魔王城の森にセフィーレの実が生り始めた。
ピアンの実もすっかり熟して甘やかな香りを漂わせている。
そうか。
私が「マリカ」になってもう1年になるのだ。
と不思議に感傷的な気分になる。
あの頃とは色々な事が変わった。
魔王城の中も、外も。
今は、私達の生活は平穏そのもの。
でも、この時はいつまでも続きはしないのだと、私は、ううん、きっとみんな心のどこかで感じていた。
「はーい。お待ちかね。今年最初のピアンの実のフレッシュジュース。
果汁100%だよ!」
夕食の後、私は今日採って来たばかりのピアンの実のジュースを差し出した。
「わあっ!」
子ども達の嬉しそうな声が上がる。
甘い、桃と洋ナシの風味を合わせたようなこの果物は生で食べて良し、ジュースにしてよし。
最高に美味しい夏の味なのだ。
特にジュースは絶品。
とろりとしたのどを通る甘さは死を決意した人間にさえも思い留まらせる力がある。
「おいしーー!」
今まで、去年採ったジュースの残りを半冷凍して飲んでいたので、もちろん、それも悪くは無かったけれど新鮮しぼりたて果汁100%ネクターは最高の味だと思う。
全員の顔に美味しいと、幸せだと書いてある。
「あとね、こっちはピアンのシャーベット。食べてみない?」
魔王城にはエルフィリーネの管理する保冷庫、つまり冷凍冷蔵庫があって美味しくものが冷やせる。
加えて去年の冬にお砂糖を手に入れた。
だから、今年は氷菓を含めたいろいろなお菓子が作れる様になったのだ。
ジュースを絞って残った果肉とジュース、水、砂糖を混ぜて凍らせ、凍りかかったところで何度も混ぜて空気を含ませる。
ふんわり甘い口どけのフルーツシャーベットのできあがりだ。
「たべる!」「いただきます!!」
食べない子は皆無。
実にみんな解りやすい。
魔王城の中は比較的空調が効いているけれど、それでも夏が随分深まって来て、外に出るとじわりと汗ばむ陽気になってきた。
氷菓は多分、美味しいと思う。
「うわ~~。冷たくて、甘くておいし~~!!」
うん、良かった。
冷たいの苦手な子はいないね。
香辛料などが入手しにくいのでせっかく牛乳もとい、ヤギミルクが手に入ってもアイスクリームは作りがたいけれど、果物は比較的豊富なのでシャーベット系ならできると思った。
セフィーレならリンゴシャーベット風味。
グレシュールなら木苺っぽくなる。
ピアンはモモのシャーベットというのが一番近い。美味しくない筈はない。
「今、ピアンが採りごろなの。グレシュールも茂みに鈴なり。
もう少しするとセフィーレも実がなって採りたくなるから先に集めておこうと思うんだけど、明日収穫に協力してくれない?」
「「はーい!」」
子ども達の元気な返事が返った。
舌に訴えかける作戦大成功。頼めば普通にみんなやってくれると思うけど美味しいものの為と思うと頑張れるよね。
こういうのは人海戦術が大事なのだ。
集めて城に持ち込んでしまえば、後はギフトでなんとかできる。
「アーサー。今年は変なことするなよ」
「あーん。言われると思った。言わないでよ。アル兄!!」
アルの言葉にアーサーは半泣き。
フェイは思い出したように怖い目でアーサーを睨み、リオンはフェイを宥めている。
うん、昨年のちょうど今頃だ。
アーサーがリオンを真似て危ない真似をして、怪我をさせてしまったのは。
私だって、今も忘れない。
あの、血に染まったリオンのことは。
自分の保育とか、有り方とか色々な事を考えさせられた。
あの日から本当に色々な事が変わったのだ。
子ども達は大きく成長し、年長組は、それぞれの思いや道を歩き始めた。
今の年中組、クリス、ヨハン、シュウはその頃のアーサー達とほぼ同じ歳になる。
少しずつ、彼らも自分のやりたいことを見つけて行くのかもしれないな。
と楽し気に笑う子ども達を見て、私は少し感慨深くなった。
私も、随分変わったと思う。
保育士 北村真理香の心と記憶は今も私の半分以上だけれど、この世界でマリカとして1年生きて、もう北村真理香そのものでは無くなっていると思う。
この世界 魔王城の異世界保育士 マリカ。
それが今の私だ。
うん、それでいい。
「グレシュールは木にとげがあるから、私とエリセとミルカで集めるから。
男の子たちでできるだけピアンを収穫して城に運んで。
オルドクスにも期待してる」
「ワオン!」
部屋の隅で寝転がっていたオルドクスも気持ちいい返事をくれた。
明日は忙しくなりそうだ。
お弁当、頑張って用意しないと!!
そして翌日。
いい天気。
私達は全員で森に向かった。
リュウとジャックも含む住人全員で果実採取である。
鳥たちにアレクが音楽を聞かせ終った後は、みんなで作業に取り掛かる
森のあちこちにあるピアンの木。
果樹園ではないので、一か所に集まっている訳ではないのが面倒な所。
「俺達が落とすから、皆は下で拾ってくれ」
「はーい」
「木登りはまだ禁止です。いいですね。アーサー」
「だから言わないで~~」
男子はリオンとフェイが主になってニグループで集めてくれている。
その間に私達は、グレシュールの果実集めだ。
グレシュールはどっからどう見てもラズベリー、という木の実。
味もラズベリーそのもの。可愛らしい赤とオレンジが混ざった色をしている。
食べると微かな種の食感と、さわやかな甘さがとても美味しい。
そのまま食べてもジャムにしても絶品だけれど、煮詰めたソースは鳥のジビエにとてもよく合って美味しい。
向こうでも通用するんじゃないかな、ってくらいに美味しい。
ただ、向こうの木苺と同じで少し棘のある木の茂みに生えているので注意深く取らなくてはならない。
集中が難しい男の子よりも女の子の方が向いていると思う。
「手を棘で刺さないように気を付けて」
「はーい」「解りました」
エリセもミルカも注意深く集めてくれている。
私も丁寧に木苺を木から採って籠に集める。
ちょこっとの味見くらいは、役得だよね。
軽く触っただけで木から落ちてくるくらい熟した果実は、口に含むと爽やかですっきりとした甘さが口の中に広がっていく。
これでタルトとかつくりたいなあ。
タルト生地の作り方ははっきりとは。
でも…カスタードクリームの作り方は覚えてるから…。
そんなことを思っているうちに籠がいっぱいになった。
オルドクスの待っている大きな箱に入れてまた、採取してを繰り返す。
だいぶ溜まって来た、と思う頃。
太陽も真上に上がって来た。
「そろそろお昼にしようか」
「わーい」「ありがとうございます」
「お昼だよ~~」
私の声に、みんなが集まって来くる。
ピアン採集組ももう大きな木箱に4箱くらいは集めてくれたようだ。
頑張ってる、頑張ってる。
頑張ってくれているみんなに殆ど最後の小麦を使ってパンを焼いて、今日はハンバーガー風サンドイッチを作った。
エナの実のソースは冬の間試行錯誤して、やっぱり私には香辛料が足りなくて物足りないけれどそれでもかなり美味しいケチャップ風味になった。
「おいしー」
「マリカ姉のハンバーグだいすき♪」
子ども達もみんな大好物だ。
それにパータトの炒め焼き。
油がたくさん使えれば揚げ物にもしたいけれど、まだミクルの実以外の食用油が見つからないので難しい。
でも塩炒めでもフライドポテト風味でなかなか美味しい。
「本当に、美味しいです」
ミルカも嬉しそうに食べてくれている。
ハンバーグは次にガルフが来た時に教えようと思っているので
「今度一緒に作ろうね」
「はい、よろしくお願いします」
デザートは用意しなかったけれど、取れたてのピアンとグレシュールがあれば十分。
弾けるくらい果汁たっぷりの、果物にかぶりついて、みんな幸せそのものだった。
ガサガサっ!!
「!!」
草むらが揺れて、それが現れるまでは。
「た、助けて…下さい!」
「えっ!!」
全員が、その場で凍り付いた。
茂みから、現れたのは、知らない大人の女性…だったからだ。
「みんな、下がれ!! アル! マリカ!」
「解った。みんな、こっちへ」
とっさに立ち上がって、周囲を見回したリオンは何かに、気付いたようだ。
森に踏み込んでいく
フェイは杖を出し、視えない眼で周囲に探査を張り巡らせた。
「周囲に、他に人影なし。
でも、どうして大人が僕やエルフィリーネの探知にひっかからずこの島に?…」
アルは子ども達を纏めて後ろに下げ、私は逆に女性に駆け寄り近づく。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい!!」
「…あ」
相当疲労していたのだろう。
人と出会えた事で、気が抜けたのか、その女性はペタンと膝をつくとそのまま意識を失った。
「わっ!」
私はギリギリで、なんとかその女性を支え、地面への激突を防ぐ。
そこで…気付いた。
「獣に追われていたようだ。
片付けてきたから、心配いらない。でも…なんでこの島に大人が…」
戻って来たリオンにフェイが頷いて見せる。
「ええ。僕もそれがおかしいと。
僕達が全員出てきてしまった後にこの女性が入って来て、エルフィリーネが知らせられなかったということはあるでしょう。
でも、不老不死の人間が、大人が入って来れば気付けたと思うのですが…」
「フェイ兄、不老不死じゃない人間、例えば子どもなら自由に入って来れるの?
フェイ兄は気付けない?」
「はい。あまりないことですが、助けを求める子どもであれば島に入る境界の門は拒むことはありませんし僕の探知結界も働きません。
元々、入って来る者を拒むことは大人でもありませんし。
エルフィリーネは、気づけると思いますが」
なら、理由は解った。
「リオン兄、アーサーでもいい。手伝って。
この人を、ガルフの家に連れて行くから。
早く安静にして、休ませないと…」
「? どうしてです? 休ませる?」
女性の顔を見て不振を浮かべるフェイに、私は頷いて見せる。
「だって…この人、妊娠してる。
お腹の中にあかちゃんがいるから」
「「え!!!」」
まだ、意識の戻らない女性を、私は見やる。
彼女の腹部は、もうはっきりとしたふくらみを、そこにいる命の存在を私達に示していた。
ほのぼのスローライフと見せかけて、急展開となります。
魔王城の島に二人目の来訪者登場。
ガルフとは違う意味で魔王城の島を大きく変える存在となります。
もう少しでなろうにおいつくので、そしたら1日1話 朝更新となります。
よろしくお願いします。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!