【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

火国 少年の選択

公開日時: 2022年5月23日(月) 07:45
文字数:3,707

 いつもながら、と言っていいのか。

 決断してからの王様の行動は早かった。

 それはもうとてつもなく。


 私が商業ギルド長に出した依頼をせっつき、情報を回収。

 王都内の浮浪児の所在を確認した。

 奴隷商に拾われたり、下働きなどでこき使われながらも所有されている子がかなりいたので、路地で本当に居場所が無い子はそう多くは無かったらしい。

 とりあえず、発見された子は一人。

 七~八歳くらいの男の子だった。


「…あの、僕、一人、所在を知っています。

 でも…罪に問わないでやって頂く事はできませんか?」


 フロレスタ商会のハイファ少年がそう申し出て来たから居場所が知れた。

 

「罪に? どういう事だ」


 マーカムに少年が話したところによるとその子は主の元から逃げ出し、下町でスリを働きながら生きていたらしい。

 ハイファ君がフロレスタ商会に拾われるまで一緒に暮らしていたのだそうだ。


「何故、言わなかったんだ?

 言えば一緒に面倒を見てやるくらいしたのに」

「僕も、拾って貰った身です。そんなに迷惑はかけられないです。

 それに、それでも一緒に行かないか、っては言ったんですけど…」


『誰かに飼われるなんてもうヤダ。オレは自分の力で生きていくんだ!』


 と言って拒否したのだそうだ。

 解らない訳ではない。

 なので時々こっそりハイファ君が様子を見に行ったりしているという。



「ふん、なかなか逞しいではないか」


 それを聞いた兄王様はなんだか、妙に気に入ったらしい。


「その子どもを探して連れて参れ!」


 と騎士団に命じて、連れて来させてしまった。

 子どもの扱いを知らない王様が酷い事をしないか心配で私も立ちあわせて貰ったのだけれども


「なんだよ! 離せ!!」


 最初はひとしきり暴れていた子どもは、連れて来られたのが王宮で、


「威勢の良い子どもだな」

「へ? 国王様? 王宮? なんで??? オレが?」


 引きだされた目の前にいるのが国王様、と知るとぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


「子ども。名は何と言う?」

「な、名前なんてねえよ。井戸の側で拾われたからウォル(井戸)って呼ばれてただけで…」


 緊張しながらも物おじせず応えたウォル少年をやはり、王様は気に入ったらしい。


「では、ウォルよ。選べ。

 王宮で働き、学ぶか。牢に入るか。どちらかをだ」

「へ?」


 いきなり、本当に、何の説明も無しに究極の選択をぶん投げた。


「国王陛下、それはあまりにも説明が足りませんって!」


 当然ながら意味も解らず呆気にとられるウォル君に私は近付いて目線を合わせる。

 護衛のカマラとリオンが肩を揺らすけれど、取りあえずは止める。

 子どもだし、武器はもっていないと身体検査済みだ。

 汚れているけれども、怪しい物は持っていない。

 だから、王様も身元のはっきりしない相手だけど対峙できてるのだから。

 まあ、私より小さい子が身長190cm。

 生粋の戦士である王様につっかかっていっても、子猫みたいに摘みあげられるのがオチだと思うけど。


「私は、マリカ。アルケディウスの皇女です。

 今度この国では、親や保護者の無い子を育て教育と仕事を与えよう、という取り組みが行われることになりました。

 貴方には二つの選択肢があります。

 一つは国王陛下のおっしゃる通り、王宮で下働きをしながら勉強し、上を目指すか。

 もう一つはフロレスタ商会でハイファ君と共に働くか」

「まあ、王宮に入らないのであれば、スリと盗みの罪で牢屋に先に入って貰うがな」

「王様は少し黙ってて下さい」


 茶々を入れる王様を眼で制止して私はウォル君を見た。

 ウォル君の目には当然、驚愕と当惑が宿っている。


「え? その二つだけ? 街に戻って今まで通り一人で暮らすってのは無し?」

「無しだ。貴様を放置してまた盗みを働かせるわけにはいかぬ。

 誰かに飼われるのは嫌だとぬかしたらしいが、貴様にはまだ首に縄をかけ躾を与える必要がありそうだ」


 かあっ…とウォル君の顔が怒りに朱くなる。

 首に縄をって、王様の言葉じゃないな。

 多分、ハイファ君にしか言ってない思いを私達が知っている事、だ。


「なんだよ! ハイファの奴、俺を売ったのか!」

「売った、わけでは有りません。貴方を案じたのだと理解して下さい。

 路地で一人生きていくのは容易い事では無い。貴方が一番良く知っているでしょう?」

「…う、それは…その…」


 私はウォル君の手を握った。見れば初夏のプラーミァだというのに捲られてもいない長袖の服の下には青あざなどが見て取れる。

 多分、盗みに失敗したりして痛めつけられたものじゃないかと思う。


「これは、チャンスだと思って貰えませんか?

 保護を受け入れて、…ほんの少し我慢して…色々な事を学べば、貴方も大人になれるかもしれません。

 自分を見下げていた者達を見返して、本当の意味で自由に生きられるかも知れませんよ?」

「俺が…大人に? もしかして、騎士とか戦士とかに…なれたりするのか?」


 戦士国の子どもだ。

 やっぱり、戦士とか強さに憧れはあるのかもしれない。

 息を呑み込む少年に私は頷いて後ろを見るように促す。

 

「貴方次第ですが、可能性はあります。そこにいる私の護衛騎士と魔術師。

 どちらも子どもですが、アルケディウスの正式な貴族と準貴族で地位を与えられています。

 騎士ではないですが、商店主の代理として働く子どももいます。ハイファ君に聞けば本当だと教えてくれますよ」

「本当に?」

「ええ。貴方は運がいい。

 この先、子どもの保護が進んでもいきなり王宮という、ありとあらゆる点で最高の教師がいる場所に入り、学べる機会はそう無いでしょう。

 どうしますか?」


 選択肢はあるようで限られている。

 ウォル君に再び罪を犯させる訳にはいかないから、路地に戻すわけにはいかない。

 王宮で働くのが嫌ならフロレスタ商会に保護してもらい、そこで働く。

 そのどちらかだ。

 孤児院や保護施設の設置や稼働はいくら、即断即決の暴君兄王様であっても直ぐにはいかない。

 長く、本気で子どもを保護しようとすればなおさらの事。


 それでも、私はこの子に自分で選んでほしいと思った。

 自分の生きる道を。自分の意志で。

 七、八歳の子どもには早すぎると思うけれど、でももうちゃんと判断ができる歳だと私は知っている。


「剣とか…戦い方とか、習える?」

「貴方が望めば」

「文字とか、計算とかも?」

「むしろ覚えて貰わないといけませんね。王宮で仕事をするのですから。

 戦士でも計算は必須ですよ」

「誰にもバカにされない位、偉くなれる?」

「それは、貴様の努力次第だ。どうする? 俺が誰かに選択を許すなどはそう無い事だぞ?」


 今まで、黙っていて下さった国王陛下が、最後の決断を促す。

 私はこの国の人間じゃない。この子に何かできるのはここまでだ。

 一歩下がって様子を見守る。


「だったら、ここに、置いて下さい。

 勉強…させて、下さい。

 一生懸命、頑張りますから…」

「良かろう。許す。貴様は当面城の下働きとして雑用をするがいい。

 休憩などの合間を見て騎士団の訓練を見たり、文字を学んだりすることを許す。カーン。息子ができたと思って面倒を見てやれ」

「承知いたしました」

「国王陛下」

「なんだ?」


 今まで黙って様子を見ていたフェイが怖れながら、と頭を下げる。


「その少年、アルケディウスの滞在期間中、僕達の部屋付きの雑用係として預けて頂く訳にはいきませんか?

 多少の粗相は多めに見ますし、その子にとっても比較的年齢の近い者が多いアルケディウスの使節団は、馴染みやすいかと思います。

 ついでに礼儀作法なども基本の所は教えますから」

「いいのか?」

「元はマリカ…皇女の我が儘から始まったことですし、それに少し思うところもありまして」

「フェイ?」


 きらりとフェイのスカイブルーの瞳が何かを宿して輝く。

 長い付き合いだから、解る。

 その瞳に何か思惑を隠している目だ。あれは。


「よかろう。ウォル。

 貴様は今日から王宮の下働きとして働け。

 下町に戻ることは許さぬ。何か、心残りや置き忘れはあるか?」

「そんなものは何もないから、大丈夫…です。

 どうか…よろしくお願いします」


 頭のいい子だと。私はウォル君を見て思う。

 以前、どこかの家で働かされていたというだけに、基本的な言葉遣いなどは叩きこまれているのかもしれない。

 相手を見て、態度を切り替える事を知っている。

 簡単に見えて難しい事だ。

 膝を折り、真摯に頭を下げるウォル君に王様は満足そうに頷くと私を見た。


「当面は、これで良いな?

 マリカ」

「はい、心から感謝申し上げます。国王陛下」


 一番初めの児童保護としては、十分過ぎる対応だ。

 今後、子ども達が多くなれば全員に同じことはしてあげられないかもしれないけれど、先達が高い場所に行けばその背中を目指して続く子ども達も頑張れるだろう。


 後はおいおい、学習の仕方や遊びの重要性と、遊びを通した勉強。

 保育士の育成と役割などもお知らせしていくとしても。


「よろしくお願いしますね。ウォル君」

「はい…。よろしく、お願いします」


 自由でいたい、と言ったところで本当に下町で子どもが一人で暮らすことは簡単では無い。

 辛い事もたくさんあった筈だ。

 だからこそ、上に行きたいと願い、だからこそ、自分の思いを曲げても下に付く事を受け入れた。

 その決意を思いを、私は尊いと思うし、助けたいと、心から思ったのだ。


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