「まずは、今回の件についてシュトルムスルフトを『精霊神』より預かる者として、アルケディウスの皆様には深く謝罪申し上げます」
私達とマクハーン王太子の会見の場として設定されたのは、正式な謁見の間ではなく多分非公式の、来客用の応接室。
大きなテーブルを挟んで私と、王太子様が向かい合う。
テーブルの上にはお詫びか、それとも何か理由があるのか、木の箱が置かれている。
「もうお身体の方は大丈夫なのですか?」
「別に怪我をした、とかではありません。その点『精霊神』様はお気遣い下さっていましたから。
倒れたのは純粋に、体力、気力を消耗したのと筋肉痛です。
ご心配をおかけしました」
部屋にいるのはごく僅かな騎士と、側近達のみ。
片手で足りるくらい。
王妃様もいらっしゃらない。
アルケディウス側にいるのは私、カマラ、リオン、フェイ。そして、ぜひ直接謝罪したい、との指名で呼び出されたセリーナだ。
……セリーナは捕らえられている間、シャッハラール王子や配下達に辱めを受けていた。
かなり、拷問じみたこともされていたらしい。
傷は治療したけれど、女の子にとっては一番辛い目に遭ったことで身体的ショックが大きかった。
一晩休息してからは元気を取り戻し
「私は、娼館育ちです。どうぞお気になさらず」
と言ってくれた。でもそうはいかない。
何か欲しいものはないか、して欲しいことはないか、って私は聞いたのだけれど
「これからも、お側においてください。
魔術師よりも、私は侍女の方が好きで、向いていると実感しました。
いつか、ミュールズ様のような、マリカ様の筆頭女官になるのが私の夢なんです」
「ありがとう」
って逆に励まされてしまった。
私がミュールズさん以外に女官の長を選ぶとしたら、最初からセリーナ以外にはいないのだけれどね。
で、話は戻ってマクハーン王太子との会談。
「我々の身勝手に皆様を巻き込み、あげくの果て、人としての尊厳を傷つけるような真似をした父と兄の所業は恥じ入るばかりです」
深々と頭を下げるマクハーン王太子。
「終わってしまったことは、取り戻せません。
ですが、新しく始めることはきっと可能です。
今まで、シュトルムスルフトとは殆ど国交もありませんでしたが、これをきっかけに良い関係を築いていけたらと存じます」
「寛大なご配慮、心から御礼申し上げます」
定型の挨拶だけれど、思いに嘘偽りはない。
フェイとシュルーストラムの故郷だと解った事でもあるし、仲良くできればうれしい。
「セリーナ、と言ったか。君には特に迷惑をかけた。
何か望みがあるのなら、できる限り叶えるので言って欲しい」
私に頭を下げたあと、今度はセリーナに向き合うマクハーン様。
でも、セリーナの答えは私の時とほぼ同じで。
一つ違っていたのは
「ただ、もし厚かましくも一つ願うことを許されるのであるのなら、私の師であり、アルケディウスにおける、皇王の魔術師。フェイ様の自由を。
アルケディウスへの帰国をお許し頂きたく存じます」
「セリーナ……」
フェイの自由を願ってくれたことだ。
例の騒動で、フェイが転移術を使う魔術師であることはバレている。
第一王子や普通の人達は杖持ちの魔術師、くらいに思ってくれるかもしれないけど『精霊神』の依り代になったマクハーン様には解っている筈だ。
フェイの杖がシュトルムスルフトから取り上げられた『風の王の杖』
シュルーストラムであることが。
マクハーン様は、顔を上げて、私を、そしてその後ろに立つフェイに静かに微笑む。
「姫君。
姫君はもう、私の性別が女であることにお気付きですね」
「え? あ、はい。でも、そんなに簡単に口にして良いのですか?」
思った以上にあっさり、私達に秘密を口にするマクハーン様にちょっと驚いた。
でも、マクハーン様は小さく頭を振る。
「ここにいるのは、母上が厳選し五百年我々に仕えた信用のおける者達です。
加え部屋は防音処置が完璧に施されています。特別な精霊の力が壁などに編まれているのだとか。
ですから、皆さんが口にしない限りは外に漏れることはありません。
正式な即位の暁には、公表しようかとも思っておりますし」
私達は勿論、秘密を吹聴するつもりはない。
それに確かに早めに公表しておいた方がいい事案ではある。
後からバレるとスキャンダルとして騒ぎになりかねない。
「私は、双子として生を受けました。
ですが、まだ三歳にもならないうちに兄が流行り病で死亡、王継承権を持たない私だけが残ったのを憂いた母が、私と兄を入れ替え王子として育てたのです。
入れ替わりに際し、母は苛烈なまでの手段を使ったと聞いています。王宮の検死の為に乳母の娘が死を賜り、兄は王族として墓地に入ることも許されず密かに埋葬されたと聞いています。
他にも多くの犠牲を払って得た『王太子』の地位。
私には選択の余地は無かったのですが『王太子』でありながら『聖なる乙女』の立場でもある私は、どうやら他の者とは違う、不思議な力があるようなのです」
そう言うと、マクハーン様は木箱を開き、中に入ってたものを取り出した。
サークレットだ。
私がお母様から預かったプラーミァのものとよく似たカレドナイトと、白金を組み合わせた。
そのサークレットを取り出し、頭に被り、目を閉じる。
と、その瞬間、マクハーン様の姿がかき消すように消えた。
背後に騒めきと気配を感じて振り返ればそこにはマクハーン様、驚いて瞬きする間にその姿は消え、元の場所に戻った。
転移術かな、とおもったけれどちょっと違う感じ。
むしろリオンの『能力』に近い?
「サークレットを身に着けている時だけ、私は私自身と、手に触れた者を人間ごと移動させることができます。父や兄弟はもちろん、母にさえ、知らせたのはファイルーズの件以降のこと。
秘中の秘。
この力を使い、ファイルーズを王宮から逃がしたのは私なのです」
「え?」
そう言ってマクハーン王太子は語り始めた。
ファイルーズ王女失踪の真実。その欠片を。
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