【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 皇女と勇者の舞踏会 前編

公開日時: 2023年2月25日(土) 08:58
文字数:3,471

 大聖都 礼大祭最終日。

 市長公邸の舞踏会。

 

 大祭の開催期間中、聞けば商人や参加貴族達は夜ごとこういう宴に参加して、情報交換や顔合わせなどを行っていたらしい。

 神官長は


『俗世の事は俗世の者に』


 と言っていたけれど『勇者の転生』エリクスは大神殿の王子ポジとして場に出てくるという。


「本当に……宜しいんですか?

 それは、大神殿や『勇者の転生』を敵に回す事では……」

「大神殿は最初から敵のようなものなのです。

 エリクス君を敵と断じたくはありませんが、あちらがそう出て来るなら、こちらもそういう対応を取るだけです」


 心配そうに顔を伺うクレスト君に私は言い放つ。

 子ども相手にあまり大人げない事はしたくないけれど、彼があくまでも『偽勇者』であることを望むなら私達がしてあげることはない。


「貴方はザーフトラク様から離れずに、見ていて下さい。

 そして、自分の目で確かめる事です。

 どちらの言っている事が正しくて、どちらが嘘をついているか。

 信じるべきはどちらなのかを」


 従卒のお仕着せを纏い立つ少年は私の言葉に神妙に頷いてくれる。

 自分が信じていたものと違っていても、他人の言葉に耳を傾けられるなら、彼にはまだ伸びしろがある。


「では、行きましょう。皆さん。

 リオン、エスコートをお願いします」

「かしこまりました」


 私はリオンに手を預け、歩き出す。


「アルケディウス皇女 マリカ様 ご入場!」


 高らかな呼び声と共に一瞬、針の音も聞こえるかのような静寂に包まれた会場へ、と。




 私達が入場する一瞬前まで、偽勇者エリクスは舞踏会の中心に立っていたという。

 ガルフの従者として舞踏会に先に入っていたアルは後で教えてくれた。


「エリクス様。魔性退治でお怪我を負われたそうですが大丈夫でいらっしゃいますか?」

「大したことはありません。日々鍛えていますからね」


 心配そうに集まって来る女性達などに彼はそう言って笑いかけていたらしい。


「一人で敵を片付けるのは骨が折れましたが、まあなんとか退ける事ができました」

「不老不死も得ていらっしゃらないのに魔性を倒せるなんて流石勇者の転生でいらっしゃいますわ」

「まだまだ未熟者ですが、早く成人して世界を守る『勇者』の役割を果たせるようになりたいものです。

 魔王の復活や、その配下である魔性の増加も人々を不安にさせていますからね」

「まあ、頼もしい!」

「騎士貴族でありながら、戦いの場に立つ事も出来ず倒れるような恥ずかしい真似はできませんから」


 己の武勇伝を輝かしく語る勇者を取り巻く貴婦人達。

 金髪に碧眼、白を基調とした豪奢な礼服は随分と目を引いたらしかった。

 一方で、男達は場の中心に立とうと背伸びする『子ども』に向ける目は以外に冷ややかであったという。


「本物を知っていると、明らかに見劣りがしますね」


 というのはガルフの談であったけれど、あの場に立っている殆どが自国で商いを展開させる商人達。

 人を見る目はそれなり以上にもっているだろうからね。


 だから、彼が場の主役でいられたのは私達の入場まで、だった。



 

「アルケディウス皇女 マリカ様 ご入場!」


 

 その瞬間場の視線は全て、本当に一人の例外も無く私に注がれた。

 私と、エスコートをするリオンに、だ。

 私は今回の祭礼でずっと来ていた神官の聖衣ではなく、水色のドレスを着ている。

 デコルテには白のレースがたっぷりと使われていて、裾に施された金の刺繍と共にお気に入りだ。

 式典を頑張るご褒美にお母様が、魔王城にあったドレスをもとに仕立ててくれた。

 このドレスは、昔、私が自分の能力で城のドレスを直した。

 異世界で最初に来たドレスなんで思い出があるんだよね。


 で、傍らに立つリオンは、黒を基調とした衣装を身に纏っている。

 ちょっとタキシード風の共通衣装。

 そんなに華やかな衣装や装飾過多ではないけれど、お父様が用意しただけあって上質な作りだ。黒い服というのは下手に着ると個性を埋没させてしまいがちだけれど、リオンの気品を引き立てている。

 

 入場して直ぐ、前奏曲が鳴り始めた。

 まずは、


「リオン、お願いします」

「かしこまりました」


 ファーストダンスだ。

 私の入場が舞踏会の本格的な始まりになるということなので、市長からは一度、ダンスを踊って欲しいと頼まれている。

 相当に式典の舞は噂になっているようだ。

 式典の舞は勿論舞えないので、男女の社交ダンスだけれども。周囲から受ける眼差しに期待の重さを感じる。


「本気で踊っていいからね」

「ああ。お互いに遠慮しないで楽しもう」


 華やかな器楽演奏と共にステップを踏む。

 一人での舞と違って、安心できる人と一緒に踊るダンスは完全に別ベクトルで気持ちがいい。誰かと手を繋いで、身を任せるのも久しぶりだ。

 潔斎の間は身体を洗ったり、服を着せたりする以外は誰にも触れて貰えなかったし。


 リオンがリードしてくれる。長い手の下でくるりと一回転。

 スカートがふわりと風をはらむ様子に、周囲の人達の歓声が上がる。

 キラキラと降り注ぐ光の欠片。

 今日はリミッター解除してあるから、私達の楽しげな様子に光の精霊達も集まってきているのだろう。

 実際、こんなに楽しい気分になったのは久しぶりだ。リオンもきっと同じ気持ちだろうと思えるのも嬉しい。


 踊り始めた時は、他に何組かいたような気がするけれど、曲が止まり終わった時には私達以外踊ってはいなかった。

 舞台の中央でお辞儀する私達に会場内を揺らす様な万雷の拍手が降り注いだ。

 私達を睨み見つめるエリクス以外の全員から。

  

 私達は会場の一角に用意してもらったエリアに皆で陣取らせて貰う。

 リオンが丁寧にエスコートしてくれたので同じく用意された座椅子に座る。

 今回の主賓扱いなので、あまり会場内をうろちょろするのは邪魔になる。

 本当ならこういう一般の人達の集まりに皇女が顔を出すことさえも稀だと聞いたから。

 アンヌティーレ様も出たり出なかったり。

 各国の商人や有力者と交流できる貴重な場だけれどそれは他の人達も同じだと思うから。

 座椅子に私が座っている間、やってくる各々の挨拶を受ける形にするのがベターだ。



 私が席について、本当に直ぐ。

 まず、最初に挨拶に来たのはアルケディウスの商人達。

 同郷だし、絶対最初に、という気迫が違ってた。


「エル・トゥルヴィゼクス

 アルケディウスの。輝かしき宵闇の星 『聖なる乙女』マリカ様。

 大礼祭のお勤めを無事終えられましたことをお慶び申し上げます」

「エル・トゥルヴィゼクス。

 ありがとうございます。皆の期待に応えられたのなら良いのですが」


 豪商達を代表して最初に口上を述べたのはギルド長アインカウフ。本当はガルフ達と話をしたかったけれど、こういう場では仕方ない。


「いえ、本当に素晴らしい儀式でございました。今まで長くアーヴェントルクの『聖なる乙女』の舞を見て参りましたが、今回のような感動と充実感を得たのは初めてでございます。

 正しく『神』と『星』と『精霊』に愛された聖なる乙女。

 感服いたしました」


 私は前のアンヌティーレ様の儀式を知らないから、どこがどう違うのか解らないのだけれど目が肥えたギルド長がそう言うのなら、大丈夫だろうか?


「素晴らしい経験をさせて頂きました。

 私共が作った衣装が『聖なる乙女』の身を飾り、化粧品や香り水も使用して頂けた。

 本当に誇らしい事でございます。次年度はもっと素晴らしい衣装をご用意させて頂きますわ」

 

 と力を籠った事を言うのはシュライフェ商会のラフィーニさん

 

「前にも言いましたけど、毎年誂えるつもりは無いですよ」

「いえ! 今年は私や針子が儀式を知らぬまま仕立てたので、見ていてマリカ様の舞を妨げていた引きつれなどがあるように感じました。どうしてもの時はお直しを!

 来年は必ず今年の評判が広がり、より多くの者が儀式に訪れます。その時、少しでもマリカ様の美しさを引き立てられるようにシュライフェ商会は全力を尽くしますから!」


 熱が籠ったセールストークはハッキリ言って怖いくらいだ。

 

「俺も来年はなんとかリードやラールを連れて来れないか考えています。

 この感動をなるべく多くの者と共有したいのです」


 ガルフの賛辞は素直に嬉しい。

 私自身は舞うのに精いっぱいで、どんな儀式だったか見ていた側から話を聞けるのは新鮮で嬉しかった。

 だから、多少の時間は全く気にしていなかったのだけれど

 

「いい加減、退くがよい。平民共。

 身分を弁えずいつまで尊き姫君を独占し続けるつもりだ!」


 背後から厳しい叱責の声が降る。

 王宮や神殿と違って今日は市長主催、一般市民の舞踏会。


 その中で数少ない上位者として、彼。

 大神殿の『勇者の転生』

 エリクスは腕を組み、私達を見下す様に視線を落していた。

 

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