【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 『神』の子

公開日時: 2024年5月30日(木) 08:40
文字数:3,701

 私には一応、いくつかの夢がある。


 子ども達が幸せに暮らせる、平和な世界を作ること。

『神』からこの星の循環を取り戻し、不老不死を解除すること。

 は、この世界に転生してから持った夢。

 そして、それとは別に、この世界に異世界転生した『北村真里香』の夢が二つある。


 一つは、お母様のようなステキな大人になること。

 向こうの世界では、仕事に明け暮れるくたびれた保育士だったんだよね。

 お母様のように、文武両道に秀で、人を思いやり、そして人を助け守ることができるステキな大人になりたい。


 そして、もう一つが愛する人と結ばれて、子どもを作ることだ。

 同じく向こうの世界の後悔だけれど、多分、私は結婚どころか恋人を作ることもなく人生を終えた。

 子どもを作らない選択肢は勿論アリだけれど。

 ノアールが言う所の『女の幸せ』を今も知らない私は、皆に祝福されて結婚して、愛する人に初めてを捧げて、子どもを産んで家族を作ることが夢だ。

 昔も、今も。

 お母様と、お父様。フォル君とレヴィーナちゃんの睦まじい姿を見る度にそう思っている。


 だから、マイアさんの『提案』にはちょっと凍り付いた。

 私が? 『神』の子を産む?


「マイア様。貴女はご自分でなにをおっしゃっているか、解っているのですか?」


 ミュールズさんが、私の前に立ちふさがるようにしてマイアさんを睨みつける。


「無論。解らずにこのようなことは言えません」


 でもマイアさんも真っ向から、向かい合うようにその視線を受けて立つ。


「『神』御自ら、マリカ様を娶って頂くのが一番だと考えております。

 マリカ様が大神官となられた新年の時のように『神』がマリカ様をお迎え下されば。

『神』の『聖なる乙女』としてきっと御寵愛を賜ることができると」


 確かに、最初の年の新年。

『神』の間で怪しい姿をした男性が私を連れて行こうとしたことがあった。

 彼は『神』だったと後で判明。

 その時は、サークレットを通じて火の精霊神アーレリオス様が助けてくれてなんか、口論があったようだ。さらに後で、精神を搔っ攫われて、あやうく植物人間になりかけたけれど、賭けに勝ったら精神を返してくれた。

 で、実の所、私が大神官に就任してからは、まったく『神』は顔を見せてくれない。

 今まで渡していたという力さえもくれない。

 拗ねてしまったのかのように。

 だから、祭事の儀式などは私が、自分の『精霊の力』を使ってやっている。


「『神』にも選ぶ権利があると思いますよ。求められてもいないのに生贄の乙女を捧げるから種を残せ、なんて向こうにもきっと迷惑です」

「マリカ様の美しさを見れば『神』もきっと求められるかと思いますが、それが不可能であるのなら、リオン様との子を成して頂ければと」 

「!」

「マイア女官長! 先ほど貴女は婚約者であっても触れるな。『神』に仕える聖女『乙女』は清純、かつ純潔であるべきと、宣うたのではありませんか?」

「それについては、先ほど天啓が、降りたと申し上げた通り。

 私は、リオン様の言葉に『神』の意思を感じたのです。

『勇者の転生』と『聖なる乙女』。

 お二人の間の子を『神』は後継者として望んでおられる、と」


 二年前の国王会議でプラーミァ国王に暴かれた秘密。

 リオンが『勇者アルフィリーガ』の転生であることは、もう公然の秘密の様な形で各国の上に方には知れ渡っている。

 本人もお父様も、直接釈明をしたわけでもなく、話題にせず否定も肯定もしていないので公式に発表されたことでは無いけれど。

 だから、大神官であり『聖なる乙女』の婚約者であることも許されている訳で。


「リオン様とであれば、婚約者同士でもありますし、マリカ様の御両親も、アルケディウスや各国も納得するでしょう。ご本人もそれを強く望んでおられるようですし、何より、最近のリオン様からは、強い『神気』を感じます」

「神気」

「私が、勝手に感じ、信じているだけですが、ここ暫くの急激な変容はおそらく、『神』の依り代に近い形になったが為。

 あの威厳、放たれる神の気配。視線を受けただけで痺れる様な感覚。

 リオン様は、今、『神』の意思を受けた代行者。

 その言葉は『神の言葉』であると認識しております。

 会談の場では気付けず失礼をしましたが、私達『神の僕』はその意思と命令に最優先で従うべきだと今後、働きかけていくつもりです」


 マイアさんには当然、今、リオンの中に『魔王マリク』が宿っていることは伝えていない。

『魔王』は『神』の配下で『魔王討伐』は『神』が仕組んだ茶番だという事も。

 でも、同じ『神』の僕同士、何か通じ合う者があるのかもしれない。

魔王マリク』の言葉を『神』の言葉と感じたのなら、『魔王』が私の身体と子どもを欲しがっている。その手助けをするべきだとも考えたのかも。


「求婚者も含めて、私達が求めておりますのは『聖なる乙女』マリカ様の御子。

 マリカ様の御子が代々、神事と大神官を務めれば、誰もその位置に逆らおうと思う事はありません。そしてマリカ様の御子であれば、その能力、才能を必ず受け継ぐことでしょう。

 神事や神殿運営も安泰。大神殿は各国王家のように、安定を得て長く栄える事と存じます」


 神殿と言う機構を守りたいだけなら、確かにそういう手もある。

 ついでに子どもができれば、私が大神殿と簡単に縁を切れないだろうという思惑も見て取れる。

 ただ、言っていることはあまりにもサイテーだけど。

 私ができるかぎり平静を保ち、何と言って断ろうか考えていた時。


「いい加減になさい!」


 私の代わりに感情を乗せた怒りの声が響き渡った。


「ミュールズさん」

「それは全て、神殿側の勝手な言い分でございましょう」


 うっわ。完璧に怒ってる。

 丁寧な口調の中に、はっきりとした棘が感じられるのだ。


「マリカ様や、その御子の人生をまるで道具のように。

 マリカ様は『神』あなた方のように心酔し、自らの意思で神殿に入られたわけではありません。神殿が『指導者がおらず崩壊する』そう乞われて御厚意から神殿長を引き受けられただけというのを忘れて貰っては困ります」

「マリカ様は『精霊』の寵愛を深く受けたいわば『神』の愛し子。

 星を守り、導く使命がお有りの筈です。

 星を支え、人を支える大神殿の機構が崩壊してもいいとおっしゃるのですか?」

「だからと言ってマリカ様の犠牲に捧げたり、子を役割に縛るなどというのはあまりに身勝手が過ぎると言っているのです。

 ましてや、女にとって男子と交わり、子を成すという一大事を、他者に命じ強いるなど」

「女の結婚は親や家族の意思で決められるものではありませんか?

 それに比べれば、この星における最高神。『神』の寵愛を受け、子を授かるなど人にとってはこれ以上の幸福、幸運は無いと存じます。代われるものなら代わりたいほどに」

「それは『神殿』側の勝手な価値観。

 何も知らぬ者からしてみれば、得体のしれない存在にその身を弄ばれるなど恐怖でしかありますまい。だからこそ、『精霊神』様は人の身に降り、人として交わって子孫を為したのだと今なら、納得できます」


 うん。

 神殿の聖典における話は捏造だと解っているけれど、人の身を作り、人間の世界に降りて子を成したというのはきっと、受け入れる側の人間、乙女を慮ってのことだと、私も理解できる。

 あの『神』の人の感覚の無い肌の冷たさ、手の代わりのように扱われる触手じみた力。

 女の子が、いきなりそんなものをけしかけられて、身体を奪われたら、正気を失いかねない。

 私も、絶対に嫌。


 言いたいことは、ミュールズさんが大体言ってくれたので、私は結論だけ告げることにした。


「今の話は、聞かなかった事にします。マイアさんを解雇することはしませんが、二度と今の話を口にしないで下さい」

「マリカ様……」

「私は相手が誰であろうと、神殿の管理下で誰かと肌を合わせ、交わろうとは思いません。

 愛する人に対し、貞淑でありたいと思うのです」

「交わるのがリオン様であってもですか? 相思相愛の婚約者であらせられましょう?」


 これがマイアさんの切り札かな。

 私がリオンにだったら身体を許すと思ったのか。

 神殿の管理下で結婚させるか。あくまで未婚のまま処女受胎の子のようにするつもりかまでツッコんで聞く気にもなれないけど。


「相思相愛であるからこそ、私は『リオン』以外の存在に、身体を許したいとは思いません。

 リオンの変化には気付いていますが、私が愛し、望むのは『勇者の転生』や『神の依り代』ではないのです。

 何より……そんな意図で子どもを作りたくはありません」

「ですが……」

「この話はここまで」


 なおも食い下がるマイアさんに私は話を打ち切った。


「私はあくまでかりそめの大神官です。

 大神官に相応しい司祭が育てば、直ぐにでも退いて国に戻りたいと思っています。

 私も、フェイも、リオンも。そしていつか、授かるかもしれない子どもも。

 『神』や『神殿』維持の道具ではありません。

 それをお忘れなきよう」


 目線をカマラに送ると察してくれたようで、マイアさんを立たせ、外に連れ出してくれた。

 マイアさんも、ダメ元ではあったのだろう。

 大きな抵抗もなく、立ち上がり、お辞儀をして去っていく。


「『聖なる乙女』と『神』の御心のままに」


 でも諦めない。と目で告げて。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート