式典の日。
衣装の着付けはマイアさんや、ミュールズさんが手伝ってくれたけれど、最後の仕上げは神殿長就任の時のようにお母様がしてくれた。
白いドレスに、金糸銀糸の縫い取りの入った紅い直垂。ベルベッドのマントも同じ色。
肩にかかるのはこれから私が背負う責任の重さだろうか。
頭には透き通るようなヴェール。プラーミァのサークレットで頭に止めた。
「こんなに早く、貴女を家から送り出すとは思わなかったわ」
ドレスの裾を直し、ヴェールを整えながらお母様が苦笑している。
「結婚式の花嫁支度のようですね」
「そうね。そうだったら本当に嬉しかったのだけれども」
お母様はそう言って私の口に紅を塗り、耳後ろに香油を塗って下さった。
この口紅も香油も、作った時、お母様に驚かれたっけ。
ちょっとしたことに、アルケディウスでお母様と共に過ごした二年間の思い出が込み上げてくる。
準備が終わるとお母様にエスコートされて、大聖堂の扉の前へ。
繋いでくれる掌のぬくもりにさえ、出会ったばかりの頃、一緒に手を繋いで歩いた時の事を思い出してしまう。
「泣いてはダメよ。マリカ」
零れ落ちそうになるものをお母様の声と、頬に当てられた手で必死に抑えた。
「貴女はこれから、この国を導く者として最高に美しい姿を民に見せなくてはならないのだから」
そうだ。
私は首を上げ、雫を拭い、前を向いた。
お母様に行儀作法を習った時にも教わった。
いついかなる時も、揺るぎなく、前を向いて。
上に立つ者が迷っていたら、後ろに付いてくる人達も迷ってしまう。
「弱音を吐いて、子どもに戻るのは私達の前で。
心配しないで。貴女の帰る場所はいつでも、ちゃんとありますから」
「お母様」
「こんなに早く手放したくはなかったけれど。
胸を貼って進みなさい。貴女は私の誇りです」
最後に、お母様は、私をそっと胸元に抱きしめてくれた。
衣装がちょっと乱れたかもだけれど、それよりも大事なものがある。
優しく、暖かい腕の中で少しだけ、子ども心に戻ってから。
私は顔を上げた。
それを待っていたかのように。
「大神官、入場」
聖堂の大扉が開き、煌びやかで厳粛な『神殿』の世界が私の前に広がる。
「行ってきます。お母様」
「いってらっしゃい」
扉の向こう。
最後のエスコートに立つのはお父様だ。
リオンとフェイは祭壇の下で控えるように跪いている。
お父様に手を引かれ、私は大聖堂の真ん中に敷かれた絨毯を歩く。
さっきも思ったけれどこれが結婚式のヴァージンロードだったら良かったのに、とちょっと思った。
両脇に並べられた長椅子には、各国王や重臣達。無理を言って来てもらったゲシュマック商会の顔も見える。
壁沿いには司祭達がずらりと並ぶ。
もう後戻りはできないのだと思うと緊張で震えが止まらない。
でも
「肩の力を抜け」
私の手の震えに気付いたのだろうか。お父様が私にだけ聞こえるような小さな声で囁く。
「お父様」
「別に失敗したってどうってことはない。
お前の思い通りに。遊んでくるくらいの気持ちでやってこい」
「はい。ありがとうございます」
お母様と、お父様。
お二人のおかげでいい感じに肩の力も抜けた。
祭壇の前で、お父様は手を離し跪く。
私は一人、壇上に上がり、神官長の前に。
膝をついて目を閉じる。
静謐な空気の中、儀式が始まる。
「尊き神々よ、御身の前に立つ、聖なる者に祝福を」
神へ捧げる祝詞を聞きながら、私は今までの事を思い出していた。
魔王城で目覚めてから今までの事を色々と。
「ここに在りしは精霊の祝福と、深き信仰と純潔の心を持つる者。
強き意思をもって人々を導く使命を弁えし者。
御身に仕え、世を導く任務を遂行するに相応しい者なり。
彼女の勇気と決意は、精霊の加護と共にあり、我らが大陸に平和と発展をもたらすことでしょう」
フラーブの緊張交じりの祝詞に苦笑する。
私には信仰は無い。きっぱりない。でも意思の強さには自信がある。
この『星』に生きる子ども達を守り、彼らが自由に生きられる環境を作る。
リオンや、フェイ、アルと一緒に誓った約束は今も胸に。
それを果たす為に、私は邁進していくだけだ
「聖なる乙女よ。神の子らを導く者よ。
『神』と『星』と『精霊』の期待と願いを胸に秘め、その使命を果たすべし。
神聖なる光を導き、闇を払い、理想への道を歩みましょう。
我らはあなたの側に仕え、力を貸すことをここに誓います」
フラーブは祝詞を告げ終わると、私に大神官が持っていた杖。
新年に、神が力を与えた杖を私に手渡し逆に今度は跪いた。
「『神』と『星』と『精霊』の名において。
聖なる任務に立つ聖なる乙女に栄光あれ。
『神』の力と愛が、いつもあなたと共にありますように。
大神官となられた方よ。
我らと共にアースガイアの地に奇跡と光を齎さんことを」
今度は私が立ってフラーブを見下ろし、くるりと反転、客席に向かい合う。
わー。凄い。皆、本気で私を見ている。
私は杖を持って深呼吸。
ここでデモンストレーション。
大きく掲げて光の精霊に呼びかけた。媒介にしたのは杖ではなく、カレドナイトの指輪だったけれど。
大聖堂全体に降り注ぐように光の粉が舞う。光の精霊達が来て、祝福してくれている。
『神』の奇跡も『精霊』の力も。
同じ機構の中で行われるものだから。私にも『奇跡』という名の魔術は使えるのだ。
「私は、ここに誓います。この星に生きる一人の人間として。
人々が幸せに笑いあえる世界を作る為、守る為に、全力を尽くすことを」
「聖なる乙女の勇気と信念が、永遠に輝き、星を照らし続けますように」
人々の、視線と、祈りの中、私はまた思い出す。
私が、私として目覚めて、最初の日。
リオン達とした約束を。
あれが、私の原点。そして、この星の変革の始まりだった。
「この不老不死の世界に。『俺達』なんかいらない、って言った世界に逆襲してやること」
「逆襲、は大げさですけど。せめて子どもが自分の意思で、自分の道を選べる、生きる事ができる世界を取り戻したいって思うんですよ」
「それが、オレ達の夢なんだ」
子どもなどいらない、と言った世界で、私はここまで上がってくることができた。
少しずつ、子どもの意味や、価値を知らしめて、居場所も獲得してきた。
自分の意志で、自分の道を選ぶことができる。そんな世界を自惚れだし、まだ完成には程遠いけれど作って来れたと思う。
でも逆襲はまだ終わりじゃない。
むしろこれからだ。
お母様がおっしゃった通り、大神官の立場を利用して児童と母子保護を各国に制定して、同時に食文化や、芸術、科学、化学。新しい文化を開かせ、広げていく。
『神』が白紙委任した二年間で、私達も力をつけ、貯める。
ノアールと、できればエリクスも助けたい。
そしてもう一度、『神』とちゃんと向き合うのだ。
大丈夫。きっとできる。
壇上から下を見下ろせば、リオンにフェイ。アルもいる。
お父様にお母様。アルケディウスの皆に、各国の王族の方々も。
私は一人では無いのだから。
私は杖を高く掲げ。
『星』に、大地に、そして、今まで出会ってきた人達に誓う。
マリカ 十二歳。
大聖都で、子ども達を守る保育士魔王兼神官始めます。
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