舞踏会の開幕が宣言され、皇帝陛下と皇妃様、そしてアンヌティーレ様が席に着くと、まずは参加者達のあいさつから始まるらしい。
皇子は
「僕の挨拶の後に、同じように皇帝陛下と皇妃様。それからアンヌティーレに挨拶に行くといいよ。
まあ、参考になるかどうかは解らないけれど」
と、おっしゃっていた。
意味は解らないけれど…
「? ありがとうございます」
とりあえず、やり方を見学させて頂こう。
皇子と皇子妃お二人、それから部下や護衛達が一緒に壇上に上がり、膝をついて拝謁する。
「エル・トゥルヴィゼクス
誉れ高きアーヴェントルク皇帝陛下にして、我が父君。
初夏のこの日、皇帝陛下の御威光輝く宴の開催、心よりお祝い申し上げます」
「エル・トゥルヴィゼクス。
我が息子よ。姫君の出迎え、大儀であった。だが…」
「え?」
ビシッ!
正直、私は目の前で起きたことが信じられず、目を見開いた。
だって皇帝陛下。
手に持っていた王杓で皇子を叩いたんだもの。
肩を座禅とかでやるみたいにバシッ!って。
な、なに?
なんで?
なんで舞踏会の大衆の面前で、皇子が父皇帝に叩かれなきゃならないの?
ちなみに隣の皇妃様もそれと止める様子はないし、アンヌティーレ様はくすくすと楽し気に笑ってる。
見ている人達も苦笑いしているけど、止める様子は見られない。
皇帝陛下がなさっていることだから、止められはしないのだろうけれど。
「理由は解っているな?」
静まり返った舞踏会会場でやたらと大きく皇帝陛下の声が響く。
「こちらにも、理由や事情があるのだ、と言ってもどうせ、お聞き届け下さりはしないのでしょう?
ええ。解っております。
申し訳ございませんでした」
どこか投げやりな皇子の言葉もはっきりと、私の耳には届いた。
笏で皇子の顎を上げ、睨みつけた皇帝陛下は暫くすると諦めたような目で大きく息を吐き出し顎をしゃくる。
軽い会釈をして皇子は壇から下がり、アンヌティーレ様の所へ。
同じように膝をついての礼をとって挨拶をし、他二言三言会話をして戻って来られた。
なんなんだ?
この親子に兄妹?
大衆の面前で親が息子をしかりつけるとか、妹に兄が跪くとか訳わかんない。
頭の中はごちゃごちゃだけど、皇子がこちらを見てくい、と首を動かして見せた。
つまりは挨拶に行けってことだよね。
私はまだ混乱する頭の中、背後に控える側近やリオン達と一緒に挨拶に向かう。
壇上に上がり、皇帝陛下の前に立って深く一礼する。
随員達は膝をつくけれど、私は膝をつかない。
「エル・トゥルヴィゼクス
誉れ高きアーヴェントルク皇帝陛下。この度はお招き下さいましてありがとうございます」
「うむ、アルケディウスからの長旅、ご苦労であった。
愚息が迷惑をかけたようで申し訳なかった」
「迷惑など、とんでもありません。
最初は少々驚きましたが、道中の護衛や滞在について、細やかな配慮を頂きとても感謝しております」
「ほほう…。そうか」
少し目を見開いた皇帝陛下は皇子の方を見やるけど、皇子は既にこちらの方を見る事さえも無く、ワイングラス片手に歓談中。
本当に、微妙なんだな。この親子の関係。
「アーヴェントルクは今後もアルケディウスと良き関係を築いていきたいと考えている。
もし気に入ったというのであれば、マリカ姫よ。
アレと寄り添うつもりはないか?」
各国ともなんですぐにそう言う話になるんだろ?
有益でと判断され、求められているのはありがたいけど、私はまだ十一歳だよ。
「私は、アルケディウスの皇女でございますれば、国を離れる決断は一存ではできません。
若年でもございますし、何よりアーヴェントルクの皇子に嫁ぐのは荷が重すぎます」
「何だったらアレを婿に出しても構わんが?」
やんわりお断りしたつもりだったのだけれど
「御冗談を。大切な世継ぎの皇子で在らせられますでしょう?」
「なに、其方とアレの子をアーヴェントルクの後継者とすれば良いだけのことだ」
「え?」
何を言われたかがよく解らない。
唖然とした私の心情や、随員達の様子を気にも留めずに皇王陛下は楽し気な目で続ける。
「アレは我が期待に応える才を持たずに生まれた出来損ないだがアーヴァントルクの血を一番強く引く者でもある。
其方の二国の精霊の血と合わせれば、類まれなる英傑が生まれるだろう」
「そ、そんな…」
ちょっと待て。
あの皇子は確かに独特な考えと行動をする方だけど、頭が悪い訳じゃない。むしろリオンが認める有能な指揮官だ。
それを、できそこない?
あげくの果てに子どもを作る道具扱い?
皇子だけじゃなくって奥様とか、勿論私の意思も関係なし?
子の結婚は親が決める、にしても酷すぎる。
「悪い話ではあるまい? 其方はアルケディウスで幸せに暮らし、子は偉大なるアーヴェントルク皇族の一員となるのだ」
どこか、悪い話じゃないんだ!
と本当は怒鳴りたくなるのを、必死にこらえたのはここが舞踏会会場で、皆の目視を私達は一身に集めていたからだ。
私の軽はずみな行動は随員達をも危険にさらす。
大きく深呼吸して、私はニッコリと思いっきりの作り笑顔で応える。
「皇帝陛下は本当に御冗談がお上手ですね」
その後は、続きの言葉を待たず、もう一度強引に一礼した。
「では、二週間の滞在期間、精一杯努めますのでどうぞよろしくお願いいたします」
そのまま、振り向かず壇上を降りる。
皇妃様にも殆ど挨拶せず降りてきてしまったのは失礼したかな、と思ったけれどもう、本当にこれ以上あの方と同じ場にいたくなかったのだ。
そのまま、壇の左横の皇子の所にご挨拶に行くと、私達の方を向いて応えて下さる。
「どうだい?
参考にならなかっただろう?」
「いえ、アーヴェントルクがどういう国か解って色々と勉強になりました」
「そうか。それは良かった」
多分、談笑してたように見えたのはポーズだったんだろうな、って思うけど。
なんとなく、解ってきたかもしれない。
揺れ動くアーヴェントルク皇子ヴェートリッヒの印象の理由と正体が。
「二週間、宜しくお願いします」
「こちらこそ。後でお邪魔してもいいかな?
君が持ち込んだお菓子類を、もう一度食べたいんだ。
女達にも食べさせてやりたいし」
「喜んで。お待ちしております」
皇子に挨拶した後、最後にアンヌティーレ様の元へ。
「エル・トゥルヴィゼクス。
アンヌティーレ様 今回はどうぞ宜しくお願いいたします」
「エル・トゥルヴィゼクス。
ようこそ。マリカ様。
同じ『聖なる乙女』として心から、来訪を歓迎いたしますわ」
背後に神官服の青年数名。
他にも使用人や守護騎士を大勢、皇子よりも侍らせた皇女様は玉座にも似た美しい椅子に座ったまま、ニッコリと私に手を伸ばした。
「マリカ様は社交や、礼儀作法にまだ不慣れなご様子。
何か解らない事があったら姉と思って、遠慮なくお聞きくださいな」
「お心遣い感謝いたします。何分にも卑しき生まれですので至らない点も多いかと存じます。
どうかよろしく御指導下さいませ」
周囲の空気がざわっと揺れた。
まさか、自分から私が卑しき生まれ、なんて言うとは思わなかったんだろう。
でも、別に隠す事じゃないからね。
はっきり言っておいた方が、弱みにならない。
「まあ…。では…最初に教えて差し上げますわ。
身分の差、というものは貴族社会では何より重要視されるものです。
ちゃんと弁えておかれた方がよろしいと思いますわ。
順位や挨拶の仕方なども事前に調べておくのが礼儀ですわよ」
座ったまま、ニッコリと含んだ笑みで私に手をさしのべる。
うーん。
多分、皇帝陛下に膝をつかなかったこと。兄皇子様に先に挨拶に行った事。
後は、アンヌティーレ様に膝をつかなかったことを暗に非難されているのだと思う。
「御忠告、ありがとうございます。
でも、十分に承知しておりますので…」
…私は逆に背筋をまっすぐ伸ばして相手を見据える。
礼はとっても、膝はつけない。頭も下げない。
私は下ではないのだと、言いなりにはならないと。
言葉では無い言葉で、はっきりと主張する。
「共に研鑽して参りましょう。
この星と、世界に生きる人々の為に」
うわあっ~~!
周囲のざわめきがさらに音と熱を纏う。
あえて後ろや周りを見たりしないけれど、多分、今、周囲には光の精霊達が集まってくれている筈だ。
アンヌティーレ様の挨拶よりも五割増し多めで。
少し、大人しくしておくつもりだったけれど、気が変わった。
これは宣戦布告だ。
「宜しくお願いいたします。『聖なる乙女』アンヌティーレ様」
アーヴェントルクの毒親と、偽の『聖なる乙女』に。
私達からの、宣戦布告だから。
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