【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 フェイ視点 前日祭 大聖都の罠 1

公開日時: 2023年2月9日(木) 07:37
更新日時: 2023年2月11日(土) 00:47
文字数:3,826

 礼大祭一日目 前日祭の朝。

 僕達は早めに起きだして大聖都郊外にあるという葡萄農家に向かう事にした。

 大神殿のある大聖都中央部から距離にして2~3ルーク程だという。

 大人や僕達の足なら、そうかかりはしないが子ども、しかも6歳の女の子の足では片道一刻、往復では二刻はかかってしまいそうだ。


 今日から前夜祭。

 二の刻から礼拝が始まり、マリカの前日の儀式が行われるのは二の水の刻。

 朝食は火の刻から風の刻だというので、それに間に合うように僕達はかなり早め。

 一の水の刻には起き出すとネアを連れて、アルケディウス宿舎を出た。


「用事が済んだらすぐに戻る。それまで留守はお願いする」


 そうミーティラ様に頼んで、僕達はルペア・カディナを出た。



 道を行くのは四人。

 リオンと僕、少女ネアと


「礼大祭の前夜祭、前日祭とも呼ばれるけれども、主に市民の祭りなんだ」


 何故かいる偽勇者エリクスだ。


「大神殿において前日祭は準備と告知の意味合いが大きい。

 礼拝に年に一度『聖なる乙女』が出てきて歌う。

 それによって儀式への期待を膨らませて夜を騒ぎ、本祭の『聖なる乙女』の舞に参加し『神』の威光と一体感を感じる。

 翌日、後夜祭でその余韻と感動を皆で分かち合い、次年度への期待を胸に日常に戻る。

 そんな感じだね」

「エリクス殿。礼大祭について教えて頂けるのはありがたいが、こんな所に来てよろしいのか? 今日の前夜祭、明日の礼大祭の準備でお忙しいのでは?」


 つらつらと、頼んでもいないのに礼大祭について雄弁に語るエリクスにリオンは呆れた様に息を吐き落す。

 リオンとエリクスは今年の新年、大聖都での決闘以後、まともに会話をしていなかった。

 エリクスは、リオンへの暴言やマリカへの求婚についての無礼を、マリカ以外には謝罪していない。

 己の力不足を知り、幾分か反省したのは事実であろうけれど殊勝な様子を見せるのはマリカにのみ。

 大聖都の王子位置である『勇者の転生』として誰も止める者の無い自由な生活を謳歌しているのは変わらない様だ。


「それは君もだろう? 子どもを始め人々に深き慈愛をもつマリカ姫は幼子が傷つくのを何よりも嫌われるだろうし、何より姫君が召し上がる果物の収穫だ。

 少しでもいい物を手に入れて喜んで頂きたい。君ばかり、姫君にいい顔をするのはズルいとも思うしね」

「俺は、別にマリカに自分が獲って来たなどと言うつもりはありませんが……」

「それでも、さ。農家や周囲から君の評価が上がるのも面白くは無い。何より僕はまだ、姫君を諦めてはいないんだ」


 リオンへの無謀な敵対心も変わらない。

 いや、むしろ強まって来ているのかもしれない。


「そうですか」


 立場上は従属国の一騎士にしか過ぎないリオンは、偽勇者の明確な敵意を受け流す。

 ネアの前でもあるし、新年に偽勇者を倒した決闘をまだ覚えている大神殿の者は少なくない。リオンは今回の滞在中、徹底して自制し、目立たない様に心がけているけれど


「僕は、君には負けない。

 ただ、偶然アルケディウスに生まれ、ライオット皇子の目に留まって育てられた幸運で成り上がった君には」


 それがまたエリクスの苛立ちを煽っているのかもしれないと気付く。

 まあ、それを知って気遣ってやる義理など、こちらには欠片もない。

 正直、僕は彼と話をしたいとさえ思わない。

 リオンとでは役者が違い過ぎる。


「時間がない。少し急ぐぞ。ネア。フェイ」


 リオンも相手にするのも面倒だ、と言わんばかりに息を吐くと、ネアを抱き上げ足を速めた。

「聞けよ! 僕の話を!!!」


 彼の宣戦布告を綺麗に無視して。



 大聖都でも一二を争うと名高い葡萄酒醸造所兼果樹園に僕らが辿り着いたのは、アルケディウスを出て半刻くらい経った頃だろうか?

 途中から足の遅いネアをリオンが抱っこして来たので予定より、かなり早く着いた。


「……ありがとうございました。でも、おもくなかったですか?」

「兄弟達で慣れているからなんてことない。

 でも、ちょっと喉が渇いたかな。」

「あ、おみずがあります。おのみになりまりませんか?

「ありがとう。とりあえず、用件が先だ。その後に頼む」

「はい」


 リオンの腕から降りると、程なく少女は果樹園の館に入って行った。

 そして直ぐに何人もの人を連れて戻って来る。


「本日は、わざわざ足をお運び下さいましてありがとうございます。

 アルケディウスの御方々」

「尊き『聖なる乙女』に我らの葡萄を召し上がって頂けるなど、光栄にございます」


 跪き、礼をとる果樹園の者達は、既に用意されていたらしい布で包まれた包みを僕達に渡してくれた。

 布を解き中を改めると、そこには朝露がまだ浮かぶ採れたての葡萄が輝いている。


「今朝、まだ枝から外して一刻と経っていません。

 我が葡萄園最高の品と自負しております。どうぞ、お味見を」


 渡された一房から、親指の先ほどの、大粒の果実を口に含む。


「……美味いな。皮ごと食べているのに渋みや苦みが殆ど無くて、スッキリとした酸味と甘みが口の中に広がる」

「ええ、甘さが砂糖とは違う豊潤さを宿しています」

「ありがとうございます。これは葡萄酒用の品種ですが食べても最上級の美味であると自負しております。『聖なる乙女』に味わって喜んで頂ければ、これ以上の誉れはございません」


 葡萄園の者達はそう言うと葡萄の入った籠の他に、いくつもの包みを差し出してくれた。


「こちらが依頼のあった献上品分の葡萄でございますが、よろしければ神殿やアルケディウスでも召し上がっていただければとご用意いたしました。こちらは果汁です。

 アルケディウスでは近年『新しい味』として食の展開をなさっているとのお話。

 その一角にもしよろしければ、当園の葡萄も入れて頂ければ幸いでございます」

「『新しい食』の責任者である皇王の料理人、ザーフトラクが来ている。話をしておこう」

「ありがとうございます」


 下心付きの土産である。

 固辞するのもかえって悪かろうと、ありがたく貰っていくことにした。

 葡萄三籠に葡萄の果汁一瓶。


「ネア一人に来させないで良かったな」


 荷物を両手に抱えてリオンが苦笑した。

 男三人で持っても結構な量だ。

 女の子一人では困っていた事だろう。


「この僕に荷物持ちをさせるとはね。まあ、姫君の召し上がる葡萄だ。文句は無いけど」

「すみません、すみません。ほんとうならわたしがはこぶべきなのに」


 恐縮するように頭を下げるネアは文書を入れた籠と水筒を持つだけだ。


「気にするな。神殿に着いたら重い荷物を運ばなければならなくなるから、今のうちに休んでおくといい」

「だが、少し喉が渇いた。休憩でもしないか?」


 エリクスの言葉に、ふと、リオンも足を止める。

 朝食もそこそこに急いで出て来たから、喉が渇いているのは事実だ。

 さっきの味見でそれを身体が思い出した感もある。


「そうだな。その木陰ででも」


 街道沿いの大きな古木の側に荷物を置き、一息つく。

 少し高くなってきた太陽の日差しがじりじりと照り付ける。

 礼大祭の間は快晴が続く。決して雨は降らない。と言われている通り今日も晴れそうだ。


「お水はいかがですか?」


 荷物を木陰に置き、木に背を持たれかけるとネアが木のカップに入れた水を渡してくれる。


「ありがとう。カップをもってきていたのか?」

「わたしひとりのときは、ちょくせつのんでしまいますけど、ほかのかたにのんでいただくかもしれないなら、ひつようだといわれていたので」

「気が利くな。うん、美味い」


 カップの水を喉に通すリオンはネアに笑って見せる。この暑さで水はぬるんでいるだろうから今の褒め言葉はリオンの優しさだろうけれど、礼を言われて嬉しそうに微笑む。

 けれど


「あ、でもカップ、ふたつしかないんです。まじゅつしさま、あとでもいいですか?」

「僕は、リオンの後で、同じコップでいいですよ」

「ありがとうございます。ゆうしゃさま、どうそ」

「僕の分を用意しなかった、というのか? ネア? しかもアルケディウス随員の後?」

「あ……すみません」

「まったく。やっぱりちょっと見かけが似ていても姫君の足元にも及ばないな。

 いいよ。いらない」


 リオンの後に回されたことに機嫌を損ねたのかエリクスは渡された、カップの中の水をネアに向けて投げかけた。


「きゃあ!」


 少女に水がかかる寸前、それを身体で止めたのはリオンだ。

 水がバシャンと、リオンの髪を濡らす。

 止める間もない相変わらずの反応速度には目を見開くしかない。


「す、素早い反応だね。よくあの一瞬で」

「……何を考えてるんだ! 貴様は! 子どもに向かって!」

「何って、粗相をした下働きに罰を与えるのは当然だろう?

 ああ、ネアはこれから姫君と謁見するんだった。服を濡らすのは失敗だったね。

 ありがとう、止めてくれて」

「そういう問題じゃな……うっ……」

「リオン?」「リオン様?」


 全く悪びれた様子も見せないエリクスに、リオンは多分掴みかかろうとしたのだと思う。

 けれど、その瞬間、膝をついたのはリオンだった。

 胸を押さえ、呼吸を荒げる様子は、ただ事ではないと解る。


「どうしたんですか? リオン?」

「わ、解らない。身体が……熱い。胸が、苦しい……」

「さっきまで、何ともなかったじゃないですか? 一体、どうして?」


 額から脂汗を流し、懸命に苦しさに耐えるリオンに気を取られていた僕達は、だから、反応が遅れた。


「うわっ! な、なんだ? なんで魔性が、こんなに!?」


 気付かなかったのだ。エリクスの悲鳴が聞こえるまで。

 魔性接近の気配に。


 気が付けば、空に、陸に、魔性達が僕達を逃げ場がないほどに取り囲んでいた。


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