降ってわいたお休み。
オリーヴァ畑見学ツアー。
フェリーチェ様が同行して来るのは当然だと思っていたけれど、まさか騎士団長が来て下さるとは思っていなかった。
「久しぶりに、少年騎士と手合わせをしたくてな」
「ルイヴィル。そういうのは後にして下さい。
今回は姫君の護衛ですよ」
「そうですな。これは失礼」
公子妃に叱られても豪快に笑うルイヴィル様はフリュッスカイトの盾。
難攻と不落の騎士将軍と呼ばれている重騎士だ。
今は、鎧を身に着けておらず腰に剣を帯びているだけだけれど、鎧の防御力に頼っただけの置物(失礼)では勿論ない。
超重量の鎧を纏いながらも、大剣を振るい敵を引きつけ、駆逐する膂力があってこその盾、なのだ。
アルケディウスの護衛騎士達を率いるリオンの邪魔をしない様にか、フリュッスカイトから寄越された護衛はルイヴィル様だけだけれど、百人力だと思う。
色々な意味で。
城を出て、降りて来た時と同じ艀からゴンドラに乗る。
穏やかな水路の流れをゴンドラで行くのは気持ちいい。
ゴンドラで街の外れまで来て、そこで待たせていた馬車に乗り換えて出発した。
馬車の中にいるのは、私、カマラ、ノアールとセリーナ。
お目付け役のミーティラ様。ミュールズさんは部屋の支度でお留守番。
そして、もう一人。
「母上に部屋に籠ってばかりではなく、外に出なさいと追い出されました。
御同行させて頂けると嬉しいです」
と苦笑する少年公 ソレイル様。
私個人としては反対する理由は無いのでお受けすることにした。
因みにソレイル様は私と一緒の馬車に乗っている。
「公、と言っても要するに臣下です。あまりお気になさらず。
友人のように接して頂けると嬉しいです」
とおっしゃる口調には、少し苦い思いが感じられた。
「何せ、城には同じ年頃の子どもなんて一人としていませんからね。
側近も、世話係も皆、大人で、正直自分と同じ年頃の子どもと話すのは姫君が初めてかもしれないです」
「ソレイル様……」
「正直、この歳まで城を出た事さえ記憶にあるのは、両手で数えられるくらいです。
だから、まだ馬にも乗れなくて……」
舞踏会ではサラッと流されたけれど、フリュッスカイトでは、基本的に十六歳。
成人になるまでは王の子は皆、兄も弟も下手すれば男女の差も無く、等しく『公』、臣下として扱われるのだそうだ。
十六歳になるまでの間は城で親と一緒に過ごし、公子、所謂王族の資格を得るべく図書室の謎に挑む。
謎が解けず、王族の資格を得られなかった場合には城を出て、『公爵』の称号を受け、臣下として職務に就く。
公子になれた場合には、城に残って、引き続き君主としての教育を受ける事になる。
とのこと。
「本も勉強も嫌いでは無いですが、城でただ一人、本と向かい合う日々はちょっと切なくて。
兄上達のように仕事をしている訳ても無いので、たまに辛くなることもあります。
それで、母上は気分転換せよと言って下さったのかもしれません」
……意地の悪い考え方をすれば、フリュッスカイトも他国のように私を取り込む為、一番歳が近いソレイル様を近づけて懐柔しようとしているのかもしれない。
でも、胸が詰まる様な眼差しは、きっと嘘では無く本当。
彼は間違いなく寂しいのだ。
「ソレイル様。もしよろしければアルケディウスの滞在期間の間だけでも、色々とお話しませんか?」
「え? いいんですか?」
「結婚して欲しいとか、レシピを教えろ、とかそういうのは困りますけど、同じ年頃の者どうしておしゃべりできたら、楽しいと思うのです。
公子がおっしゃったとおり、私の随員、子どもがけっこういますので。
下が八歳で、上が護衛騎士や魔術師で十三才まで十人くらい」
「そんなに!」
「はい。もし必要でしたら公主様の許可は私が取りますので」
「いえ、自分で母上に頼みます。どうか、よろしくお願いします!」
「マリカ様……」
ちょっと心配そうな顔でカマラが私を見る。
「大丈夫。皆には私が話すから」
また勝手をして、って怒られるかな。とちょっと不安になるけど今回に関しては怒られてもいい。
寂しい子どもを放っておくなんて保育士として絶対できないもん。
さて、馬車で一刻程。
街からそう遠くない山間の開けた農園に私達は辿り着いた。
「うわー、すごい。
銀の森」
程よい高さに剪定された木が、そこかしこに植えられている様子は正しく果樹園って感じ。
この世界。畑はあっても『果樹園』。『果樹を育てる』っていうのは、ワインを作る葡萄園以外無かったみたいだからちょっと新鮮だ。
そしてオリーヴァの実がいっぱい実っている。
本当に今が収穫期らしい。緑の実が殆どだけれど、紅く色づいたものや、赤と紫が混じりあったような不思議な色のオリーヴァもある。
私の中ではオリーブっていうと、塩漬けパックの緑のものや、缶詰のアンチョビの上とかに乗っている黒い薄切りのイメージ。
こんなたわわに色鮮やかに、木になっているのを見るのはあっちでもこっちでも初めてだと思う。
そして、銀葉、と公主様がおっしゃったように、遠目で見ると本当に白を宿した白銀に見える。
葉っぱはそんなに真っ白じゃないのに不思議。
「ここは公主家の直轄領です。
マルスリーヌ商会は、公主家に委託されてオリーヴァの栽培、収穫、採油を行っております。それを加工、販売するのが我々スメーチカ商会にございます」
「直轄領を任されるなんて信頼されているのですね。
ああ、フェリーチェ様と公子の出会いもその関係で?」
「父……スメーチカ商会の商会長も、マルスリーヌ商会のカージュも貴族位を授けて頂いています。化粧品、石鹸、クリームなどの製法は王家から授けられてたもので。
その研究の過程で、公子と出会い見初められ……。と、そんな話は別にいいのです!
カージュはどこかしら? 待っている筈なのに……」
私の質問に顔を真っ赤にしたフェリーチェ様は、逃げるようにして周囲を伺う。
と、その時響く
「キャアアア!!」
甲高い叫び声!
「悲鳴?」「なんだ!」「どこから!?」
慌てる私達をしり目にリオンとルイヴィル様は同じ方向にダッシュをかける。
「魔性かも知れない。カマラ。マリカ達の側を離れるな!
アーサー。クリス、クレスト、アル!
非戦闘員を守れ! ミーティラ様、後をお願いします。
……フェイ!」
「解りました」
「リオン!」
一度だけ振り返り、そう指示を飛ばすと後は一目散、前を向いて走っていく。
後を追いかけるフェイ。
行先は……採油倉庫らしい建物の裏?
「!」
「お待ちなさい! 近づかないでここで待っているのです!」
心配で走り出しかけた私の首元を、ミーティラ様の手が掴む。
「だって、リオン達が……」
「心配なのは解りますが、貴女が行く方が邪魔になります。
余計なことをせず、待ってなさい!」
まったくもってその通りではあるのだけれど、頭ではわかっているのだけれど。
感情はそう簡単に納得できないわけで。
もやもや悶々と待つ事、多分ほんの少し。
「リオン!」「ルイヴィル……」
「もう大丈夫だ。魔性どもは片付けた」
「良かった……。無事戻って来てくれて」
リオン達が無事に戻ってきて、私はようやく、ホッと肩の力を抜く事ができたのだった。
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