目が覚めたら、私は金髪になっていた。
いや、違う。多分なったのは昨日の夜だ。
奥の間での儀式のあれこれ。
アーレリオス様が憑依したと言うし、『神』が色々、あれこれしたのかもしれないし。
神殿に戻った時、人々が騒めいたのも、神官長が驚いていたのもきっとこのせい。
おまぬけな話だと笑われても仕方ないが、本当に気が付かなかった。
リオンも何にも言ってくれなかったし。
だって、自分の髪の毛の色なんて普通にしてたら見えないでしょ?
特に昨日は儀式用にハーフアップに結って貰っていたからなおのこと。
儀式を終え、無理やりに休めと言われて寝かされて。
翌日目が覚めて、肩口に流れる髪の毛を見て初めて気が付いたのだ。
「え! な、なに? これ、どうして!!」
「マリカ様。お目覚めになられましたか?」
部屋の外で待機してくれていたのだろう。
女官の鏡。ミュールズさんは直ぐに中に入って私の混乱を察してくれた。
「あ、ミュールズさん。これ、一対なんでしょう? 何がどうして……」
「混乱されるお気持ちは解ります。ですが、一晩お休みになっても戻らない、ということは対処が必要な事態であると存じます。
神官長やマイア女神官長と話をしてまいります。その後、禊と洗髪、お食事をして今後について話し合いましょう」
「解りました。あ……もしかして目の色も変わってたりします?」
「はい。鏡をご覧になりますか?」
おそらく私の混乱を予想して差し出されたであろう鏡には確かに私であるのだけれど、金髪、碧眼。まったく違う印象の女の子が映し出されていた。
誰だこれ?
「いつからこうなっていたか解ります?」
「私は儀式に参列しておりましたが、マリカ様が杖を持ってお戻りになられた時には既にそうなっておりました。……失礼ですがマイア女神官長の元に行ってきますので詳しい話はカマラから聞いて頂いても良いでしょうか?」
「はい。お願いします」
ミュールズさんも焦っている、というか困っているようだ。
私は部屋を出たミュールズさんを見送ると用意しておいてくれたらしい洗面器の水でまず顔を洗った。布で水と化粧を拭きとってからカマラに声をかける。
「カマラ。昨日の夜、私に声をかけたのはこのことだったのですね」
「はい。先ほどミュールズ様がおっしゃいましたように、神との対話を終えて戻られたマリカ様は暗闇の中、夜目にも明るい金の髪を輝かせておられたのです。
はっきりと精霊の姿が見えた訳ではありませんが、杖と、マリカ様ご自身が薄く光を放っておられら光の精霊の祝福を宿していらっしゃると感じました」
カマラが興奮気味に話してくれたことによると、カマラは護衛士枠で儀式の客側にはいなかった。出入口近辺で私の退場を待っていてくれたようだ。
神の間にはついていけず、鐘が鳴っても戻らず心配でやきもきしていたところ、私が戻ってきた。その時には既に金髪、碧の瞳で不思議な光を放っているように見えた、らしい。
「いつものマリカ様と何かが変わっているわけでは無いのですが、神々しさを感じるのです。なんというか『精霊神』様がお力を示している時のような力というか威圧というか。
恐れ多くて近寄るのが躊躇われる、と言ったら一番近いでしょうか?」
「そんなことになっているのですか?」
自分では解らないからやっかいだ。治し方も解らない。
「はい。今まで幾度かマリカ様がお姿を変えられる姿は拝見しておりました。主に『精霊神』様が憑依された時。その時そのもののような圧はないのですが、あの時はいずれもマリカ様が意識を失われると色も戻っておりました。
今回は一晩お休みになっても元に戻っておられないのが心配で……」
「と言っても、私にも理由が解りませんからね。『神』の間で何かがあって『精霊神』様が助けてくれたらしいのですがその影響でしょうか?」
「治らないと困りますよね」
「ええ。ただでさえ『聖なる乙女』は神殿にと言ってくる神官長が『精霊の色』を宿した奇跡がどうこうと。きっと煩く私の引き留めに入ってきます」
昨日の夜の神官長の様子からして、かなり本気になってる。あれは。
どうしよう。本当は昨日の儀式が終わればアルケディウスの宿舎に戻れる筈なのに返してもらえるかな……。
悩んでいるところにボスっと、どこから飛んできたのか体当たり。
胸元に灰色な短耳兎が飛び込んできた。
『マリカ!』
慌てた様子の精霊獣。いや『精霊神』様。
「ラス様!」
『アーレリオスが、もしかしたら直接介入した影響が出ているかもしれないから見て来てやってくれ、って言うから来てみたけど、やっぱりなってたか』
「? ラス様。私の外見が変わった原因お分かりなんですか? いったいどういう状況になっているんです?」
私の顔を見て困った様子で息を吐く、ってことは『精霊神』様はこの原因を知っている?
『ん……一時的に、君の中の『精霊の力』が増大しているんだ。
で、それが外見に影響を与えたってこと』
「精霊の力の増大?」
『うん。アーレリオスが『神』の介入を阻止するために、君に入ったのは解ってる?』
「え? あ、はい」
『基本的に、君の身体と意識を強引に乗っ取ったりはできないししないんだけど、二人がかりとかサークレットをしていたりする時には、君の許可を取らずに介入することもできる』
「サークレットをしていると……?」
『会見の時、プラーミァのサークレットをしていただろう? 『神』の冠の時の逆パターン。
君がそれをしていたおかげで、本来は厳重に封じられている『神』の領域にアーレリオスが降りてアルフィリーガを呼び寄せることができたんだ。ただ、予定外で急いでいたからその間、君の意識は閉じてしまっていたけれど』
「ああ、それで、リオンが助けに来てくれて『神』は消えたんですね。助かりました」
どうして、私を連れて行こうとした『神』が諦めたのか解らなかったのだけれど、アーレリオス様とリオンが助けてくれたのか。
『ただ、そのせいで君の身体の中の『精霊の力』が増大して外見に影響が出たんだね。
……こうして見ててもなんだか、凄いことになってる。アーレリオス、そんなにこの身体で無理やったのかな?』
「そうなんですか?」
『うん。普段10しかない『精霊の力』が100とかになってる感じ? こんなの見たこと無い』
ふと。何の脈絡も無しにリオンの顔が浮かんだ。
唇に残るぬくもりと力と一緒に。
慌てて振り払う。関係ない関係ない。リオンとのキスは関係ない。
多分。
「マリカ様?」
『どうかしたの』
「何でもありません。じゃあ、増えたその力を取れば元に戻るんです?」
『うん。取っていいかい?』
「お願いします」
『了解』
私が頷くと精霊獣様が身体を伸ばして、私の額に触れた。
スーッと、何かが抜け出る様な感じがする。
「あ、マリカ様。色が元に戻っています」
ほら、とカマラが見せてくれた鏡には確かにいつもの私が映っている。
よかった。でも、色が違うだけで外見の雰囲気って本当に変わるんだね。
『っと、神官長達が来たみたいだから僕は消えるよ。僕に治して貰ったうんぬんは言わない方がいい』
「解りました。少し気持ちを落ち着いたら元に戻った、とか言っておきます」
『任せた。アーレリオスも、敵の領域で無茶やって結構、ピンチなんだ』
「え? 大丈夫なんですか?」
『そっちは心配しなくていい。詳しくは後でね』
精霊獣が壁抜け、姿を消したと同時、ノックの音がした。
「マリカ様、失礼いたします」
マイアさんとミュールズさんが入ってくると、小さく目を見開いた。
「元に……戻っておられますね」
「あ、はい。でもさっきは確かに……」
「はい。目が覚めた時は金髪でビックリしたんですけれど、その後、呼吸を落ち着かせたら、元に戻りました。儀式の疲れが思った以上に残っていたみたいです」
「そうですか……それなら、よろしいのですが……」
「良くはないぞ。マイア」
「神官長……」
背後から現れた姿にミュールズさんとカマラが立ちはだかってくれる。
だって私寝間着だもん。
「いかに神官長様とはいえ、女性の寝室を覗き見るのは失礼だと思います」
「マリカ様は夜着なのですよ。失礼にも程があります」
傍らに立つマイアさんも小さく首を横に振っていた。
「……左様でございますな。では、私達は居間にてお待ちしておりますので身支度を整えられましたら大至急おいで頂きたく」
「解りましたから出て行ってください」
流石に巫女の寝間着姿を見るのはヤバいと神官長も思ったのだろう。
素直に出て行ってくれたので一安心。
でも……
「さっきのは、夢では、ございませんよね」
「はい。『精霊神』様が来て治して下さったんです。なんでも一時的に体内の『精霊の力』が増えていたんですって」
「『精霊の力』が」
「ええ。でも内緒にして下さいね。自然に力が抜けたということで」
「解りました」
とりあえず入浴は後。顔を洗い直し、身支度を整えて部屋を出た。
大神官との話が優先のようだから。
外で待ちかねていた神官長は、改めて元に戻った私の顔、というか姿を見て息を吐きだす。
少し残念そうに見えるのは、私の外見が元に戻っていたからだろう。
「改めまして。マリカ様。まずは新年の寿ぎを申し上げます。
エル・トゥルヴィゼクス。儀式の御協力、真にありがとうございます。
おかげで今までにない程に輝かしい新年を迎えることができました」
「無事に役割を果たせたのでしたら何よりです。これで、神事は終わり。アルケディウスの宿舎に戻れるのですよね」
後、もう一回、国王会議の前に舞を捧げる必要があると言っていたけれど潔斎は終わり。
アルケディウス宿舎に戻って舞の時だけ来ればいいと聞いている。
でも、
「通常であれば、その通りなのですが、そうもいかないようです」
「そうもいかないってなんですか?」
なんだか妙に座った目で神官長は私を見て言った。
「マリカ様は『神』の祝福をその身に宿された聖なる方。
大神殿としては国にお返しする訳にはいかないということです」
と。
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