星の二月に入って間もなく、大聖都から連絡が届いた。
新年の儀式への参加を促すものだ。
「アルケディウスとして『聖なる乙女』を派遣するのは初めてのこと故、よく話を聞いておく必要があるな」
そう言って大聖都からの使者は、正式な謁見の間に招かれ、皇王陛下、皇王妃様、私。
お父様やお母様、文官長など重鎮も集まる前に招かれ、皆で話を聞くことになった。
「『神』と『星』と『精霊』に愛されし『聖なる乙女』マリカ様。
大聖都 ルペア・カディナを預かる神官長。フェデリクス・アルディクスの名において『聖なる乙女』に新年の儀式への参加を要請致します」
「前向きに検討しますので、詳しい内容を教えて頂けますか?」
世界中の人々の不老不死を預かる大神殿の命令だから、多分私に拒否権は無い。
でも
「最初が肝心だ。甘く見られてはならぬ。話はこちら主導で進めるようにせよ」
と皇王陛下に言われている。だから、あくまで上位者として話をしていく。
「はい。『聖なる乙女』におかれましては、潔斎がありますので、新年の三日前までに大神殿においで下さいますようお願いいたします」
「潔斎は解りますが、新年の儀式と国王会議の前に舞は別ですよね。私は一週間近くも潔斎場に閉じ込められることになるのでしょうか?」
「新年の儀式さえ終われば、後は居住区にお戻り頂けます。
舞の奉納も一回のみ。国王会議の前に行うだけでございます」
「そうなんですか?」
「新年の儀式は『聖なる乙女』が『神』のおわす奥の院に行って杖を持って行って祈りを捧げる。
そして神より杖にお力を賜り、戻ってくる形です。詳しい流れなどは後で神官長より伺って下さい」
予想とちょっと違った。
精霊神復活の儀式の時のように、神の精霊石があって、そこに舞に行くのかと思ってたよ。
「最奥の間で『神』と語り、力を捧げ、『神』の力を賜ること。
それが新年の儀式における『聖なる乙女』の一番大事な役割にございます。乙女が預かりし『神』の力によって人々は『不老不死』を得るのです」
ふーん。人々を不老不死にする何かは『神』から預かった力で作るのか?
やっぱりまだ、色々と知らないことが多いなあ。
「ということは、私はアルケディウスで新年を迎えることはできない。ということですね」
「はい。新年の瞬間には、大聖都での儀式に参列し祭壇に立って頂くことになりますので」
去年体験した一般参賀は今年からは出られない。
まあ、これは仕方ないか。あの熱狂の前に立つのも気恥ずかしいし。
ただ、お父様が付き添って下さる場合、お父様も参加できないことになる。
申し訳ないけれどお父様は気にするな、という顔で話の続きを促した。
「姫君が神殿の転移陣でおいでになるのであれば、ギリギリまでアルケディウスにいて頂いても構いませんが」
「それはご心配なく。随員やお父様と一緒に普通に街道を通って参ります」
大聖都の提案はきっちり拒否する。あちらも私の返事は解っていたようで。
「承知いたしました。そう伝えておきます」
と言ってくれた。
後は衣装の準備とか細かい持ち物についてとかの説明を受けて、化粧品と衣装は向こうに先送りすることになった。装飾品類は高価で貴重なものが多いので、預けない。
プラーミァのサークレットとか。カレドナイトの指輪(リカチャン付きとか)
「大聖都は信用ならぬと?」
「貴重な精霊石の付いた品なので、他の人が触ると拒絶の雷光が下るのです」
なんとか説明して、当日聖別してもらうことで納得してもらった。
「では詳しくは大聖都にて。
『聖なる乙女』の御帰還を心よりお待ちしております」
「大聖都はどうしても其方を取り込みたいようだな」
「そのようですね」
「ライオット。我々は新年の参賀と礼拝を欠かすことはできぬ。其方はマリカと同行し、神殿側の動きを牽制せよ」
「解りました」
国王会議に参加する皇王陛下と、皇王妃様は去年のように新年の参賀に参加して、神殿で礼拝をしてから数日遅れでやってくる。
大聖都での礼大祭の時と同じく、行事の詳しい内容などがよく解らないのでやっぱり不安が残るなあ。と思っていたら。
「あの……マリカ様?」
「なあに? カマラ?」
不安そうな私の顔を伺いながら、カマラがそっと私の背中に声を向ける。
基本的にアルケディウスは下の者から上の者に話しかけるの禁止、だからね。
カマラがギリギリ、声をかけられるのはそういうしきたりを気にしない私くらいだ。
「アンヌティーレ様にお話を伺う、というのはどうでしょうか?」
「アンヌティーレ様?」
「はい。昨年までは聖なる乙女、としてアンヌティーレ様が、儀式に参加しておられたわけですし、どのようなことが行われるのかはよくご存じではないでしょうか?」
「あ、それ名案!」
「どうした? マリカ?」
私がカマラとこそこそ話をしていた事に気付いたのだろう。皇王陛下が私達の方を見たので私はカマラの提案を話してみた。つまりアンヌティーレ様に話を聞くというの。
「うーん」「それは……どうだろうなあ」
私は名案と思ったのだけれど、お父様、皇王陛下、どちらも渋い顔。
気が進まない。って書いてある。
「どうしてです?」
「アンヌティーレ皇女は去年まで、『聖なる乙女』として栄華を極め、世界中の尊敬と敬意を集めていた女性です。
でも、今年はその地位を貴女に奪われた上に、皇族としての生活もできずに孤児院で仕事をしている。面白くないという思いは御有りではないかしら?」
「ああ、そういう……」
首を傾げていたらお母様が肘を突いた。
なるほど。
私は孤児院で子ども達と楽しそうにしていらっしゃるアンヌティーレ様を見知っているからそこまで不安には感じないのだけれど、確かに一理ある。
華やかな昔の事を思い出して今の自分と嫌な思いになることもあるかもしれない。
「ただ、貴重な情報源であるのは確かだからな」
「私、お手紙を書いてみます。もしよければ教えて下さい。お嫌なら断ってくれてもいいですからって添えて……」
「それが妥当なところかもしれませんね」
アンヌティーレ様に手紙を書くと、後日、返事と、儀式についての丁寧な説明の手紙が届いた。
『私としては直接お話しても良いのですが、気を使って頂くのも申し訳ないので……』
との書き出しで始まった手紙には、新年の儀式についての詳細な内容が書かれていた。
それによると、新年の儀式はまず三日間の潔斎を行い、一年最後の夜の日は朝から、一般の礼拝に参加する。
そして深夜、夜の刻に神殿の者だけの儀式に参加。
灯りが殆ど消された神殿の中を大聖堂に行き、祭壇の前で祈りを捧げる。
そして奥の部屋に行き、大きな水晶の前で年が変わる鐘がなるまで祈りを捧げる。
この時、透明な水晶のついた杖をもっていく。
奥の部屋に入れるのは一人だけ、案内役を務める小姓の少年も神官長も、部屋の中に入ることはできない。
鐘が鳴り終わると、巨大水晶が光って水晶の中から『神』が現れ祝福を与えてくれる。
この祝福って言うのはもっていった水晶に光を灯してもらう事だけれども、アンヌティーレ様はたまに、光に包まれ不思議な感覚を味わうことがあったという。
『『聖なる乙女』としてはあまり、良い例えではございませんが、逞しい殿方の腕に抱きしめられるような、優しく、光が内部に入って来て、身体と心を内外からほぐされるような。そんな感じがいたしました。
そして……これも良い例えではございませんが、他者の力を吸い取る時のような高揚感と、自分より高き者に必要とされて、他者よりも優れている。『神』に近づいたような全能感に満たされるのです』
その後『神』が帰ると部屋は静かになるので、戻って光が宿った水晶を神官長に渡して儀式は終了。神官長は一年間、その杖を使って様々な儀式を行う。
ということらしい。
後は潔斎を始めると『神』の祝福を感じて、夢見心地になる、とか、式典が終わってからは国の人達が来るまで少し退屈だとか。
そんな所感も書いて下さっていたのもありがたかったけれど、一番重要なのは奥の部屋での儀式の事だ。
「『神』と二人っきり、か……」
思わず身震いしてしまう。
私は一人で『神』と向かい合わなくてはならないのだ。
リオンもお父様も入れない、密室で……。
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