さて、ドルガスタ伯爵家の救出された五人の少年奴隷のうち、四人はゲシュマック商会の孤児院に預かることになった。
準備が整い、健康状態が落ちつき次第世話をしてくれている女性達と一緒に移ることになっている。
ただ一人。
最年長だった少年だけは、孤児院には行かずそのままゲシュマック商会の男子寮に残ることになった。
十分に働く事が出来る体力と健康状態があること。
そして年少の子ども達に命令を与える立場であったことから離した方が、子ども達が安定するだろうという話になったからだ。
ゲシュマック商会の本店に入れアルが面倒を見る事になる。
「オレが奴の面倒、見てもいいか?」
自分からそう言ってくれたのだ。
今、本店は正直、猫の手も借りたいほどに忙しい。
店舗の販売もだけれど、各地から届き始めた果物や麦などの確認、計算、移動商人からの問い合わせなどなど。
だから、人手は確かに欲しい。
それも貴族対応ができる人は喉から手が出る程。
でも…。
「いいの? アル? 色々と嫌な目に合わせられたんでしょ?」
アルにとっては多分、直接の命令を出していた人物。
ちょっと心配になる。
良い思い出は無いと思うんだけど…。
「とりあえずもう終わったこと。だからな。気にしないことに決めたんだ。
それにあいつも被害者だ、ってことは解ってる」
一言一言を噛みしめるように言うアルは、自分に言い聞かせているようだった。
アルが過去を振り切る為にも必要な事、なのかもしれない。
「…アルがいいならいいよ。任せる」
「ありがとな…で、リオン兄、頼みがあるんだけど?」
「頼み? 俺に? なんだ?」
そういう訳で、翌日、その少年はジェイド達に連れられてゲシュマック商会にやってきて、ガルフの前に立たされた。
隣にリードさん。そして私とアルも同席するように言われている。
「大よそ察しているだろうが、お前の主、ドルガスタ伯爵は地位を追われることになった。
もう戻っては来ないと思っていい」
ガルフの話を聞く少年の顔は蜜ろうのように真っ白で生気が無い。
あの捕物の只中にいたのだ。その後の現場検証や事情聴取も受けて、覚悟はしていた筈だけれども改め言われると辛いものはあるだろう。
今まで、貴族の奴隷として生きる事が彼の全てであっただろうから。
「お前の罪は、子ども、かつ奴隷という事で不問とされ、倉庫の放火、授業員への暴行などの店への賠償として当店が預かることになった。
お前、字は読めるか? 計算はやったことがあるか?」
ガルフの質問に、どちらも少年は目を伏せて首を横に振る。
「だったら、教えてやるから覚えろ。
この店では誰もお前に乱暴はしない。叩いたり、キズも付けない。ちゃんと働けばその働きに見合う給料もやる。
暖かい寝床と服と、食事も用意してやる。
お前は、もう奴隷じゃない。だから働け。自分の為に働け。クオレ」
「え?」
「だから、クオレ。お前に名前をやる。ドルガスタ伯爵は奴隷に名前を付けない主義だったとアルから聞いたが、お前はもう奴隷ではないからな」
大きく見開いた眼が驚きに揺れている。
だが、それ以上の説明をすることはせずガルフは私達に手で退室を促す。
私達は、それに従ってまだ呆然とする少年、クオレの手を引くようにして外に出た。
「そういう訳です。よろしくお願いしますね。クオレさん」
部屋の外、扉の前で私はクオレに笑いかける。
「オレが当面指導役だからな。ここではオレのいう事を聞けよ」
にやりとほくそ笑むアルは随分と楽しそうだ。
「…お前ら、平気…なのか?」
「平気って、何がです?」
年齢的にはリオンと同じくらいだと聞いているけれど、栄養不足が明らかで、細くてすらりとした少年は、さして自分と身長が変わらないアルを信じられないものを見るような眼で見ている。
視線はアルに言っているけれど、お前ら、ってことは、呟きにも似た疑問の方向は、私とアルかな?
「…僕は、お前達を貶めようとした伯爵の奴隷だぞ?
それが、一緒に働くだの、指導役だのって…」
「別に? 私は気にしません。悪いのは伯爵であって、貴方ではないですし」
「え?」
私は子どもが大人に言われてやった悪い事を罪に問うつもりは無い。
実害も無かった。
彼を恨んだり、怒ったりする権利があるのはアルだけだ。
そして、当のアルは腰に手を当て、仁王様の様に見ている。
その碧の瞳を真っ直ぐに、クオレに向けて
「それで言ったら、オレも同じ。伯爵の奴隷だ。
でもオレは信じて貰ったし助けて貰った。
だからオレは、もう伯爵はいないしオレ達は奴隷じゃない。
だったらオレはお前が、やり直したいと思うなら助けるし、勉強も手伝ってやる。
オレはそうして貰ったから。
お前は、どうしたいんだ? クオレ」
「…アル」
「そうだ。オレはアルで、お前はクオレだ。
だから、どうする? クオレ…」
問われて、クオレは一度目を閉じ、開いた。
迷子のような、ような、ではなく行き場を失くした迷子そのものの、泣き出しそうな目だった。
「どうやったら、自分の為に生きられるか、解らない。
何をしていいのか…解らない。自分に、なにができるか解らない…」
「なら、教えてやるさ、同じ…兄弟の好でさ」
自分より大きな弟に、アルは手を差し伸べる。
かつて、自分がして貰ったように。
そんなこんなで、ドルガスタ伯爵家の少年、クオレはゲシュマック商会の見習いとなった。
とりあえずは、店の会計や裏方を仕切っていたアルの助手みたいなことをしながら字や計算を覚えて、自分が何をしたいかやりたいか、見つける努力をする予定。
アルだけじゃなくって、リオンやフェイ、ジェイド達も気にかけてくれているから、なんとかなると思う。
あと、面白いのがクオレのギフトで、言葉じゃない言葉で思いを伝える能力、らしかった。
異世界風に言うとテレパシー、かな。
アルとは特に波長が合う様で、内線電話みたいに同じ建物の中なら一階と二階でも言葉を送ることができるという。
クオレから一方的に送るだけだし他の人は同じ部屋で、顔を見ていないとダメっぽい。
動物とかにも通じるのかとかこれから、色々調べてみるつもりではあるけれど、元々頭の良い子のようだし、ちゃんと育てて行けばできる子だ。きっと。
「リオン兄、あいつに名前、付けてやってくれないか?」
「俺でいいのか? ライオとかの方がいいんじゃないのか?」
「リオン兄がいい。そうしたら、本当の兄弟みたいだろ?」
「解った。じゃあ、クオレってのはどうだ? 精霊古語で『心』って意味だ」
勇者の祝福を得て『心』を手に入れた少年。
彼にも絶対幸せになって欲しいと、私は思っている。
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