【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 大神官への要請 4

公開日時: 2024年2月13日(火) 08:33
文字数:4,713

 固いサークレットを付けての睡眠はなかなか寝付けないかなあ、とも思ったんだけれど全然そんなことは無かった。

 あっという間に寝付いた私は、夢の中。

 いつもの通り、ふわふわと白くて優しい無重力空間で


「やあ、待っていたよ」

「ラス様」


 予想通り、待っていてくれた『精霊神』ラスサデーニア様の出迎えを受けたのだった。



「色々と、辛い目に遭わせちゃったみたいだね。ごめんよ」


 今、この夢の空間の中にいるラス様は『精霊獣モード』ではなく普通? って言ったらおかしいかもしれないけれど人間モードだった。

 私の優しいお兄さんポジ。

 私がアルケディウス皇女だから、かもしれないけれど、説明や話はラス様が担当していることが多いなと、改めて思う。


「あいつ、アーレリオスに怒られたことで拗ねちゃってさ。

 ガッチガチに結界貼って引きこもっちゃっているんだ。おかげで僕らは中に入ることもできず、君を助けに行けなかった」

「お気になさらないで下さい。私がグダグダと悩んでたスキを突かれただけですから。

 落ち込んでいたところを慰めて下さったり、こうして無理して話に来て下さったりして下さったこと。感謝しています」


 ちょっと照れたように鼻を擦るラス様。

 うん、やっぱり私を見る『精霊神』様達の目は優しい。

 道具を見るようなものじゃない。


「今、アーレリオスはいつもの通り、君のしているサークレットを通して結界の中に穴をあけている。それでも現実の身体は入って来れないから外にいるけど心配しないで。

 大聖都の結界を抜ければ戻るから」

「それは良かったです」

「何か聞きたいことがあるなら言って。言える事は答えるから」

「ありがとうございます」


 だから、私はラス様を、『精霊神』様達を、『星』を信じて問いかける。


「ラス様。私は『星』が作った『精霊』、道具なんですか?」


 浮かんだのは一瞬の逡巡。微かな迷い。けれど


「そうだけど、違う。

 そもそも精霊石も含め、意識ある『精霊』は道具、なんかじゃないんだ。

 この星で、子ども達を共に助け守る友、同士、仲間。

 兄弟にも等しいものだと僕は思っている」


 思った以上にはっきりと首は横に振られた。

 精霊の力は助けの力。人々を守り導く為のもの。

 精霊石や人型精霊はその為の大切な担い手だ、とラス様はおっしゃるのだ。


「私は両親がいるホモサピエンスだとおっしゃったのは?」

「それも本当。嘘じゃないよ。僕は君の親を知っている。そして君の命は愛され、託されて生まれてきたものだというのも本当だ。決して便利な道具として無機質に作られたものじゃない。全ての事情を話すこと、今はまだできないけれど、信じて欲しい。

 嘘じゃない」

「解っています。『精霊神』様達は嘘をつかないって。だから……それでいいです」


 自分が人間として生まれた訳じゃない、と解った時、あれほどもやもやと悩んだのが嘘のように心は軽い。

 あの時は、多分『神』が私の心にデバフをかけてたんだ。きっと。

 私がどんな風に生まれたとしても『精霊』としての力をもって生まれなければ、魔王城の子ども達は守れなかったし、生まれてきた赤ちゃん達。各国の子ども達も救えなかった。

 私には人々を助け、守る力がある。

 そして、子ども達の笑顔を守る保育士でありたいと思っている。

 お父様は人間でなくてもいい。一緒にいていいと言ってくれている。

 お母様は精霊であろうとなかろうと私は私だと言って下さった、


 皆と同じで無くても。その輪の中に入ることが本当は許されないのだとしても。


 それでいいのだと、自分の中で納得した。

 納得することができたのだから。



「『精霊神』様達は今回の事情、分かってらっしゃいます?」

「おおよそはね。見る事くらいしかできなくってやきもきしたけど。

 あそこまでやるか、って正直ドン引きだったよ」


 ラス様は皮肉めいた顔で笑う。

『神』の領域で外の様子を見ていた時も思ったけれど、どういう仕組みで見ておられるのだろう?

 まあ、貴重な質問タイムをそんなことで使う訳にもいかない。


「もし、ノアールが受けた変生の炎を私がかけられていたらどうなってたと思いますか?」

「精神があるかないか、に寄るかな? もし、精神が奴に囚われたままで身体の内部まで作り変えられていたらかなりヤバかったと思う。最悪だったのは君自身の血が奪われ、変生させられていたら、かな。そうなっていた場合。『星』は君という大事な『精霊』を失い、この星の支配権をあらかた奪われてた可能性がある」

「もし、七王の血で起動した術式を私が受けていたら?」

「それも精神の有無に寄るけど、君の意識があれば逆に力が増していたかもしれないね。ただ、それは完全に人間の身体を失うことだから、今の君にはお勧めはしない」


 ってことは『神』は私の精神を確保しておけば有利に事を進められた訳だ。

 賭けに負けたとはいえ、よく素直に返してくれたものだ。ちょっと背筋が寒くなる。


「……ノアールは『変生』と同じことになったって聞きました。元の人間に戻れますか?」

「悪いけど無理。一度絵の具を混ぜられた水は、二度と透明には戻らないだろう?」


 断言されてしまった。心臓がキュッと音を立てる。

 私のせいでノアールの幸せな人間としての人生が奪われてしまったのだ。

 これは、もう取り返しがつかない。

 でも、エリクスから取り戻せば、光の中でフェイと同じ、尊敬される魔術師として生きることはできるかもしれない。

 その為にはエリクスの居場所、彼の魔王城を見つけ、取り返さないと。


「マリカ」

「なんですか?」

「僕達は、君達の味方だ。頼むことがあり、頼みたい時があったとしても、君達の選択を優先する」

「それは……『精霊神』様達も私に大神官をやって欲しいってことですか?」


 正直、精霊神様達からも頼まれるんじゃないかな、とは思っていた。

 前にも言われていたし。『神』を外に引っ張り出してくれって。

『神』が結界貼って引きこもったのならなおの事。私は『神』とのパイプを作った方がいいんじゃないかな、と思ったのだ。


「まあ、それは、ね。できればやって欲しいと思わなくもない。というか実は思っている」


 微かに上がった唇は自分の力ではそれを為しえない自嘲が宿っているように見えた。


「今回の大きな失敗で、奴はおそらく決意を固めたと思う。

 次に動くときは勝負をかける時。小出しに動いていたらこっちに呑まれるってね。

 だから、地上での動きは手駒に任せて、彼は決戦と目的に向けて力を貯める事だろう。

 一年か、二年。多分、二年かな。

 君が大神殿に入って、奴を監視して、首に鈴をつけてくれると助かるは助かる、かな?」

「『神』に引っ張られたりしません? 力を送ることで相手をパワーアップさせてしまったりとかは?」

「君がしっかりと意思をもっていれば大丈夫。そもそも大神官になればその辺の加減も自分でできるし、力を送ったふりをして送らないってこともできるだろう?」


 なーる。

 そういうやり方もあったか。

 夏の儀式の時は控えめに。新年の儀式の時はサークレットをしておけば『神』に送る力をコントロールできる。


「不老不死の民からの気力の徴収は止められないけどね。

 奴が単独で動けるようになる頃には君の身体が成長し、自分の本来の力に耐えられるようになる。

『星』は君に問う筈だ。人として生きるか。それとも『精霊の貴人』として『星』の後継者になるか」

「選んでも、いいんですか?」

「強制はしないと思う。そもそも『星』の後継者というのは、『精霊神』と同じで無理に繋いでやらせてどうにかなるってものでもないんだ。奴は君の精神を完全に殺して『星』の端末の機能だけを求めているのかもしれないけれど」


 私は『精霊』。目的があり、使命があり、その為に作られた者。

 でも『星』も『精霊神』も、私に選んでいいという。

 成るか、成らないかを。


「君が人として、生まれ、生きて。そして多くの人々と出会うことに意味がある。

 この世界を見て、触れて、感じて。

 その果てに君が決めた道、選択を僕達は尊重するよ」

「私が、前世。向こうの記憶をもって生まれたことも意味があるんでしょうか?」

「そうだね。両方の知識をもっていないと、比べることはできないだろうから。

 ……僕達はね。この地で向こうの世界での過ちを繰り返したくはないと、思ったんだ」

「はい」


 夢の中、だからだろうか?

 ラス様は多分、初めて「向こうの世界」という言葉を自分から口にした。


 やはり私達が生きる地、アースガイアと、地球世界。

 二つの世界は『精霊神』と私達によって繋がっているのだ。


「ただ、僕達は愚かで、子ども達も変わらず。

 世界は理想郷にはならなかったし、できなかった」

「人間が生きる世界ですから、争いの無い理想郷になんてならないですよ」

「そうだね。皮肉にも不老不死をあいつが与えたせいで落ち着いた感はあるけれど、そのせいでやっぱり、子ども達が本来生きる筈だった世界は歪められた、と感じている。

 だから、君が生まれたんだ。星を力づけ、子ども達を前へと進ませる導き手として」

「ラス様……」

「君が言った通り、争いの全くない、理想郷は作れない。でもそれを目指していくことはできる筈だ。君には、君達には迷い、悩む子ども達を導く星であって欲しい」

「私達に、そんなこと、できますか?」

「できると信じてる。ただ、それは君達の、子どもとしての幸せと引き換えかもしれないけれど……」


 申し訳なさそうに俯くラス様。私達をいつも心配して下さる優しい『精霊神様』が愛しくて私は、背伸びするとギュウっと抱きしめた 


「ありがとうございます。信じて下さって。

 大丈夫です。私、十分、幸せですから。この世界にやってきて不幸せだと思ったことないですし」


 そう。私は幸せだ。

 一番辛かった奴隷時代はともかく、記憶が戻ってから一度だって不幸だと思ったことはない。いつも誰かが側にいてくれて、誰かの為に役に立つことができて。そして誰かを幸せにすることができるのなら不運なんてことは絶対にない。


「なんで、向こうの世界から私が呼ばれたのかは解らないですけれど、でも、見込まれたのなら全力を尽くします。私『精霊神』様の作ったこの世界、大好きですから」


 世界を巡り、人々と出会い、その土地の風土を知って。

 私は七国どこも嫌いにはならなかった。大好きになった。

 だから。

 この世界の人々が幸せになれるのならできる限りのことをしたいと思うのだ。

 私は保育士。

 子ども達を守り、育て、より良い環境を作るのが仕事だから。

 私のやりたいことだから。


「ありがとう……。やっぱり君は母親似、だね」


 照れたように微笑してラス様はスッと私の手から離れた。


「そうですか?」

「うん、まったく同じではないのだけれど、よく似ている」


 少し考える。『精霊』ってクローンとかアンドロイドのイメージだったけれど、ラス様の言う通り『親』がいる。のだとしたら、私の命も繋がってここまで届き、そして未来に繋げていけるのだろうか?


「私って、子どもを作れると思います?」

「大人になればできると思うよ。そういう面で『星』は君達の身体に手を加えてはいない筈だ」

「そうですか」


 少し、胸の奥が暖かくなる。

 夢を諦めずに済みそうだ。


「さあ、そろそろお帰り。

 皆が、君を待っている」

「はい」

「例え、側にいられなくても、姿が見えなくても、いつも僕達は君達を見守っているから」

「はい!!!」


 とん、と言葉と思いで押された背中。

 私は前に進みだす。

 行こう。私のやるべきことが待っている。



 ゆるやかな意識の覚醒。

 微睡みの中、目を醒ます。


「おはよう。マリカ。いい朝ね」

「おはようございます。…………えっ!!」


 私は意識を全力覚醒させる。

 そこには朝の光よりも暖かく柔らかく微笑む、お母様の顔があったのだから。

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