「そういう訳でシュトルムスルフトでの騒動の結果。
国王陛下が(強制)退位されました。次期国王はマクハーン王太子様。
現在『精霊神降臨』による疲労困憊で臥せっておられますが、現在王妃様が状況を纏め、回復され次第『精霊神』復活の儀式を行い、国中に布告される予定です」
『まったく、何故其方が赴くとその国に必ず国を動かすような騒動が巻き起こるのだ?
五百余年、どこの国にも起きなかった世代交代がどうしてこうも各国で……』
セリーナを救出してから二日、騒動の報告の為に通信鏡を繋いだら、案の定というか皇王陛下から私は今日もお説教を食らった。
概要はもう説明してあるのに、通信鏡を繋げる度に小言が飛んでくる。
いつもながら解せぬ。
「だって、今回の件については私達は本当に、もう、純粋な被害者なんですから。
国王陛下が変な欲を出したせいで、閉じ込められるわ、結婚を強制されそうになるわ、フェイを寄越せと言われるわ。セリーナなんか、本当に酷い目にあったんですから!」
現在、国王陛下はアルケディウス皇女とその臣下への虚偽、暴言、暴行などの罪で王城の一室に軟禁中。実行犯である第一王子は地下牢でがっちり監禁中なことを考えるとちょっと甘い対応かと思うけれど、まだ国王位を完全に譲った訳ではないから仕方ない。
『しかし、よくもみ消されなかったな。国王の不祥事と口封じされる可能性もあったのではないか?』
「多分、ありましたね。でも、国王陛下の次、なんだかんだで国内第二位の力を持つ王妃様と王太子様が味方に付いてくれて、その後ろ盾の大貴族もいたのでなんとか」
一種のクーデターであると言える。
実際問題として『精霊神』様のお力が消え、マクハーン王太子様が意識を失った後、第一王子は
「何をしている! お前達。王太子が国王に危害を加えたのだぞ!
しかも、部下に国宝を盗ませ、国王陛下に無礼を働いたアルケディウス皇女達も逃げ出している。捕らえろ!
国王に逆らうのか?」
と、謁見の間にいた侍従や騎士達に命令はしてたのだ。
でも、私やリオン達がいたし、フェイも一生懸命護っていたし。
何より実際に『精霊神』の降臨をその目で見た彼らは、命令を拒否した。
「王子。我々は『精霊神』様の御意思に逆らうことなどできません」
「この国からさらに『精霊の力』が失われたらどうなさるおつもりなのです!」
と四面楚歌。さらには
「『精霊神』様、自らが王権の移動を宣言したのです。
貴方はもう『王子』ではございませんわ」
「王妃……」
「お前達、自分で決めなさい。『精霊神』に祝福された新たなる『王』に従い、『精霊』の力を取り戻し、新たな道を進むシュトルムスルフトに仕えるのか?
それともあくまで『前王』に従って『聖なる乙女』『精霊』『神』 それに他の六国全てを敵に回して生きるのか?」
圧倒的な数の騎士、戦士を従え威圧をかけてきた王妃様に呑まれて、みんな国王陛下と王子に背を向けた。
「元々、我々も陛下のやりようは行き過ぎでは、と思っておりました」
「姫君を手に入れられれば、と言えば聞こえはいいですが、他国の皇女を無理やり国に押しとどめればアルケディウスのみならず、隣国プラーミァも敵に回しましょう」
「いかに、大聖都に許されたとしても危険すぎます」
口々に言うのは王家に仕える文官達。
そして事情を知った大貴族達。意外にも『聖なる乙女』の力でオアシスを取り戻した侯爵ですら
「『精霊神』の御心に背くわけには参りません。
取り戻した精霊の力を失うことはもうできませんから」
と『精霊神』とマクハーン王太子に頭を垂れたのだ。
元々、第一王子は愛妾の子。
国王陛下の寵愛によって第一王子、と特別扱いされてきた方だから、後ろ盾は殆どない。
かくしてクーデター(元々、次期王と決まっていた王太子様が王位につくだけだからちょっと違うかもしれないけれど)は無事成立してシュトルムスルフトは新体制に移行することが決まったのだ。
「ありがとう……。フェイ。
マクハーンと、この国を助けてくれて。あの子とこの国に救いを与えてくれて」
意識を失ったマクハーン王太子をフェイから預かった王妃様はそう、静かな笑みを向けていたっけ。
「この国で、僕の事をファイルーズの子、ではなく、フェイと呼ぶのは、呼んで下さるのはやっぱりあの方達だけ、なのですね」
噛みしめるようにフェイはそう言っていた。
私が知らない間の事だけれども、マクハーン王太子様は私達が捕らえられた後、国王陛下の兵士が私の随員達を新しい人質にすることを防止するために、護衛を派遣して全力でガードして下さっていたらしい。
おかげで、フェイは最短で事情を説明してアルと一緒にリオンと合流できた。
その途中で女装(?)して私達救出の為に動いていた王太子も発見して、事情を説明し『精霊神』の端末を譲渡した。
起動の為に必要な魔力はリオンと、アーレリオス様が補助して『風の精霊神』様降臨、となった。
あの時のマクハーン王太子は、私が授業とかでラス様に身体を貸すのと同じような状況だったらしい。身体の使用権を貸している感じ。
ただ、『風の精霊神』様は武術の達人でただでさえ、『精霊神』を身体に下ろすなんて神業クラスなのに。
地下牢での私達の救出、そして謁見の間での国王陛下の懲罰と連続で、精神、気力、肉体を全開で使用した為マクハーン王太子様の身体はけっこうボロボロ。
意識は戻ったものの数日はまともに動けそうにないとのことだった。
一度、まだ寝たきり状態のマクハーン様と面会する機会があって
「シュトルムスルフトの問題に、巻き込んでしまって申し訳ない」
そう謝罪して頂いた。
「身体が回復し次第、対処にあたる。『精霊神様』がおっしゃっていた復活の儀式にお力をお借りできないだろうか?」
と頼まれたので了承しそれまでは、調理実習を続けることになっている。
国王陛下ではなく、王太子様の差配なので色々とやりやすくもなったので私的にはラッキー。
『調理指導の契約は解除したのではなかったのか?』
「以前の国王陛下だったら嫌でしたけど、今のトップはマクハーン様ですし、色々助けて頂いたからその分のお手伝いはしたいかな、って」
『本来だったら、アルケディウスの皇女に関する無礼の責任はしっかりと追及するところだぞ』
「その点は考えて、賠償に応じる。とマクハーン様はおっしゃっていましたから信用していいと思います」
『アーヴェントルクでもそうだったが、お前は他国の王族をあっさりと信用しすぎだ』
「別にそんなでもないと思いますけど。私は、国王陛下や第一王子とか嫌いでしたし。
ただ、どんな所でも善人と悪人がいる。
王宮も魔境。
私達は無力な子どもで、立場を気にしない無敵な相手には油断すれば蹂躙される。
それを忘れて甘く見たことは本当に反省しています」
セリーナを辛い目に遭わせてしまったこと、ノアールに負担をかけてしまったことは後悔してもしきれない。
「だからこそ、シュトルムスルフトにもバッチリ変わってもらう予定です。
今回の事を盾にしてもう全力で!」
せっかく話が通じる相手が王様になるのだ。
損害賠償の名のもと、児童福祉と女性保護、権利向上はしっかりと請求していくつもり。
『まあ、表向きアルケディウスはまだ今回の事を知れる状況ではないからな。
具体的な対処は其方に任せる。くれぐれもこれ以上の騒動は起こさず全員で帰って参れ』
「解りました。ありがとうございます」
通信鏡が切れてちょっとホッとする。
多分、あれでもお母様やお父様のお小言が無いのは、皇王陛下が私の為にシャットアウトしてくれているのだということは解っている。
「本当に、ダメだね。私」
「マリカ様。セリーナも気にしないで、と申しておりましたよ」
「ダメ、自分が許せない。甘い考えで女の子を危険に晒した」
正直、今回の件は本当に効いた。
自分の甘さとか危機管理能力の不足とか……あと、人間の怖さとか。
「……もっと、しっかりしないと、子ども達を守れない。
保育士は子ども達を傷一つつけずに預かり、返すのが仕事なんだから」
「マリカ……」
私は自分自身に繰り返し、そう言い聞かせていた。
マクハーン王太子が回復し、私との面会を望んでいる。
と連絡が来たのはその二日後、シュトルムスルフト滞在から十日目のことだった。
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