私はアルケディウスの王都生まれ(多分)の魔王城育ちだ。
だから、他国の事はまったく、さっぱり解らない。
他国とこの国の関係とかも解らない。
だから
目の前に豪快に哂う男性が立っている事が普通かどうか解らない。
「お初にお目にかかる。ティラトリーツェの愛し子。
小さな料理人。
私はプラーミァ国王 ベフェルディルング。お見知りおきを」
私の眼前には長い褐色の髪、太陽の如き強い力を宿す紅い瞳。
日に焼けた小麦色の肌をした、真夏の太陽のような男性が笑っていた。
プラーミァ国王の来訪がアルケディウス王宮に知らされたのは、昨日の昼過ぎであったという。
『妊娠した妹を見舞う為に来た。入国をお許し頂きたい。
妹の所に泊まり、顔を見たら即帰る。気遣い無用』
国境から届いた精霊術の通信に、当然王宮は大騒ぎになった。
…何でも古い、精霊国時代の伝達手段として精霊石を通して遠距離の声を繋ぐ方法があるのだそうな。
とても希少かつ、貴重な道具なので国境と王宮にしか置いていないらしいけれど。
遠距離通信手段は他にはほぼ無くて、後は伝書鳩に似た鳥と、馬を乗り替えて使う早馬の伝令、あとはのろしくらい。
如何に構うな、と言われても仮にも一国の王様をそのまま帰せもしない。
なのでフェイが特例として国境に迎えに行き、第三皇子の館に案内。
そのまま館に泊まって、今日、王宮で皇王陛下と皇王妃様主催の午餐会を開いて歓待。
もう一泊して、翌朝帰るというスケジュールになったとのこと。
当然ながらこの王様の行動は普通ではない。
そもそも他国の王様が、国境を超えて訪問なんてまずしないらしいし。
隣国同士は年に二回の戦があるけれど、それ以外は年に一度、新年に大聖都に全部の王様が集まって神さまへの感謝を捧げる式典と貿易などについて話し合う会議が行われる、サミットのようなものがあるくらいで国同士の交流とかは殆どないのだ。
何をしても、何も変わらない世界だから。
ただ、そんな中でプラーミァの王様は七国の王様の中では最年少で、破天荒さでも有名だったらしい。
そんでもって戦士の国を率いているので、めっちゃ強い。
護衛なんぞいらん、と今回も最低限の使用人しか連れて来なかった。
以前、戦について
『経済を回す為だから、仕方なく負けてやっているが、本気を出せばシュトルムスルフトの首都まで領地を広げてやれる』
と言ったとか言わないとか。
半分冗談かもしれないけど、似たような事をライオット皇子も言ってた。
義兄弟だし、戦士同士気は合うようだ。
ティラトリーツェ様の所には数日前に
「近いうちに、顔を見に行くつもりだ」
という早馬によるメッセージが届いていて、勿論それは王宮にも伝わっていたけれど、プラーミァ王国は皇国アルケディウスと正反対の位置にある。
正当に街道を回ってエルディランド、フリュッスカイト経由で来れば移動距離は500km以上。
まだ少し先の話だろうと思われていた。
ただ、迎えに行ったフェイが教えてくれたのだけれど。
「王族には特別なショートカットがあるのだそうです」
「ショートカット?」
「ええ、世界の中央、大聖都を通るルート」
この世界は大聖都を中心とする雛菊の花びらのような形で七王国がある。
北からの時計まわりで、アルケディウス、フリュッスカイト、エルディランド、プラーミァ、シュトルムスルフト、ヒンメルヴェルエクト、アーヴェントルク。
大聖都は基本、神の聖地。
特別な許可を得た者以外は立ち入ることができない。
フェイは以前、入ったことがあるけれどあれは大聖都の賓客、ライオット皇子に呼ばれた業者としてだ。
軽い気持ちで入ろうとか、中を通ろうと思うと、凄い通行料をかけられる。
ただ、逆に言えば通行料を払えば、通れるわけで。
王族が大聖都に寄付金などを用意して申請する事によって使用を許されるこのルートは、目的地によってはそれほどショートカットできるわけではないが、プラーミァとアルケディウスのような関係には効果絶大。
真下の国から、真上の国へ。
全力で行けば一週間弱で辿り着くという。
国王陛下は早馬とほぼ同時に国を出立し、最速で辿り着いたということらしかった。
ちなみにこの王様、以前も何度か同様の事をやらかしているらしい。
なので、アルケディウスもビックリはしてもその後の対応は早かった。
兄の性格と行動を把握しているティラトリーツェ様に至っては、文書が届いた時点で、正確な到着時間を予測し、私を呼んだっぽい。
流石。
「まったく、お兄様はいつも無茶をなさるのですから。
何事も、もっと早くにお知らせ下さい、と申しておりますでしょう?」
並び立ち、兄を諌めるティラトリーツェ様。
うーん、あんまり似てない。
長くてさらさら、流れるようなストレートな茶髪は同じだけれども、色合いがティラトリーツェ様の方が薄いし、紅い瞳の王様に対して、ティラトリーツェ様の目の色は水色。
肌も褐色と白。
随分対照的だ。
「すまんな。だが、これでも我慢はしたのだぞ。
愛しい妹の、待望の妊娠。
一刻も早く祝ってやりたくて、ライオットから連絡があった時にはもう全力で駈けつけようと思ったのだ。
だがオルフェリアに、安定期に入るまでは辛かろうからもう少し待て、と言われてな。
ギリギリまで待った。
もう少し過ぎればアルケディウスは秋の戦で忙しくなろう。今しかないと思ったのだ」
「まったく。オルフェリア義姉さまには感謝しかありませんわね」
こまったこと、という顔をしながらもティラトリーツェ様は嬉しそうだ。
妹の頭を優しく撫でながらキスして、かき抱く王様。
外見は二十代後半。男盛りという感じだ。
かなり身長が高い。
女性にしては身長が高いティラトリーツェ様(170cmくらい?)は勿論、横で苦笑いしながら様子を見ている大柄で逞しいライオット皇子(180cm以上)よりもなお高い。
薄手の旅装から除く筋肉も相当なもので、この方も相当な実力を持つ戦士なのだろうとなんとなく感じられた。
兄妹仲も良さそう。睦まじくて一人っ子だった私はちょっとうらやましい。
しまった、いけない。
挨拶挨拶。
「お初にお目にかかります。
プラーミァ国王陛下 ご挨拶をお許し頂けますでしょうか?」
「ああ、アルケディウスは、下位の者から上位者に話しかけてはいけないのだったな。許す。気を遣うな。気楽にするがいい」
軽く笑って頷いてくれた王様に、私は改めて跪き深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。
王都にて『新しい食』を提供するゲシュマック商会のマリカと申します。
ティラトリーツェ様にはいつも、格段の御恩を頂き、心から感謝、敬愛申しております」
「お前が、マリカか…」
兄王様は腕組みしたまま私を見下ろす。
優しい、眼差しで。
「其方の話は、手紙で時折知らされていた。
希望を与えてくれた優しき花の香り。
愛しい娘とな。
だから、一度会ってみたかったのだ。無理に呼びつけてすまなかった」
「勿体ない、お言葉です」
柔らかい笑みと言葉に少し、緊張し、少し胸が熱くなる。
ティラトリーツェ様は、遠い大事な家族に、私の事を伝えて下さっていたのか…。
「マリカ。
そこの箱を開けてみて? お兄様からの贈り物なの」
「あ、はい…」
微笑むティラトリーツェ様に促されるまま、私は応接間の横に詰まれた木箱を開けた。
豪奢な応接室に似合わない、素朴な木の箱は
「うわああっ!」
けれど、開けたと同時目を見張るような鮮やかな色彩と、南国の香りを部屋に溢れさせた。
「凄い、凄いです。バナナ、マンゴー、レモン、あ、こっちはメロン、パイナップルに、キウイまで!!」
「…アルケディウスでは、見る事無い筈のプラーミァの果実を知っているのか?
名前も、微妙に合っているようで違うし。解らん娘だな?」
「…あ…」
しまった。
久しぶりの南国フルーツに興奮した。
怪しいものを見るような王様の視線を、私は必死の笑顔で躱す。
「えっと、ナバナ、ヴェリココ、キトロン、でしたでしょうか? ミーティラ様に少し教えて頂きました。
あと、こっちは…」
「メローネ、アナナスとキーリャよ。キーリャは形がそっくりの鳥がいてね」
なるほど、名前の由来は同じなのかも。
「妊娠してキトロンが食べたいと言っている、とライオットが手紙に書いてきたし、故郷の果実は懐かしかろうと思って少し本気で運んできた。
頼まれていた胡椒や砂糖も多めに持って来てある。輸出分とは別枠の個人的な贈答物だ。
好きに使うがいい」
王様、凄い。
プラーミァは果物を食べる習慣があるって言ってたものね。
速攻でやってきたのは、妊娠した妹に故郷の味を届ける為か。
「マリカ。これを王宮に運んで午餐のデザートに面白いものを用意できないかしら?」
「お任せください。こんな見事で輝かしい果実をお預け頂けるなんて、光栄の至り。
大事に使って素晴らしい料理にして見せます」
「ほう、流石、ティラトリーツェの気に入りの料理人。
見知らぬ果実の調理もお手の物か」
王様の朱い瞳が面白いものを見つけた、というように煌めいた。
ちょっと怖いけれど、今はこの果物を無駄にしないのが優先。
「アルケディウス、ゲシュマック商会と言えば、食の絶滅したこの世界に、次元の違う『新しい食』を齎すという。
であれば、私の運んできたこれらも、未だ食したことの無い面白い味になるか?」
「はい。どうかお楽しみになって下さいませ」
久々のトロピカルフルーツ。
腕が鳴る。
「それで、マリカ。
急な話でごめんなさい。晩餐会と給仕の手伝いをお願い。
人数は多分、五人だけだから、それほど大変ではないと思うのだけれど」
「ティラトリーツェ様の御為であるのなら全力で」
急いでお城に持って行ってザーフトラク様とメニューの相談しよう。
アドラクィーレ様達に色々こき使われている事を思えば安いものだ。
それに、王様が妹の為に、無理を押して持ってきてくれた新鮮なフルーツだもの。
全力で美味しい料理にしてあげたい。
…私も端っこ、齧ってもいいよね?
使用人さん達に荷物の運搬を頼んで王宮に向かった私は、だから知らなかった。
「ティラトリーツェ?」
「ダメです。お兄様には渡しません。
あの子は私の可愛い娘なのですから」
そんな物騒な兄妹の会話と、二人を苦笑いしながら肩を竦め見つめる、ライオット皇子を。
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