします。
孫ができたら、リオンの次に祝福して欲しいですし」
お父様が拗ねるかな?
でも、精霊神様達にだって、きっとそんな人としての喜びがあってもいい筈だ。
「私が側にいると浮気もできんぞ。
リオン以外は、蹴り飛ばす」
「浮気なんかしませんよ。私はリオン一筋です。お父さんじゃあるまいし」
「だから!」
「……今まで、見て頂けなかった分、これから私が幸せになる姿を側で見て欲しいなって思います。結婚祝いだと思って諦めて頂けませんか?」
「随分安い祝儀だ。でも……ああ、お前がそうして良いならば。
私はお前達の側にいて、守りを与えるとしよう。
精霊神アーレリオスとしてではなく、一人の親として」
私の身体が溶けていくのを感じる。
クラウドから出されるのだろう。
最後に、私は駆け寄り、お父様の首に手を伸ばす。
「大好きです。お父さん」
唇でお父さんの頬に触れる。
その身体は、血も肉もないのだろうけれど、人間のそれと同じ優しい温かみを帯びていた。
お父さんの心、そのままのように。
気が付くと戻っていた精霊石の間。
でも一人で入った筈の冷たい部屋の足元に白いぬくもりがある。
真っすぐに私を見つめる紅い瞳。
「これからもよろしくお願いしますね。お父さん」
久しぶりのふわふわ感覚。
戻ってきたピュールを、私は思いを込めて、抱きしめた。
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