七国訪問を終えて国に戻ってきた私達は、第三皇子家で一泊した後、魔王城に戻ってきた。
「わあ、雪が解けてる」
戻って来てビックリしたのは魔王城と、城下町を繋ぐ道。
その雪が殆ど消えていた事だ。
あと、森の方も。
雪が降ってないわけじゃない。積もってないわけじゃない。
ただ、雪かきしたように生活圏の雪が消えている。
「どうしたのかな? フェイがやってくれたのかな?」
『私だ』
「アーレリオス様」
転移魔方陣から出て、呆然と風景を見つめていた私の頭にぴょい、と白い獣が飛び乗った。
『お前には色々と世話になったからな。礼代わりに力を失っていた除雪の術を蘇らせてやったのだ』
『精霊国時代には城下町や城の周囲を、術で大地を暖めて雪を溶かしていたみたいだね。
古い術式が残っていたから、それを弄ってまた使えるようにしただけだよ』
「ラス様も」
なるほど。
最盛期には子ども一人すっぽりと埋まるくらいの雪が積もる魔王城とその近辺。
雪かき大変だろうなと思っていたけれど、そういう仕掛けがあったのか。
本当に『精霊の力』は応用範囲が広く、精霊国は精霊の力を有効に使っていたのだなと思う。
「カマラが生活できるように、取り急ぎ封鎖だけは解こう」
「ありがとうございます」
リオンやフェイ、セリーナやノアールにも手伝って貰って街に用意してある二軒の来客用の館を使用できるようにする。
いつもは冬の間、街は完全に埋まってしまうから秋の終わりに家の中に雪が入らないように窓や扉を閉ざしてしまう。
でも今は『精霊神』様達のお力で街の雪はほぼ解けているから閉ざしてあった扉を開き、住めるように掃除をした。
人が住んでいない家はどうしても荒れてしまうけれど数日住むくらいならなんとかなるだろう。
フェイと私の水の精霊、エリチャンの力を使って、水汲みも完了。薪は用意してあるし
『部屋の中で暮らす分には寒くないように、術道具に力を入れてやれ。フェイ』
「解りました」
今までただの飾りにしか思っていなかった壁の石。
そのいくつかが精霊の術道具で、術を使う事で光を灯したり暖かくしたりできるようだ。
魔王城では城の守護精霊が自動でやっていてくれたけれど、城下町では術者の助けがいる。
フェイが術を使うと、部屋の中が暖炉をたいたように暖かくなった。
「これは凄いですね。王宮よりも暖かいのではないでしょうか?」
「うん、でもごめんね、カマラ。昼間はなるべく降りて来るから」
「私の事はお気になさらず。
訓練や読書などをして過ごします。マリカ様の方こそせっかく城に戻ってきたのです。
ゆっくり体を休めて下さいませ」
「私もいつも通り、こちらで休ませて頂きますから」
「ありがとう。ノアール。
お風呂に入ったり、食材や本が欲しい時は遠慮なく上がって来て」
「かしこまりました。お気遣い感謝致します」
「こっちの家が使えるのなら、皇王陛下との会見はこちらで行います。
その時は手伝って下さいね」
「勿論でございます」
ノアールがカマラと一緒に過ごしてくれるのは助かる。
いくら冷暖房完備の快適空間でも一人は寂しいもんね。
少し安堵して、私達は魔王城へと戻った。
「おかえりなさい。マリカ姉!」
「おかえり」「おかえりなさい!!」
いつものように子ども達が出迎えてくれたのが嬉しい。
何度、どこに行っても、やっぱり私の帰る場所はここなのだと実感できる。
そして一緒に出てきた二人の大人。そして……銀の精霊。
「お帰りなさいませ。マリカ様」
「子ども達はみんな、とても良い子で元気にしていましたよ」
「ご無事の御帰還、心からお喜び申し上げます」
「ただいま。エルフィリーネ。
ティーナ。ユン君……じゃなくってクラージュさんも来てくださっていたのですね。お疲れ様です」
ティーナと元エルディランドの騎士、ユン君ことクラージュさんの笑顔も私達をホッとさせてくれた。
やっぱり(魔王城の守護精霊がいるとはいえ)子どもだけで生活させるのは心配だったからね。大人の目が少し手も増えると安心できる。
「旅の間、子ども達を見てくれてありがとう。
おかげでなんとかやり遂げることができました」
「魔王城の子ども達はみんなマリカ様との約束を守って、とても頑張ってくれていました。
加えてクラージュ様はマリカ様がお留守の間、こまめに来て下さって子ども達の勉強や、身体づくりの指導をして下さったんです。
私ではまだできない、方法論に添った子ども達への言葉かけを教えて下さって。
とても勉強になりました」
「大げさな。魔王城の子ども達は向こうと比べて皆、しっかりしていますからね。
自分は愛され、必要とされている自覚があり、自分が恵まれていることを知っている。
大した苦労も無かったですよ」
クラージュさんは、私と同じ向こうの世界からの異世界転生者で保育士でもある。
向こうの世界と違って、色々な意味で素直な子ども達は確かに保育しやすいかもしれないね。
「マリカ様の方こそ七国を巡り、お疲れ様でした。
『精霊神』を復活させるという前『精霊の貴人』も成し遂げられなかった偉業の達成。
素晴らしいと思います」
「時代も変わりましたし、人の心も変わりました。
私が優れているから、ではないと思いますが、良かったと思います」
「間もなく『神』との本格的な対峙が始まりますね。
今度こそ、姫君を護れるように、私も全力を尽くしましょう」
「よろしくお願いします」
「マリカ姉。ごはん、一緒に食べよう! 一緒に作ろう!」
私達の話の区切りを待ってジョイが手を引く。
「うん、一緒に作ろう。お土産も色々あるからね」
「わーい」
「クラージュさん。秋国訪問で色々と判明したことがあるんです。
後で、ご報告と相談、させて頂けませんか?」
「喜んで」
「……エルフィリーネも」
「かしこまりました」
その日の夕食は、グリッツ入りのコーンブレッド。
コーンスープとコーンフレークとか、きっと子ども達は好きだけれどまだ量が足りないから今後に期待かな。
ちょっとだけゆでて出したら。
「あっまーい」「ぷちぷちしておもしろーい」
大好評だった。
来年はぜひ、美味しい時期に輸入したい。
アルケディウスや魔王城で栽培が可能かも試してみたいな。
その後は私の留守の間の子ども達の様子をいっぱい聞いて、一緒に時間を過ごしてほのぼの楽しい時間を過ごした。
お料理の腕を上げたジョイ。本数冊分の絵を書き溜めたギル。
ヨハンは動物達の冬ごもりの準備をしっかり整えてくれたし、シュウは外の世界での修行を頑張っている。
外で働く年長組は勿論、最年少だったジャックとリュウも戦士を目指して約束通り身体づくりに取り組んでいた。
「身軽で子どもの頃のアルフィリーガを思い出しますね。
真面目に鍛錬を続ければ、立派な戦士や騎士になれると思いますよ」
「あんまり子どもに武器を取らせたり、戦場に出したりはしたくないんですけれど」
「武器は人を傷つけるだけのものではありません。
自分と大切なものを守る為のものでもあるのですよ」
「そうですね」
「大丈夫です。しっかり心と一緒に教えていきますから」
安心できる場で、笑顔で過ごす、自由な子ども達。
「外国は面白かったぜ。シュトルムスルフトは砂の国でさ。
ざざーっと、見渡す限りの砂の大地を、ラクダに乗っていくんだ」
アルが身振り手振りを取り入れて話す外国の土産話を、子ども達はみんな目を輝かせて聞いている。
それを暖かい眼差しで見守る優しい大人。
私的にはそれだけあれば、作れれば、守れれば幸せなのだけれど。
子ども達の眩しさに、目を細める私の頭の中に声と意思が届く。
『マリカ。シュヴェールヴァッフェ達が来る前に時間を貰えるかい?』
『今の状況について話しておかねばならぬことがあるからな』
「解りました」
どうやらそう簡単にはいかないようだ。
子ども達は成長し、世界も私達も否応なく変わっていく。
それは仕方のない事なのだろう。
でもただ、一つ。
「どうかなさいましたか? マリカ様?」
「ううん、なんでもない」
私を見つめるエルフィリーネの微笑み。
それだけは始めて出会ったあの日から、何一つ変わってはいないと感じている。
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