二連休が終わって、仕事に戻ったとある日。
私はお母様から呼び出しを受けた。
「なんでしょうか? お母様」
「孤児院から相談したい事がある。とのことです。行っておあげなさい」
「はい。ありがとうございます」
ずっと気にはなっていたのだけれど、他の仕事の優先順位が高くて、アーヴェントルクから戻っても孤児院視察はなかなか順番が回らなかった。
それをお母様が察して下さったのだと私は素直に感謝、理解してお礼を言う。
リオンの予定を開けて貰って、他の予定を動かして、やっと視察に行けたのは一日開けた後の事。
カマラとリオンの護衛二人を付けて、孤児院に向かった私達は
「今日はお忙しい所、足をお運び下さいましてありがとうございました」
膝を付き、出迎えてくれた保育士と、子ども達の出迎えを受ける。
子ども達にまで膝を付けさせる必要はないと思うのだけれど、その辺はまあ、中世異世界のケジメだろう。
仕方ない。
「相談したい事、とは何ですか?」
「それは別室にて。では、どうぞこちらへ……」
「私達は失礼します。
皆は、お部屋に戻りましょう。
今日はお勉強が終わったら外に行って遊びましょうかね?」
孤児院長のリタさんが私達を応接室に案内し、保育現場主任のカリテさんが子ども達を生活へと促す。
うーん、子ども達の数も増えたものだと思う。
十人以上の子ども達がぞろぞろとついて行く様子は正しく、学校や保育園、といった風情だ。
まだ向こうでいうと就学後の子どもが多くて、年齢的には学童保育だけれど。
全員、特に嫌がったり反抗したりする様子も無く素直に着いていく、ように見えた。
「あれ?」
本当の意味で従順そうな小さな子達と比べて、私達の方を振り返り、何か言いたげだった子ども達もいたのだけれど
「マリカ様。どうなさいましたか?」
「……いえ、なんでもありません。行きましょう」
ちょっと皇女から声をかけてあげることはできなかったから……。
「随分と大所帯になってきましたね。大丈夫ですか?」
「数が増えてるな。子どもの数はアーヴェントルクに行く前と変わってないが、大人の数、増えてないか?
誰か雇ったのか?」
私よりもしっかりと見ていてくれたらしいリオンに、リタさんははい、と頷いてくれる。
「流石、リオン様。
はい。現時点で孤児院には通いのプリエラとクレイスを除いて、子どもが十四人、大人が調理場や掃除など通いの職員三人と、ホイクシがアタシを入れて四人。
そして、前のローラと同じように、男の元から逃げ込んで来た女が二人いるのです。
どちらも妊娠しています」
「まあ!」
「女二人については出産まで受け入れる事。孤児院で出産を助ける事。
出産後、子どもを孤児院に預けて男の元に戻るか、孤児院かゲシュマック商会で働くか選択するように告げています。
一応、第三皇子妃の御許可は得ていますが、勝手に決断したことをお許し下さい」
「いえ、問題ありません。むしろ女性達を守って下さって感謝いたします」
アーヴェントルクでの事件から出生率が上がるであろうとは言われているが、それにしても早いなと思い、考え直す。
元々、一定数、こういう人達はいたのだ。
救いの手が無く、闇に紛れていただけ。
そういう人達に救いの手が差し伸べられ、それを掴んでくれるようになっただけでも良かった。うん。
「それで、女達の出産なんですが、孤児院の中で産ませるのはどうかと思うんですよ。子どもも動揺するでしょうし。
かといって、孤児院の外に出すと男達が狙ってきたり面倒な事になりそうですし」
「まだそういう連中がいるのか?」
「いますね。ローラの男は諦めたようですが、他の連中が。
プリエラとクレイスの迎えに来るウルクスや門番が、中の様子を伺っているのを見かけたと言っています」
「これは、本当に対処を考えた方がいいですね……。
今後もこういう事例が増える事を考えると、敷地内に専用の産屋を作りましょうか?」
「よろしいのですか?」
「幸い庭は広いですし、孤児院の横に厩くらいの大きさの家を作って、そこで出産をした方が準備その他が楽かもしれません」
「作る時に入れる工人は身元を確かめて、だな」
「勿論」
聞けば今いる二人のうち、早い方は風月の終わりには生まれそうだということ。
ちょっと急いだ方がいい。
アレなら、練習と言っては失礼だけれど、ミュールズさんや王宮の侍女さんにも入って貰って生出産の現場を体験して貰うのも有りだ。
人手も増えて、アドラクィーレ様の出産前に経験も積める。
一石二鳥。
その後は、子どもを産んだ人に働いて貰ったり、人員を増やせばいい。
戻り次第、お父様とお母様に相談しよう。
「いや、アタシが言っておいてなんですが、そんな即断即決して頂いて大丈夫なんですか?
人を増やすとか、産屋とはいえ家を立てるとかけっこうお金かかるでしょう?」
「孤児院の為の予算はたっぷり分捕ってありますから、大丈夫ですよ。
前にも言いましたが、お金で解決できることなら解決しちゃっていいです。
人も、物もリタさんの裁量で必要と思うのでしたら、遠慮なく。
責任は私が取ります」
保育の現場の大変さは良く知っている。
仮にも自分が提案した事を、他の人に任せるのだから自分が率先して動く。
そしてお金や設備を用意して、後は現場を信じて任せる。
思いを伝えつつ、余計な口は出さない。
私はそうして欲しかった。
今、そうできる力と立場とお金がある。
ならばそうする。
それだけだ。
お母様も反対はしない。多分。
「ありがとうございます。マリカ様のご期待に副えるように全力を尽くします」
「『精霊神』の復活で今後、子どもの妊娠、出産率は高まるという話はあります。
最終的には出産施設を別に分けるにしても、当面は大変だと思いますのでこちらこそ宜しくお願いしますね」
母子出産施設については具体的な話を詰め、決まり次第着工、準備を進めると決めた。
後は、出産までの間、できるだけ私が来たり、資料を作って出産に携わる人の知識を高める感じかな。
ゲシュマック商会にも頼んで、適正、興味のある人を増員しよう。
と、そこまで纏まったところで母子施設の方の話は一区切り。
「後は、子ども達の方で何か困った事とかはありませんか?
急に人が増えて大変でしたでしょう?
アーヴェントルクに行く前に、子どもを預けてそのまま出てしまったので気になっていたのです」
私は孤児院と子ども達の方について聞いてみた。
「孤児院としての運営に関しては良くして頂いているので、問題はありません。
お金も物も滞りなく。人の方もなんとか。
ただ、子ども達の方に問題が少しずつ……」
「子どもの……問題?」
その時だ。
ガシャン! 何かが崩れるような、割れるような音がした。
それから、届いたのは
「痛い! 痛いよ! 止めて!!」
子どもの悲鳴。
「あ! マリカ様!」
私はとっさに立ち上がって駈けだした。
お嬢様猫は脱ぎ捨てて全力疾走。子ども達が遊んでいるであろう遊戯室&勉強室へ。
ノックとか前置き無しで扉を開ける。
そこで私が見たものは、手をを押さえて泣く子どもと、保育士 アイシャに抑えられながら興奮したように唸り声を上げる子ども。
シャンスの姿だった。
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