【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 聖なる乙女の復活

公開日時: 2022年3月12日(土) 07:58
文字数:5,759

 ちょっと待って。ちょっと待って、ホント―にちょっと待って。


「どういう意味ですか?

 私が何故、戦場に同行を、と求められるのですか?」


 跪いた白銀の騎士に私は慌てて手を振った。

 意味が解らない。なんで私が必要とされるかがホント―に解らない。


「そうです! この方に貴方達は一体何を望んでいるのですか?」

「それは、勿論、聖なる乙女の祝福。

 魔性と戦う兵士達の心と身体を奮い立たせる力にございます」

「私にはそんな力はありません。人を癒す事も奇跡を起こす力もありませんよ」


 …実はまったく無いわけじゃあないけれど、今、使って見せる事はできない。

 不老不死者の前、ましてや大聖都で騎士に請われて戦いの場で、なんて絶対無理だ。

 慌てる私に騎士、レドウニツェと名乗った男性はニヤリと口元を歪めて見せた。


「ご安心を、と言っては失礼ですが、姫君に魔術師や神官のような力を望んではおりません。

 我々が、姫君にお願いしたいのは、戦場に共に在り兵士達を見つめる事。

 ただ、それだけにございます」

「何故です?」

「『聖なる乙女』が側にいる。それだけで兵士達の意気が上がるのです。

 此度、城下町に現れた魔性は飛行魔性と獣型魔性。

 単体や数体で在れば大した敵ではありませんが、何故か今回は100どころか200さえも超えているとの話。

 平和な世で戦いに慣れていない者の中には後れを取る者もいるやもしれません。

 さらにはアルケディウスからの報告では、不老不死者さえも傷つける爪と牙を持っている、とも」


 ビエイリークでの魔性襲撃の報告を思い出す。

 あの時も死者こそ出なかったが重傷者は出た。

 私には違いが分からないけれど、今までの不老不死世界にごく稀に出たというそれとは違う、危険な進化を遂げている可能性がある、と。


「そんな戦場で、守るべき姫が側にいる。

 その事実以上に兵士、騎士を奮い立たせるものはありません。

 神官長より『聖なる乙女のある戦場に敗北無し。力を賜われ』とのお言葉も頂いております。

『乙女がいなければ、取り返しのつかない被害が出るだろう、』とも。

 各国の勇士にも協力を仰いでおります。貴国からも守備隊長の少年騎士が魔術師と共に来るとのこと。

『乙女』は必ずや我々が守り、指一本触れさせることは致しませんので、なにとぞお願いいたします」


 要するに飾り物の偶像として側にいて、士気を高めて欲しい、という話なのか。


 私には自分が『聖なる乙女』である自覚なんて全くないし、


『お前は聖なる乙女だ。故にこれこれこういう仕事をしろ』


 なんて指示、命令された訳でもないからやる筋合いはない。

 でも…


「私がいる事で、兵士や騎士達が奮い立ち有利に戦えるのですね」

「マリカ様!」

「はい。間違いなく」

「私を守って下さると、お約束頂けますか?」

「必ずや」

「では、参ります。ミーティラさ…ミーティラ。

 共と護衛を頼めますか?」

「何故です? このような要請受ける必要はないのですよ?」

「魔性との戦いは油断すれば不老不死者さえも死に至る可能性がある、とお父様がおっしゃっていました。

 リオンとフェイが参加するのなら彼らはより危険ですし…何より胸騒ぎがするのです」


 心配して抗議してくれようとするミーティラ様に私は首を横に振る。

 今までの世にはいなかった魔性の大群の襲撃、しかもその場にエリクスが。

 …嫌な予感しかない。

 リオンやフェイは魔性程度簡単に捌くだろうけれど、エリクスは大丈夫だろうか?


「お飾りでも良いのです。

 私が行く事、立つ事で誰かが助かるというのなら、私は行きます。

 着替えている暇はないので、このままで良いですか?」

「姫君の勇気とお心に感謝を。

 では、失礼をして!」

「キャア!」


 いきなり伸びた手が私を軽く抱き上げたのだ。

 鎧が全身を包んでいるので体温を感じたりするわけではないけれど、リオンやライオット皇子、プラーミァの兄王様のような気心の知れた相手ではないので、緊張する。


「何をするのですか?」

「一刻を争うのです。姫君の御身に触れるお許しをどうか?」

「私が共に参ります! 降ろしなさい!」

「解りました。では、玄関以降はお任せいたします。どうかしっかり捕まっていて下さい」


 正直、決断してしまってからは本当に凄いスピードで事態が動き、何が何だかわからないくらいだったけれど。

 気が付けば、私は一刻もしないうちに魔性襲撃の現場に立っていたのだった。



「マリカ?」「何故マリカがここに?」


 現場に付けば本当に、既に神殿の兵士や騎士、各国の守護騎士と思われる戦士たちが戦端を開いていた。

 

「状況は?」

「何故、マリカを連れて来た!」


 部下に確認するレドウニツェにリオンが駆け寄りくってかかる。


「『聖なる乙女の加護を賜ればこの戦いは無傷で勝利できる。

 さもなくば取り返しのつかない被害が出るだろう』と神官長が予言されたのだ。

 貴公も気付いているだろう? この戦場の異常さを」


 敵に向けて顎をしゃくって見せるレドウニツェにリオンはグッと言葉を無くす。

 確かに異常だ。

 天上も、地上も埋め尽くさんばかりの魔性の群れ。200以上と言われたけれどこれは500に迫るのではないだろうか?


「正直、話をしている間も欲しい。

 偶然襲撃に出くわし、食い止めていたというエリクスの姿も見えない。とにかく一刻も早く魔性共を駆逐しなければならない、と理解してくれ」


 鞘から剣を引き抜きリオンを見つめるレドウニツェに、解った、とはリオンは応えなかった。

 代わりに


「ミーティラ! マリカを絶対に最奥から動かすな! そこまで絶対に敵は近づけないから」

「解りました」


 声と約束が届く。

 頼もしい私の勇者は、既にその身を戦場に燕のように翻し跳び戻って行った。


 戦場を照らすのは、フェイや多分、他国の精霊術士が召喚した魔術の灯りと月明かりだけ。

 見れば、本当にリオンやフェイだけではなくルイヴィル様やカーンさんの姿も見える。

 獅子奮迅の戦いぶりだ。


「マリカ様?」


 私はぺたんと膝を付いた。

 私の役割が、偶像だというのであるのなら、せめて皆が守りがいのある偶像を演じよう。

 目を閉じ、両掌を合わせる。


 どうか、リオンや、フェイや、皆が…無事でこの戦いを乗り切れますように…。


 

 私の祈りに即物的な効果は無いだろうけれど、各国歴戦の勇士が連携して戦っているので半刻もしないうちに敵の数は目に見えて減ってきた。

 実際に魔性の爪や牙に傷を付けられ、後方に下がってきた兵士も何人かいる。

 でも安静にして体感五分くらいすれば傷が塞がっていくのは本当に魔法を見ているようで不思議な感じ。


「無理はなさらないで下さいね」

「ありがとうございます」


 こちらの戦力はほぼ目減りせず、減っていくのは相手だけだからこちらに敗北は無いだろう。

 能天気に思っていたその時に『現実』が迫ってきた。


「隊長! 姫君!! エリクス様が!!」


 全身を紅の血で染めた、エリクスが運び込まれてきたのだ。




「エリクス様!!」


 私は騎士達が最奥の私の側、一番安全な所に運び込んで来たエリクスに駆け寄り様子を見る。

 体中のあちらこちらに大小の傷がついて、一番大きな右腕の傷からはまだ、ドクドクと血が流れている。

 考えていた嫌な予感が、最悪の形でやってきた。


 彼は、まだ不老不死を得ていない、子どもだ。

 このまま放っておいたら命が無くなる未来しかない。



「民や、小姓が避難した小屋を守るようにして戦っておられました。

 ほんの、ほんの今少し前までは意識があったのですが…」

「見せて下さい! ミーティラ、剣を貸して! それから、水を探してきて!」

「何に…いえ、解りました」


 地べたに寝かせられたエリクスの側に近寄り、私は顔を近づけ声をかける。


「エリクス様! 聞こえますか? エリクス様?」


 反応がない。呼吸も…ない。

 心臓の動きも、止まっている。


「まさか、勇者様が…死…」

「呼吸と心臓が、一時的に止まっているだけ。まだ死んではいません!」


 多分外傷出血のショックによる心肺停止状態。


 迷っている暇は無かった。

 私は訓練されてきた前世の身体の記憶のままに動く。

 保育士だった時代、必ず年に一度か二度、応急手当の研修はあった。

 止血と心臓マッサージ、その方法はみっちりと叩きこまれている。


 まずは止血。

 手近な布が無かったのでミーティラ様から借りた剣で、羽織っていた防寒用の上着を脱いで、びりり切り裂く。


「姫君?」


 エリクスを運んできた騎士が目を剥いているけれど、気にしている余裕はない。

 肩口にきつく、止血帯を巻いて傷口の止血を行う。


(お願い、止まって!)


 祈りを込めて血止めを行うと、首を上げ、気道を確保。

 あとは心臓マッサージを開始する。


「そこの貴方! 私がやることを見ていて下さい。そして、やり方を覚えて代わって欲しいのです」

「一体何を?」

「口答えしないで! 皇女の命令です!」

「は、はい!!」


 小さな子どもの身体では今一力が入らない。

 とにかく今は一分、一秒が惜しい。言い争いしている暇はないのだ。


 手のひらの付け根部分にもう一つの手を重ね、腕は真っ直ぐ。

 渾身の力を込めて胸骨を押し続ける。 

 一分間に100回以上と習ったからとにかく、同じペースで力を入れて。


「代わって下さい! お願いします!!」

「解りました」

「ここから手を動かさないで。胸が少し沈み込むくらいの深さまで押し続けて!」

「はい!」


 そうこうしている間に、もう一人騎士さんが来てくれたので、二人に交代で心臓マッサージをお願いしながら、私はミーティラ様が運んできてくれた水で、布を濡らし、血だらけのエリクスの顔を拭く。

 唇が青紫に代わってチアノーゼが出始めている。

 瞳孔も開いている。

 ほんの少し前までは意識があった、と聞いていたからまだ、意識が無くなって五分と経っていないだろう。

 でも、救急救命において五分以上脳に酸素がいかないのは致命的だ。


 仕方ない。子どもの、命には代えられない。 


 私は彼の鼻を摘み、顎を上げ、


「姫君?」


 その唇に自分の唇を重ねた。

 マウストウマウス。

 人工呼吸法だ。

 酸素を直接送り込む方法を、私はこれ以外思いつかない。

 ゆっくりと、胸が膨らむのを確認して私は唇を放した。


「気にせずお二人はマッサージを続けて!」

「は、はい!!」


 心臓マッサージを騎士さん二人に任せて、私は二回目の息を吹き込む。


(お願い! 息をして!!)


 胸が上がり、呼吸が抜けていくのとほぼ同時。


「あっ!」


 トクン

 小さな手ごたえが伝わったのを私は感じた。

 閉じられた瞼がひくつき、とった手首に微かではあるけれど脈動が戻っている。

 

「手を放して!! 心臓が動き始めました!」


 鼓動が戻れば必要以上のマッサージは危険。

 騎士さん達の手を借りて、彼を回復体位(横向きに手を伸ばす様な形に)寝させる。

 その横に、私はペタンと膝を落とした。

 顔を寄せて呼吸の再開を確認してから、少し止血帯を緩める。

 幸い、一番大きな外傷からの出血は止まっていた。

 リオンがずっと昔、魔王城で怪我をした時は守護精霊が傷を塞いでくれたけれど、ここでは…もう後は本人の気力に任せるしかない。

 意識が戻れば、少し安心できるのだけれども…


「エリクス様、目を開けて下さいませ!!」

「…姫…ぎ…み?」


 私の声が、聞こえたせい、ではないと思う。

 でも、エリクスがゆっくりと目を開ける。

 若葉の碧のような澄んだ暖かい色合いが、私を見つめている。


「エリクス様!」

「貴女の…声が、聞こえました…。

 僕は、勇者を笠にきず…民を、守りました。

 褒めて…下さいますか?」


 縋る子犬のような眼差しで、私を見る少年の額に手を置くと、私は静かに頷いて見せる。


「ええ、とても頑張りましたね。偉かったですよ」

「…ありがとう…ございます…」

 

 そっと、なでなで。

 頑張った子どもを褒める、向こうの世界から慣れた仕草で彼の頭を撫でると、エリクスは安心したように目を閉じた。


「エリクス様!?」


 意識を失ったエリクスに騎士や、小屋から出て来たらしいエレシウス少年や小姓達が心配そうな声を上げるけれど、呼吸は穏やかだし、血も止まっている。


「多分、もう大丈夫です。脳の傷害なども今のところは心配無さそう。

 なるべく揺らさないようにそっと、大神殿に運んで頂けますか?」

「解りました」

「エレシウス君、暫くエリクス様は安静にするようにと伝えて下さい。

 不老不死者と違って子どもは、直ぐに傷は塞がりませんし、後遺症も残るかもしれませんから」

「かしこまりました。僕達とエリクス様をお助け下さり、ありがとうございます」

「エリクス様はともかく、皆さんを助けたのは私ではありませんよ。

 騎士団や各国の戦士の方々…って、え?」


 私に跪き、礼を捧げる小姓の少年達に私が、手を振った正にその瞬間だ。

 ザザッ!

 と私の後ろで、何か重い音がしたのは。

 一つや二つではない。とんでもない数の何かが地面を打ったのだ。


 振り返る私は、そこに見えたものに目を疑い、硬直した。

 背後に見える騎士、戦士達。

 いつの間にか、魔性をせん滅させたらしい彼等のほぼ全員が跪き、その視線を向けていたからだ。

 私に。


「神官長の予言は、真実であった」


 え?何?

 レドウニツェがほぼ最前列、私の真後ろで声を上げた。

 命令に慣れた、上に立つ者の朗々たる声は、不思議な静寂が支配する紫色の空間に、驚くほどに響き渡る。  


「今、我々は聖なる乙女の伝説を目の当たりにしたのだ。

 我らに勝利と祝福を与えたもうた『乙女』に感謝を。

 魔性の増加、魔王の復活は怖ろしくとも、我らに『勇者の転生』と、『聖なる乙女』が揃った今怖れるものは何もない!

 そして真実、力を持つ『聖なる乙女』の復活を寿ごうではないか!」


 うおおおっ!! 


「聖なる乙女の復活だ!」

「神に感謝を!!」

「ち、違います。落ちついて!!」


 大地を揺らすような唸り声に、歓喜に満ちた言葉が混じる。

 場に集った戦士達全ての、恐ろしいまでの熱に私の否定は簡単にかき消されてしまった。

 背筋が寒くなる。

 戦闘は終わったというのに彼等の熱狂は、まるで戦いの開始を告げる鬨の声のように勢いを増していく。


 私はそれを見つめながら、ただただ立ち尽くすしかできなかった。




 背後から、感じる光に振り返る。

 いつの間にか、夜が明けていたらしい。

 

 逆光になって、ここからは戦士達の顔はもう良く見えないけれど、場の端に立つリオンとフェイの顔はびっくりする程良く見えたし聞こえた。


 


 何かを思い噛みしめるような瞑目の表情と


「やられた…」


 そんな呟きがはっきりと。



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