【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

水国 アル視点 消えた統括主任

公開日時: 2024年8月1日(木) 07:16
文字数:2,924

 その手紙を無視できなかったのは、多分諦めきれなかったからだ。

 自分にも、命の源たる親がいて、自分を愛して産んでくれたのだという事を。

 数年前、同じ境遇だと思っていたフェイ兄が実は、風国の王子様で。

 愛してくれた親が命がけで守って逃がしてくれたのだ、という話を知って以来。


 ずっと、心の中で願っていた。思っていた。

 自分にも命を、愛を与えてくれた親がいればいいのに。と。

 こんな厄介者いらないと、小金目当てに売りはらったのではなく、やむなく手放したとか、できれば誘拐されたとかで。いつか自分を探して迎えに来てくれればいいのにな。と。


「流石に夢見すぎだよな」


 解っている。

 そんな都合の良い話は滅多にない。フェイ兄にあったからと言って自分にも同じことが起きるとは限らない。いや、むしろ先例があった以上同じことは早々起きないと考えるのが普通だ。

 自分の境遇に今、何の不満も無いのだから贅沢を言うべきではない。甘い夢を見ていたら足元を掬われる。


「おい、何ボーっとしているんだ。お前はゲシュマック商会科学部の統括なんだぞ。

 面会依頼も山ほどあるんだ。とっとと書類の精査を進めてくれ」

「あ、すまない。クオレ。今やる」


 俺は宿屋の一室で、積み重ねられた書類に手を伸ばした。



 フリュッスカイトとアルケディウスの合弁事業。新型蒸気帆船の進水式は多少の騒ぎはあったものの、怪我人、死者もなく無事終了した。


「マリカ姉、大丈夫かな?」

「大丈夫だろ? 側にリオン兄もいたし」

「でも、わたし、マリカ姉があんなに凄い力を使うの初めて見たよ」

「ああ、そっか。エリセは初めてか」

「ほら、仕事の手が止まってる」

「ご、ごめん!」「ごめんなさい。私が話しかけたから」

「エリセちゃんが謝る必要は無いけどな。ほら、しっかりしろよ」


 クオレに尻を叩かれ(もちろん比喩だけど)つつ、オレは昨日の事を思い出す。

 オレもそれほどしょっちゅう見ているわけでは無いけれど『精霊神』がマリカを気に入っていて、時々力を使う為に身体を貸している。という話は聞いてるし、その光景を見たことも何回かはある。

 だから、エリセよりは慣れているし、理解しているつもりだ。

 ……マリカが、俺達とは違う存在だってことに。


 魔性達を追い払い、船を直したマリカは力を使いすぎてぶっ倒れたらしいけれど、いつもの事だし。

 少し休めば、直ぐに治って元気にまた動き回る筈だ。

 だから、オレはさして気にも留めず仕事に戻っていた。


 世界中の『新しい食』を牽引してきたゲシュマック商会は、今年から新しい事業に乗り出している。マリカ達が科学と呼ぶ様々な技術についてだ。

 金属加工、繊維技術、薬品化学。そしてそれらを使った新しい技術革新。

 プラーミァの新素材『ゴム』を使った改良型ドライジーネ、蒸気『エンジン』による車や、今回完成した蒸気機帆船など。流通、交通の分野に革命を起こしたそれらを元アルケディウスのギルド長。アインカウフのマリーチカ商会と共に纏めるのが、今、オレが任せられている科学部の仕事だ。


「ゴムの輸入についてはどうなっているんだ? マリーチカ商会からせっつかれているぞ」

「それはプラーミァの国王陛下がゲシュマック商会に優先して回して下さることになっている。各国でタイヤの需要が高まっているから、加工して的確に振り分けないとな」


 ゴムの加工方法についてはゲシュマック商会が独占させて貰っている。

 石油の流通と繊維化学に関してもだ。

 マリカの知識と、リオン兄、フェイ兄の解読した精霊古語の書物からの産物だから、諸国も渋々ながら従っている。本音では早く方法を公開して欲しいという所だろうけれど。


「式典の後も、大変だったもんね。

 王様達よりもたくさんの人が順番待ちしてなかった? うち」

「いや、リオン兄の方が多かったろ。女性陣が随分とすり寄ってたもんな」

「しかも若い子が多かった。羨ましい」

「クオレ……」


 式典ではオレ達ゲシュマック商会は、各国の王や大貴族からひっきりなしに取引の話を持ち掛けられたけれど、リオン兄に集まっていたのはまた別だ。

 貴族の娘や、商家の娘など女性が多かった。

 クオレじゃないけれど、この不老不死世で未婚の女性などまず存在しない。

 いるとすれば子ども上がりくらいなものだ。

 そういう者たちは大抵、道具として使われることになる。


 リオン兄一人が大神殿代表として参加していたから多分、リオン兄に近づいて、あわよくば篭絡しようと差し向けられたのだろう。一緒に婚約者マリカが出席していれば、また違ったと思うけれど。


「無駄な話だよな」


 息を吐く俺にクオレが肩を竦めて見せる。


「俺達は無駄だって解っているけど、向こうは多分、どんな小さな縁でもって気分なんだよ。

 リオン様とマリカ様、どちらかだけでも手に入れて、それが無理なら覚えめでたくなりたい。そうすれば、今よりもっと。ってな」

「まあ、そういう気持ちは解らないでもないけれど」

「お前にだって、ほら、またいっぱい見合いの話が来てる」


 クオレが指さした先には書類の小山ができている。

 ゲシュマック商会の大聖都支店&科学部統括宛てではなく、個人宛ての文書置きだ。

 さっきとは違う意味で息が零れてしまいそうな気分になる。


「また来たのか? 断ってくれって、言ってるのに。でなきゃせめて本店を通せって」


 オレが大聖都のゲシュマック商会を任せられるようになってから、軌道に乗るまでマリカや大神殿の後ろ盾があっても一年以上かかった。

 最初は子どもと侮られ、次は取り込もうと手を変え品を変えて仕掛けられ。

 オレへの見合いや、転職の誘いはその頃からずっとある。


「断った端から来るんだよ。本店に送れば旦那様に却下されるのが解ってるから、せめて警戒の薄い大聖都や旅先でってな。相手にもして貰えない所が多いからって必死なんだろ」

「水国まで追いかけて来られても迷惑だって」


 子どもだからと侮った商売をするような相手は、どんな大店であろうと蹴って構わないとガルフにもマリカにも言われている。

 丁度いいふるい落としだと。

 誠実な取引相手はむしろ、こういうことはしてこない。

 頭の固い老舗や大店が多い印象だ。後は大貴族とか。


「でもこれ処理しないうちは帰れないからな。とっととそっち仕上げて確認してくれよ」


 仕方なくオレは書類を上げた後、手紙の精査に入った。

 封を開き中身を確認する。

 お断りの文書は定型があるので、気を使わなければならなそうな相手以外は代筆に回す。

 こっちはシュトルムスルフトの大貴族、これはアーヴェントルクの商人。

 国の上層部や王族は、マリカを通じて知り合いもいるし、話が解る人が多い印象だけれども下に行くほど濁りがたまっている印象だ。旅先まで追いかけて、礼儀も湧きまえず迫ってくるような相手とはまともな商売はできないだろうと思う。


「あれ?」


 その中にふと目立つ文書があった。

 上質の羊皮紙に、正式なリボンと封蝋。


「これはヒンメルヴェルエクトの王家の紋章?」


 まるで公式書類のよう。

 なんでこんな文書がオレの私的連絡の中に?

 もし取引か何かの用件だったらヤバいかも。

 オレは慌てて文書を開いた。


 ヒンメルヴェルエクト 宮廷魔術師 オルクスの名前で届けられた手紙に目を通したオレは身体に来る震えを止めることができずにいた。


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