驚いた。
ビックリした。
意表を突かれた。
驚愕した。
まさか、フェイの子どもなんて話を聞くことになるとは。
しかも、師匠であるソレルティア様から?
「本当ですか? って、疑っているわけでは無いですけれど。
いつから、そんなことになっていたんですか? ソレルティア様」
廊下でする話では無いので、王宮の応接室を借りてお話をすることにする。
側にいるのは護衛のカマラだけ。
厳重に人払いして、三人だけ+一人だけの会話。
私達が問いかけるとソレルティア様は、少しバツの悪そうな顔をしながら話してくれた。
「いつから、と言われれば今年の新年頃からでしょうか?
フェイに頼まれたのです。お二人を神殿籍のまま結婚させる計画を立てている。
協力して欲しい。と」
「そんな前から、フェイは計画を立てていたんですか……。でも、それと肉体関係を持つことになんの関係が……。その協力の為に連絡を取り合っている間に恋仲になった、とか?」
ソレルティア様と恋愛関係にある、なんてフェイは私達に一度も漏らしたことは無い。
完璧な神官長としていつも凛々しく、大神殿を率いている。
お休みだって殆ど取っていない筈だけど。
心配して何度か、休みを取ったらと言ったこともあるけれど。
「僕は基本的に、大聖都の外に出られませんから。適度に息抜きはしていますから、大丈夫ですよ」
と笑って躱されてしまったっけ。
現実問題としてフェイは、転移術の遣い手として、現在、各国王が許可を与えないとアルケディウス以外の国に入国できない。入国しても監視がつく。
これはソレルティア様やニムルなど、他の転移術使いから目を反らす意味もあるのだけれど。
ただ、これはあくまで表向き。
フェイには『星』が直々に下さった各国の結界破りの術式と、風の精霊神様が教えて下さった移動式魔王城直通転移陣がある。
大聖都から魔王城へは0秒で行けるので、そこから各国に移動する形を取ればいつでもどこでも行けることは行ける。勿論、密入国だけれど。フェイはそんな悪用はしないと思っているから、管理その他はすっかり任せていた。
私は、大聖都の転移陣をいつも使っている。
周囲の目がいつもあるからね。
私にも自由時間はそんなにないのだ。お父様達の許可を得て魔王城に行かない限りは。
「恋仲……と言っていいのか。
表向きは前と変わらぬ師弟関係であり、今はそれぞれの国の頂点に立つ魔術師としての関係は変わりませんから。神殿を司る神官長が女性と関係を持つというのも醜聞になりかねませんのでこんなことになるまでは皇王陛下にも文官長様にもお話しておりませんでした」
お腹に手を当てながらソレルティア様は微笑する。
つまり隠れた関係?
「元々、関係を持つに至ったのも、師弟関係の一環のようなものなのです。
お二人を結婚させたい。でも、結婚に至る『男女の営み』というものが自分には解らない。
教えて貰えないか、と」
「「え゛?」」
正直絶句した。私も、リオンも。
ちょっと顔が赤くなってしまう。
そんなストレートに女性に肉体関係を求めたのか。フェイは。
「まったく、妙な所で子どもだな。フェイは……」
「私も、最初は驚きましたがフェイはああいう性格ですので、嘘がつけなかったのでしょう。私も、まあ……フェイであるのなら、関係を持っても、子を作ってもいいと思いましたので了承いたしました。
それからは、まあ折に触れ。
ただ、フェイにとっての第一優先事はお二人ですので、お二人が大神殿におられる時や、大事な用で留守を任される時には決して来ることはありませんでした。
お二人が揃って、アルケディウスや魔王城にお戻りになっている時、ですかね。
後は、一度だけ、リオン様が魔王に乗っ取られた夜に、逃げるように……」
「そう、ですか……」
いつも、私達を支えてくれるフェイに逃げる場所。頼るところができたのなら、それは良い事だ。私は二人の関係を否定するつもりは無い。むしろ、祝福する。
ただ……
「子どもができた、ということは問題ですね。
さっきも伺いましたがソレルティア様は、子どもを産むおつもりだと考えてよろしいですか?」
確認するまでもない事だけれど。
はい、と頷くソレルティア様は自信に満ちた母親の顔をしている。
「フェイの子です。国の宝であると皇王陛下、文官長様からも出産の許可を内々にですが得ております」
今は、多分お腹の様子からして妊娠三~四か月。
細かい誤差はあるとしても、新年明けの春。木の月には生まれることになるだろう。
私達の成人式や結婚式には臨月に近くなっている筈。
「フェイは大聖都の神官長であるので、正式な結婚はしなくても良い。とは思っております。
ただ、認知、と申しますかフェイに我が子であることを認めて欲しいのと、私がこの子をアルケディウスで育てる事の許可が欲しくて……」
「そんなのダメですよ。ちゃんとソレルティア様も祝福された結婚をして頂かないと」
このままだと、ソレルティア様は父親の無い子を婚外子という形で産むことになる。
それは良くない。
不倫とか、特殊な事情があるとかならまだしも、障害は何もないのだし。
「ですが、フェイが大神殿の神官長から降りるのは事実上不可能でしょう。
私も、アルケディウスの宮廷魔術師を簡単に辞める訳にも参りません。
大神殿に籍を移して囲われる、ということもできませんので」
「別に、夫婦が離れて暮らす事自体はそんなに問題ないと思います。一種の単身赴任と考えれば」
「タンシンフニン?」
「結婚した夫婦の片方が仕事の為、遠くで暮らす事です。でもそれが子の成長に悪い影響を及ぼすかと言えば、そうとばかりは言えないのです。愛情をしっかり受けて育てば、職場で必要とされ生活を支えてくれる親を、子どもは尊敬するようになります」
頑張る親の背中を見て育った子どもが、親を悪く思う事はそんなに多くは無い。それが単身親であっても。いや、むしろ単身親だからこそ学べる事、理解できることもある。
「ソレルティア様は準貴族ですし、家政婦さんとか子育て育児を助けてもらう人を雇ったり求めることはできますよね。できないようなら、私が支援しますし」
「金銭的には問題は無いと思います。ただ、私も廃棄児で愛を受けて育ったとは言えませんので、子育てに困った時にはマリカ様や、ティラトリーツェ様のお知恵、お力をお借りしたいとは思っております」
「なら、問題なしですよ。ある程度大きくなったら王宮の保育室や孤児院に預けることもできますし」
職場で必要とされるお母さんを助けること、そして子どもの安全を保育園の役割だ。
今後、子どもが増えて行けば、絶対に必要とされるインフラの一つ。
だからこそ、私はその作成に拘ってきた。
「神殿則が改定されて、大神官でさえ結婚できるようになるのです。神官長が結婚してはいけないなんてことはないですし、むしろ神官長が良い前例を見せてくれれば、神官の中にも良い結婚をする者が増えるようになるかもしれません」
今まで、神殿では結婚が禁じられているが故に、男性神官の性のはけ口になる女性という存在もいた。
私が大神官になってからは根絶させたけれど、不満を持つ者もいると聞く。
別に神殿に仕える人間が妻帯しない事を『神』も『星』も『精霊神』も望んでいないのだから、別に結婚したっていいと思う。
ただ、肝心なのは本人達の思い、で。
「ソレルティア様は、フェイに好意を持っておられますか?
将来的に結婚してもいいと、お思いですか?」
「マリカ……」
我ながらストレートに過ぎると思うけれど聞いてみた。
穏やかな相貌から頷きが帰って来る。
「はい。とても愛しく思っています。
彼を支え、助け、守っていきたいと思っています。
お二人とはまた違う形ではありますが」
「愛の容は人それぞれですから。あとは、フェイの気持ちですね」
「フェイが彼女を嫌っていることはあり得ない。大切に思っていることは間違いないだろう。
ただ、婚姻や、その先を考えていたかというと……微妙だな」
ただでさえ止まらない十代。
私やリオンの事で、いつも頭がいっぱいのフェイは十中八九、先の事は考えていなかっただろう。
この時代、避妊とかの概念もないし。
お互いが納得した上で結婚しない内縁という形をとるのも有りだけど、私はちょっと認めたくはない。
フェイにもソレルティア様にも幸せになって欲しい。
もちろん、生まれてくる子どもも。
「フェイの子ども欲しさにシュトルムスルフトが何か言ってくる可能性もありますので、ちゃんとした立場は作っておいた方がいいと思います」
「そうできればいいのでしょうけれど……」
「大丈夫です。私がサポートしますから」
「マリカ様……」
私は立ち上がり、ソレルティア様に手を伸ばす。
「教えて下さってありがとうございます。
母親が幸せにならないと、子どもはなかなか幸せになれないんです。
ご自分が、そしてフェイが幸せになることを諦めないで下さい」
「ありがとうございます」
ソレルティア様は、私の手をしっかりと握り返してくれた。
支援は、ただ手を伸ばすだけではダメだ。
ちゃんと相手に届けないと。
「よーし! 行くぞ! フェイとソレルティア様、プロポーズ大作戦!」
「マリカ……」
「いつまでも、子どもではいられないの。まして子どもができたのならなおの事。
『神』の件も片付いて、私達の悲願もある程度適ったんだからフェイにはちゃんと自分のこれからに向き合って貰わないといけないと思う」
「それは、まあ、そうだけど……」
「多分、フェイは驚くと思う。もしかしたら、逃げるかな?
できるだけ逃亡コースは潰して、アルにも協力を仰ごう。
逃げたりしたら、捜索に力を貸してね。リオン」
苦笑するリオンとカマラと一緒に、私達は大聖都に戻った。
事前に色々と予測して手配をしてはおいたけれど。
でも……
「え? 僕の、子ども……ですか?」
「あ! 待って。フェイ!」
狼狽したフェイに案の定逃げられたのだった。
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