森の奥に現れたそれは、ちょっと見で見れば鳥や獣に見える。
クロトリや、狼、イノシシ、そんな感じだ。
でも近くで見れば、明らかに違うとはっきり解る。
黒い、靄のようなものを纏い、飢えた目で私達を見ているのだ。
狼はともかく、イノシシや鳥が口元を半開きにして、涎を垂らして睨んでいるとか在りえない。
奴らは私達を『餌』と認識している。
喰らう為に私達を狙っているのだ。
「カマラ! ミーティラ! マリカや非戦闘員を集めて守れ!
ヴァル! フェイは前に来て援護を」
「はい!」「解りました!」
「姫君、こちらへ」
「ウーシン! お前達も迎撃に加われ! こちらは大丈夫だ」
「承知!」
、
リオンの指示に従ってカマラとミーティラ様は大きな木の側に、私達を集め、前後を守るようにして剣を構えた。
私達、というのは私やシュンシ―さん、荷物運びや絵師さんなどの一般人達。
その中にはスーダイ様も混ざっている。
「どういう事だ? 魔性が、これ程までに明確に人を襲ってくるなど」
スーダイ様は一団の一人として守られながらも、護衛二人の隙間に立ち、私達を守るように立っていて下さる。自分の護衛騎士は迎撃に回して。
「解りません。
魔性というのは精霊を狙う者ですよね。人間を狙うのは副次的で…!」
その時、私はあることに気が付いた。
顔を上げて魔性達の動きを見る、とあることに気付く。
「フェイ! ちょっとこっちに来て!」
「? どうしたんですか? こんな時に」
リオンの援護をしていたフェイが私の呼び声に駆け寄ってきてくれる。
こんなことをしている間では無い、と目が言っているけれど、大事な事なのだ。
「魔性は、リオンを狙ってるんじゃない?」
「え?」
膝を付いてくれたフェイの耳に急いで囁く。
周囲をよく見てみれば、他の騎士も魔性を倒しているけれど、圧倒的にリオンの所に集まっている者が多い気がする。
倒している数も比較にならない。
「魔性は、精霊を喰らう。
エルディランドは畑が多くて精霊が多いから、魔性が集まる。
でも、畑の魔性より強い精霊の力があったら、それを狙ってくるんじゃ…」
「リオン!」
フェイはリオンの所に走っていく。
側にはユン君もいる。
リオンなら、自分が狙われている、と解れば私達から離れて敵を引き付けるとかしてくれる筈だ。
と、思った瞬間。
キシャアーー!!
頭上から甲高い声が響く。と同時に
「マリカ!」
「え?」
私は、ドン! と強く木の方に押し飛ばされた。
「うっ!」
鈍い呻き声に私は我に返る。
「キャア! スーダイ様!!」
「大丈夫ですか? スーダイ様?」
「気にするな。少し、キズを付けられただけだ」
何が起きたか、私は一瞬解らず呆けてしまったのだけれども、よく見れば木々の隙間を縫ってやってきた飛行魔性が、私達の所にやってきたのだ。
クロトリ程度の大きさのそれは、カマラがすかさず切り捨ててくれたけれど…。
「あ…スーダイ様、私を庇って?」
「訳が分からんが、こっちに向かって一直線に飛んできたからな。くそっ。
私も剣を持って来ればよかった」
肩口から血を流すスーダイ様の傷口に、ハンカチを巻きながら私は唇を噛む。
どうして、と考える必要も無い。
そうだ、リオンが狙われるなら、私もってこともあるんだ。
「マリカ!」
「フェイ!」
「リオンに怒られました。そういうことなら、何より危険なのはマリカだと。
シュンシ―さん!」
「は、はい!!」
「これから僕の言う呪文を復唱して下さい。
…強く、誇り高き大地の精霊よ…」
「わ、解りました!!」
シュンシ―さんは必死に、リオンの呪文を真似て大地の精霊に呼びかける。
杖の意志が薄い緑に染まっていく。
「…我と、何時の子等に守りを与えよ。エル・スクゥートゥルム!」
「エル・スクゥートゥルム!」
シュンシ―さんが掲げた杖の光がまるでドームのように広がって、私達を包み込む。
「こ、これは?」
「大地の障壁です。これで魔性が近寄ってきても、少しは足止めになる筈。後は精霊に祈りを捧げてその障壁を維持していて下さい」
「はい。やってみます!」
後ろで息を荒げるスーダイ様に目をやると、シュンシ―さんは杖をグッと握りしめて前に立ち障壁の維持に集中する。
それを見て
「マリカ様?」
私も横で膝を付いた。
私に何ができるか解らないけど、祈りを捧げる。
私も一応、精霊の力があるというのなら、お願いすれば大地の精霊達が力を貸してくれるかもしれない。
少しでもシュンシ―さんの術がもつ様に。
魔性達が近づいて来ないように…。
「え? うそ!?」
そんな声と共にバチン!
とまるで電熱器にムシが飛び込んで弾けたような音がした。
私は目を閉じて祈りに集中してたから、気付かなかったのだけれど、私が祈り始めると同時、薄いシャボン玉のようだった障壁はキラキラと不思議な光を放ちながら厚みを増した、のだそうだ。
空から、迫ってきた魔性が何匹か、障壁にぶつかった途端蒸発した、と後でカマラが教えてくれた。
「え? うそ!?」と言ったのはシュンシ―さん。
自分が訳も解らず発動した術が、そんなに強いとは思わなかったのだろう。
その後騎士達が魔性をせん滅させるまでにそう時間はかからなかった。
「王子! 大丈夫ですか? お怪我は?」
周囲から魔性の気配が消え、最初に駆け戻ってきたのはスーダイ様の護衛騎士のウーシンさんだった。
スーダイ様は
「大丈夫だ。ちょっとしたかすり傷だ。もう傷も塞がった」
安心させる様に笑いかける。
不老不死だから、みるみるうちに傷が治っていくのはなんだかビデオの巻き戻しを見ているようでいつもながら不思議な気分。
次に戻ってきたのはユン君と部下の人達。
「姫君達はご無事ですか?」
「スーダイ様や護衛士が守って下さいましたし、シュンシ―さんの精霊術の壁を魔性は越えられませんでしたから、みんな無事です」
「それは良かった。とりえあず、この近辺に現れた魔性は全て片付けられたと思います。
ですが、また魔性が現れる可能性は否めません。調査も区切りがついたようなら早めに戻りましょう」
「解りました」
皆で大急ぎで片付けをして、帰路についた。
リオンを始めとするアルケディウス組は、森を抜けるまで、私の側に戻って来なかったのだけれど…。
「ご安心下さい。姫の護衛騎士と魔術師は先行して道の安全を確認してくれていますから」
ユン君はそう説明してくれた。
…多分にリオンは万が一、また魔性が現れた時、自分が側に居るとかえって危険だと考えて離れたのだと思う。
でも…。
うん。これは拙い。
さっきの魔性が、私やリオンを精霊、餌だと思ってやってきたのなら、私達が外に出ると魔性を引き寄せてしまう可能性があるのかも…。
この襲撃は、スーダイ様の怪我はきっと私達のせいだ。
私は私達を守るように前を行くスーダイ様の腕。
包帯代わりの白いスカーフを見ながら口の中に苦いものが広がるのを止める事が出来ずにいた。
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