ずっと前から、考えていた事。
それは『聖なる乙女』がいない国において、効率的に『精霊神様』に力を届けるにはどうしたらいいのか?
『聖なる乙女』がいない国は王妃や皇子妃が奉納の舞を行って『精霊神』様に『精霊の力』を行使する為の意思の力『気力』を送っている。
奉納によって贈られた力や、各国における信仰などが、『精霊神』様にとって『精霊の力』を使い、国を豊かにする原動力となるらしい。
今は世界中全ての人間が『神』の影響力で不老不死になっている為人々からの信仰の力はあまり『精霊神』様のところに届かないようだ。封印されて身動きが取れないこともあるし。
封印を解いて、端末を作れば自分からある程度『気力』を取りに行くこともできるっぽいけれど。
各国の『精霊神』の血を継ぐ未婚の女性が一番『気力』を送るのに効率がいいであろうことは解る。
でも、それが望めないのならその国の王族(男性)とか、王家の血を継がないけれど神の影響力を体内に入れていない『子ども』の方が儀礼的な王族女性より効果があるんじゃないかなって最初に考えたのはエルディランドに行ったときだったかもしれない。
魔術師の女の子シュンシーさんに会って、どうせ各国正当な『聖なる乙女』がいなくって他人が奉納舞をしているのなら、魔術師とか未婚の女の子とか、いっそ男性王族とかでもいいんじゃないかって。ちょっと思ったのだ。
『精霊神』様にとって『聖なる乙女』の最初の定義は、自分と経路を繋いで子を成してくれた女性、であり彼女の死後は、その子孫の中の女の子になった。
男性と結婚し、他人の影響力が入ってしまうと効率は落ちる。でも、そもそも存在が殆どいなくて代用されているのなら、代用の中でもなるべく効果が高い方法を探した方がいいんじゃないかな? と思い今回、フェイに頼んでみた。
『聖なる乙女』のサークレットは『精霊神』様と交感する為の通信装置とブーストアップアイテムとするのなら、男性王族にも少しは効果が出ないかなって。
「どうやら何も起こらないようですね」
そう言って、フェイはサークレットを外したけれど、嘘だと解る。
少し前とは違う、確かな知性の光を蒼玉の瞳に確かに宿しているのが見ているだけで感じ取れるのだから。
「マクハーン様」
フェイがサークレットを箱に戻し、蓋にした後、スッと膝をつく。
国王代理の王太子様に向けて。
「どうかしたのかい?」
「お願いがございます。この国における『精霊古語』の本を見せては頂けないでしょうか?」
「え? 精霊古語の本を?」
「はい。その中にこの国を発展させる技術や知識が書かれているかもしれません」
「本当に?」
「はい。水国フリュッスカイトは『精霊古語』の本を読み解き、独自の技術で国を繁栄させています。
シュトルムスルフトにも、同様の本が残されている筈。
マリカ皇女が言った黒い油の活用方法なども見つかる可能性があります」
「君はシュトルムスルフトの精霊古語が読めるのかい? この国ではもう、王族でさえ殆ど誰も読めないのだけれど」
「はい、読めます」
断言したフェイにちょっとビックリ。
「フェイ、シュトルムスルフトの精霊古語、読めないって言ってたよね?」
「前は。今は読める自信がありますよ。
『精霊神』様が頭の中に知識形態を送って下さったようですから」
さっきの光はやっぱりそれだったのか?
以前、アルケディウスで語学研修をラス様にお願いした時、頭の中に知識を残していって下さったことを思い出す。似たようなことをして頂いたのかもしれない。
ということは『聖なる乙女』のサークレットって未婚の乙女でなくても、『精霊神』が許した王族なら多少は効果があるのかも。
まあ、風の王の杖によって選ばれて、変生もしているフェイは特別なのかもしれないけれど。
つーか、いうかよく考えれば本人に聞けばいいじゃない。
『精霊神』様と今は会話できるんだから。
効率よく力を送る為にはどうしたらいいですか? どうして欲しいですか?
って。
「それは、凄いね。今は黒い油は匂いもきついから、獣油や蜂、植物からの蝋燭の代用品として一部やヒンメルヴェルエクトで使っているだけだけれど」
「多分、その活用法が書かれた文書がこの国に伝わっている筈です」
「解った。君の書庫への立ち入りを許可する。後、数日しかないけれど……」
「できる限り目を通して目鼻はつけていきますよ。原油とマリカが呼んだ黒い油とそこから生成分離された様々な油はシュトルムスルフトの間違いない武器になるはずです」
「それはありがたいな。本当に、こんな騒動もなく君と、君達ともっと話ができていたら良かったのに」
どこか、眩しいものを見るような目でマクハーン様は微笑む。
ホント、凄いな。フェイ。
以前とは違う、はっきりとした自信が見て取れる。
『精霊神』様にシュトルムスルフトの精霊古語に関する知識を授けて頂いたとしたら。
完全記憶力を持つフェイが語学を身につければ鬼に金棒。
特にシュトルムスルフトの精霊古語、アラビア文字は私には手も足も出ない分野だからかなり助かる。
でも、そうなるとやっぱり、シュトルムスルフトにも通信鏡が必要になるよね。
オアシスでのお墓参りと、原油の採掘場に行ってから。
そして『精霊神』様を復活させてから皆と相談して、提案させて頂こう。
そんなこんなで話が終わり、私達はアルケディウスの宿舎に戻った。
明日の外出の為に、できる限りの準備はしておかないと。
「では、僕は書庫に行ってきます」
私達がアルケディウスの離宮に戻ったのを確認するとフェイはそそくさと出かけて行く。
その楽しそうな背中に
「フェイ」
「はい、なんでしょう?」
私は一度だけ声をかけた。
余計な事だと解っている。だから、二度は言わない。
「本当にいい? シュトルムスルフトに戻らなくて」
この国に残れば、新しい国王陛下の甥として、風の王の杖を持つものとして。
多分、故国の最高位の一人として尊重される存在になるだろう。でも。
「いいんです。さっきも言いましたが、僕の居場所はアルケディウスであり、皆の。
リオンやマリカの側ですから」
即答。やっぱり彼の意思と思いに揺るぎはない。
「ありがとう」
「安心して待っていて下さい。明日の朝までには戻ります。
国に戻るまでに、できるかぎりシュトルムスルフトの知識を分捕ってきますから」
逞しい笑顔を残しフェイは部屋を後にする。
背中を見送った私の眦が滲んだけれど、肩をポン、と叩いていってくれたリオン以外気付かないふりをしてくれたのが、少し嬉しい。
フェイが揺るがないのなら、私も揺れちゃいけない。
優しく強い。彼の力に、期待に、思いに応える為にも真っすぐに立っていよう。
そう、強く決意した。
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