真空の宇宙に悲しくも響く呼び声。
「神矢!」
それを、残った人の心で痛く聞きながら各移民船のバイオコンピューター達はそれぞれに、状況把握と演算に向かい合う。
うーん、私がそういう目で見ているからだろうか?
船同士の会話なのだけれど、能力者の皆さんの顔が浮かんで見える。
「脱出は、成功したのか?」
「ブラックホールに落ちた様子はない。破壊、消失反応もな。九機の移民船はリンクしている。完全に壊れた、となれば少なからず伝わる筈だ。
反応は消失、ではなく、探査不能。どこか測定範囲外に飛ばされた、と見るべきだろう」
「ビーコンは……一応稼働しているけれど、とんでもなく遠いよ。これ!」
「宇宙空間での転移で、暴走したのか? 出口の設定がずれたのかもしれない。
どこにずれたかは解らないけれど……。とんでもない先か、前か……」
「でも……。ビーコンが稼働している、ということは、とにかく生きてはいるのですね?」
「ああ。安心しろ。ステラ。奴は子ども達と共に生きている」
「よかった……。私のせいで…神矢を……子ども達をうしなったら、どうしようかと……」
アーレリオス様の言葉に、ホッと胸を撫で下ろしたような様子のステラ。星子ちゃん。
自分を庇ってブラックホールに落ちかけた、いや、そうでなくても大事なパートナーである神矢君のことは心配だったに違いない。
「あいつは、あきらめが悪い。生きて、方向が解ればいずれ追ってくるだろう。
相当なリソースも渡したしな。
だから、むしろ当面切羽詰まっているのはこちらだ」
ブラックホールから距離をとり、安全圏、別の星系まで高速移動して暫くの後。
アーレリオス様が、昏く呟く。
「切羽詰まっているって?」
旗艦を失ったばかりなので、当面は周囲を警戒する、ということで今は七人の能力者達。基、バイオコンピューターは全員起きているようだ。
中央のステラを守るように密集体型で航行を再開させている。
人であったのなら首を傾げたようなラス様の問いに応えるアーレリオス様の声音は相変わらず昏いまま。
「維持、増幅の力を持つレルギディオスを失ったのだ。言ってみれば冷凍装置の冷却機能が壊れたようなもの。そう遠くない将来、我々だけでは、子ども達の冷凍睡眠を維持できなくなるぞ」
「あー、確かに。余剰エネルギーも、ギリまで渡しちゃったしね」
「冷凍睡眠している子ども達から受け取れる気力も、航行に使うとそんなに余分は無い。
早く移住可能な星を見つけないと、詰む」
「でも、ここまで相当な距離を流れてきたのに居住可能惑星が見つからなかったからね。
次か、次で見つかる幸運なんてあるのかな……」
「この星系も、居住可能惑星0みたいだしね」
宇宙を巡って見て解った事だけれど、地球型の生命が生まれる可能性のある星というのは本当に少ないらしい。
水があり、適度な温度と湿度と、大気が必要。
重力が強すぎても弱すぎてもダメ。
彼らは、本当に慎重の上に慎重を期して、新しい移住地を探していた。
「こんなに探しても見つからねえなんてさ、コスモプランダーが食い荒らしていった、なんて可能性はないのかね?」
「そうかもしれないね。いけるか、って思った星も毒性が強かったりしてたし」
「例え、0に近い可能性であるとしても探すしかない。いざとなったら、我々の宇宙船を使ってコロニーを作るという方法もあるが、八十万人の子ども達が継続して生きていくことを考えればやはり、大地が欲しい。ある程度素地があれば、コスモプランダーのように、と言ったら言葉は悪いが、地球型に星を作り替えることも可能なのだが」
「でも、先に知的生命体とかが住んでたらダメだよね。いくら子ども達の為とは言え先住民を追い落とすようなことをしたら、僕らがコスモプランダーと同じになる」
「解っている。だが……」
「待って! みんな!!」
キュリッツォ様の声が、話に割り込んだ。
彼は、転移したレルギディオスを探す為、ついでにブラックホールのような脅威を見逃さない為に先頭に立ち、周囲に電波を流していた筈。
その過程で何かを発見したのかもしれない。
全員が、船を一時停止。
意識を、彼(の船)に集中する。
「この先に、惑星があるよ?」
「惑星? この星系には惑星が無いって反応だったけれど……」
「しかも、恒星から相当に遠いぞ」
「恒星の軌道にあるわけじゃない。航跡が不確定……。まるで宇宙船のように、惑星軌道を躱しながら漂っている。……浮遊惑星だ、きっと」
「浮遊惑星?」
「恒星の軌道から何らかの理由で外れた逸れ星、とNASAのデータにはあるな。でも、それがどうした?」
「オーシェ。詳細な観測頼む。なんだか液体反応があるんだ。恒星の影響を受けていないからほぼ真っ暗闇。でも、もしかしたら、大気と水があるのかもしれないよ?」
「何! 座標はどこだ?」
キュリッツオ様に変わって、オーシェアーン様の船が前に出て観測を開始する。
後にそれぞれの『精霊神』を名乗る能力者の方達は、それぞれが一番得意分野というか効率よくナノマシンウイルスを操れる方向性をもっている。
キュリッツオ様は光や、雷系、ジャハルヤハール様は空間や大気。オーシェアーン様は液体や流体、っていった感じで。
全員で星に近づき、衛星軌道上から様子を伺う。オーシェ様はドローンもどきのような機械を星に向けて落下させた。
これは、地球人類が残してくれた宇宙開発技術の置き土産。
無人探査機だ。
「ここ、恒星からかなり遠いよな。温度も海王星並だし。
いくらなんでも水があるって無理ゲーじゃねえ?」
「確かにな。あの暗さは恒星からの影響を受けられないからで、昼も夜もないからだろう。
生物の居住に適しているとは、とても……」
「でもさ、浮遊惑星にも例外的に大気や、地熱による影響で生命居住が可能な場合があるっていう研究結果があるよ」
「SFとかでも、浮遊惑星に生命体が存在するとか、浮遊惑星を宇宙船のように活用するなんて話があったような」
「ナハト、けっこうSF好きだったりするの?」
「まあ、引きこもっていた時代はよく読んだり、見たりしたから」
「SFと現実は違うぞ、と言いたいところだが、エイリアンの侵略による地球滅亡。
ナノマシンによるバイオコンピューター化に地球脱出、移民計画など、知らなければ、なんのアニメか冗談かとおもうところだしな」
久しぶりの人間らしい軽口。
ジャハール様の呟きに他の皆さんも概ね同意のようだけれど、やっぱり声に微かな希望が宿っているようだ。
「凄い……」
「え?」
やがて、出てきた分析結果。告げるオーシェ様の声は震えている。
「凄いって何が?」
「……し、信じられない。星の大半は氷に閉ざされているが、一部に水があり、それが大気に溶けだして星全体が空気に覆われている」
「空気?」
「ああ、大気圏があって、オゾン層に近いものがあって、さらに外気を守る磁気圏があって。
空気が逃げないようにバリアで覆っているような感じだ」
「! 大気圏にオゾン層? あんな、真っ昏な星なのに?」
「おそらく、星の中のマントル、マグマのようなものからガスが噴き出しているんだと思う。
放射性元素による崩壊熱を確認。
ようは地熱が高くて、一部で氷が溶けだし、液体が融合して地球型の大気を作り出しているって感じだ。
目ぼしい生命反応はない。
水と氷があるだけで、大陸や植物も今の所は観測できない。
でも……窒素 72% 酸素25%、アルゴン1% 二酸化炭素 1% 凄い、完璧だ……」
「完璧って何?」
「完璧な、人類……居住可能惑星だ!」
「「「「「「「ええええっ!」」」」」」
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