『精霊の復活の為に力を貸してくれ』
国王陛下にそう言われて私は素直に『精霊神』を復活させて欲しい、という意味だと思った。フリュッスカイト、エルディランド、アーヴェントルクでもやってきたことだから。
「精霊石の間に入れて頂けるのでしたら考慮致しますが」
そう答えたのだけれど、国王陛下は頭を振る。
「いや、精霊石の間は神聖な場所。他国の皇女『聖なる乙女』とはいえ、シュトルムスルフト王家の血を持たぬものを入れるわけにはいかない」
「そうですか?
私、他国で請われて封印解除の儀式を何度も行ってきましたが、シュトルムスルフトはしなくてもよろしいんですか?
……魔王の力によって封印されておられるので、封印を解けばお力を貸して下さると思いますよ」
少し怯えたような表情は本気で不思議。
各国とも『精霊神』様は、基本的にお優しい方ばっかりだった。
精霊の力を取り戻したいのに、いいのかな?
「諸国はそうであったのかもしれないが、この国では『精霊神』に儀式以外の場で王族以外が触れることはしないし、できない。
復活も強くは望まれていない。悪しき行いに厳格に罰を下す恐れの対象だ」
「そうなんですか?」
「我が国の『精霊神』は怒りのまま、国に罰を与え眠りについた。
蘇れば今度は国を亡ぼすかもしれないからな。他国の皇女に要請するにはあまりにも危険と判断する」
「心を入れ替えて国を治めておられるのでしたら、怒られるようなことはないと存じますが」
「国や政はそう単純な話では無い。
謝ってすむ問題でもなかろう」
うーん、解るようで解らない思考。
要するに『精霊神』様に怒られるのが怖いから復活させないってこと?
「では、私にどうしろと?」
「姫君の舞いの力をお借りしたい。それから……。いや、これは後で話そう。ご協力頂けるか?」
「内容によりますが、考慮は致します」
「ぜひにお願いする。
この美味を我が国の民たちにも広く味合わせてやりたい。
いつまでも宿敵プラーミァの若造の後塵を拝し続けるわけにはいかないのだ」
前にも思ったけれど、シュトルムスルフトの国王陛下、プラーミァに恨み、というかライバル意識をもっているみたいだね。
今のところの印象だと王としての器や政務などどれをとってもプラーミァの国王陛下の方が上だけれど。
「『新しい味』を本気で取り入れていくおつもりでしたらプラーミァと友好を深めた方がいいのでは? 香辛料に、砂糖、南国果物、最近はココの実などプラーミァはアルケディウスとは違う新しい力を身につけておられますので」
「国の事情に女子どもは口出し無用」
一応進言はしてみたが、ピシャリと弾き落とされてしまった。
根が深そう。
「まったく。同じように罪を犯し、『精霊神』の怒りをかったのになぜ、プラーミァばかりが『精霊』の恵みを取り戻し、発展していくのか……。
我々は何も悪いことはしていないというのに……」
そういうところだぞ、とちょっと思う。
他者を恨み、嫉み、自分達の罪を顧みず、ゴーイングマイウェイしているから『精霊神』様も力を貸してくれないし、……何か罪を犯しているとしたら……許してくれていないのじゃないかな。
事情も知らない私が、とやかく言える事では無いけれど。
「とにかく、風の国に『精霊の恵み』を取り戻すことはこれ急務である。
大貴族達は即刻領地と連絡を取り、自領の産品などの確認を行うように。
『新しい食』を発展させる為に、古老などの知恵を借りて少しでも情報を集めるのだ!」
とりあえず、国王陛下の言葉に大貴族達の妙に力の入った思いが応え。
多分『新しい味』による餌付けは成功しちゃったんだよね。
晩餐会は盛況のうちに幕を閉じたのだった。
晩餐会後、私は国王陛下に呼び出されて今後の仕事について話をした。
毎日調理実習というのは各国変わらない。
シュトルムスルフトでは国王陛下、王太子様、第一王子、王妃様、それから大貴族の北と南(アルケディウスで言う所の第一皇子と第三皇子みたいな派閥があるらしい)の代表一名ずつの計六名が厨房に入り直接実習を行う。
そのレシピは木板に書き写し、国に置いていく。
お休みは滞在中二回。
調理実習の合間にシュトルムスルフトの食材や野菜、木の実や香辛料などについての相談にも乗る、ということで話は纏まった。
「それから、皇女。
料理人達より『皇女から直々に声をかけられ、指示を仰ぐこと。共に料理をすることが恐れ多い』という声が上がっている。
皇女には背後からの指示に専念していただき、実質的な指導は男性の部下が行う。ということは難しいだろうか?」
晩餐会の準備の時に言われたことを思い出す。
ついでにお願いしておかなければならないことも。
「使節団の中で、一番料理が上手いのは私と私の女性随員です。女の随員が指導を行う、のではダメなのですか?」
「姫君には特例として、王族男子に匹敵する自由を与えている。
国同士の問題もあるので、危険は無いと言えるだろう。
しかし他の女性は特別な事情と能力を持つもの以外は前に出ることは控えて頂けるとありがたい。
互いの為にも」
「それは、どういう意味です?」
「女性は存在するだけで男性を誘惑する魅惑的な力をもっているということだ」
「まさか、私の随員に不埒な事をするような者が王宮にいるとでも?」
「そうならないように、事前に対応しておくのがお互いの為ではないかな?」
「不埒な真似をするような者を作らないのが第一だと思いますが、解りました」
納得はいかないけれど、随員達の身を守る為なら仕方ない。
「では、ゲシュマック商会の料理人兼交渉担当者を……」
「作り方を教えるだけであるのなら、料理人である必要は無かろう?
一般人を軽々と厨房とはいえ、城の中にも入れられない。姫君直属の文官でお願いする」
ああ、そういうことか。
部屋の隅で話を聞いていた王太子が渋い顔を、第一王子がしてやったりの顔を見せているのが解る。
「では、最上位の文官であるモドナックに」
「姫君……」
「シュトルムスルフトの思いは解っておりますが、フェイに関わる機会を増やしたい、ということであるのなら了承しかねます。
話をしたいのであれば、正当に面会を申し込んで下さい」
フェイとできるだけアクセスする機会を増やし取り込みを図ろうという意図が見える。
強引に声をかけたり、脅したりする可能性もある。
見過ごすわけにはいかない。
「……承知した。調理実習中には余計な口出し、介入はせぬと約束しよう。
故に仲介役はファイルーズの子に」
「本人の意思を確認してからお応えします」
「頼む」
「それからこちらからの要望なのですが、私、下働きの女性達に不老不死前のシュトルムスルフトの料理などで覚えていることがあれば教えて欲しいと頼んであるのです。
晩餐会の準備の時には彼女らが排除されていたようですが、実習の時は仕事に戻してあげて下さい」
「女が姫君の仕事中、うろうろとするのはお目汚しかと思ったが」
「お目汚しではありません。私が望んでのことです。お願いいたします」
「手配しよう」
「ありがとうございます」
後は、材料や作る料理についての話をして、私からの話が終わった後。
「では、姫君。明後日からよろしくお願いしたい」
「かしこまりました」
「明日は早朝、出迎えを遣わす。外出の用意を整えて置いて頂きたい」
「はい?」
私的には昨日が夜の日だったから、到着と晩餐会で飛ばされたお休み分の休日だと思っていた。でも。
「休日は後で作る。先ほども言った通り、姫君には儀式をまずお願いしたい。
シュトルムスルフトに精霊の恵みを取り戻す為に」
「解りました。何か必要なものはありますか?」
「儀式の準備はこちらで整える。ただ姫君にはご了承して頂かねばならないことがある」
「何を、ですか?」
「御身に傷をつける事を。無論、直ぐに神殿の者が手当てを行うので心配はいらない」
「何故?」
「儀式には『聖なる乙女』の血液が必要だからだ」
「え?」
予想もしてないかった『協力要請』。
私達は言葉も出せず、凍り付いたように立ち尽くしていた。
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