【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 宴の提案

公開日時: 2021年6月5日(土) 08:17
更新日時: 2021年6月5日(土) 08:18
文字数:4,501

 なんでこうなったのかな?

 と、私は思う。

 こう思うのは本当に何度目だろうか? 

 いい加減に呆れる。


 でも、今回は私のせいじゃないし、暴走もしていないから怒られる筋合いはきっぱりない。




「緊張する必要はない。

 落ちついて、己の役目を果たすが良い」


 私の震える手に気が付いたのだろう。

 静かで、優しい声が私のトレイをそっと見えない力で支えてくれる。


「ありがとうございます。皇王陛下」


 深くお辞儀をして私は、皇王陛下の前に『新しい味』黄金色のピルスナーを差し出したのだった。





 ことのおこりは昨日。

 いつもようにいつものごとく新しい味の調理実習と言う名の、皇家貴婦人たちが集う昼餐の回。



「まあ! なんて美しい飲み物なの!」


 金色の液体が純白の泡で蓋をされたワイングラスを私は恭しく皇王妃様に差し出した。

 ティラトリーツェ様に作って頂いたドレス二度目のお目見えだ。


 今日の調理実習。

 メニューはティラトリーツェ様に相談して、ビールとそれをメインにした料理にしてある。

 


「これが、ロンバルディア候領で新しく発見されましたお酒、ビールにございます。

 皇王妃様におかれましては、アルコールは嗜まれますでしょうか?」

「宴席には葡萄酒が欠かせませんから、多少は飲みますよ。

 でも、これほどまでに美しいものは始めて見ます。

 このようなものを候領では隠していたのですか? スティーリア?」

「候領でも存在を知られておりませんでした。私自身頂くのは初めてにございます」


 優雅に頭を下げる大貴族ロンバルディア候夫人 スティーリア様の言葉に嘘はない。

 だって、ビールの酒樽が蔵を出たのは昨日が初めてなのだ。


 店の者以外は昨日の夜、貴族の常識を蹴り飛ばして店に来たロンバルディア候とライオット皇子の他、誰も飲んでいない貴重品。

 それを私が向こう世界の工場見学で教えて貰った上手で美味しい注ぎ方、を参考にその場で樽から丁寧に入れた。

 無理をお願いして飲み物を給仕させて頂いたのは、せっかくのビールのデビュー。

 なるべく良い形で飲んで頂きたかったからだ。



「食前酒にビールは乱暴かも知れませんが、どうかお試し下さいませ。

 ビール蔵の皆様が精魂込めて五百年製法を守り続けてきた、宝にございます」


 前菜兼おつまみに薄切り生ハムと、チーズ、エナの盛り合わせと共に出した後は、ただひたすらに見守るのみ。


「これは!」


 一口を優雅につけたのち、ゆっくりと喉を鳴らす皇王妃様。

「こんなお酒が存在したなんて。

 スッキリと飲みやすく、微かな苦みとのバランスが素晴らしいですね」


 よっし、ウケた。

 やっぱり女性には濃い目のエールよりラガー、さっぱりめのピルスナーの方がいいよね。 

 

「お前達も飲んでごらんなさい。

 男達がきっと羨ましがる味ですよ」


 皇王妃様のお言葉に、皇子妃様達も侯爵夫人も期待に溢れた目でビールを注ぐ私を見ている。

 一杯一杯を丁寧に入れる。

 三度注ぎ、七対三。


「色はキレイだけれども、泡が飲み辛いわね」


 渋い顔を見せていた第一皇子妃様も


「金色が美しいわ。泡とのコントラストも本当に美しい事」


 外見に見惚れていた第二皇子妃様も一口、口を付けた後は驚嘆の眼差しでグラスを見つめている。


「こんな、飲み物があったなんて…」

「大聖都の葡萄酒とはまったく方向性の異なる味ですね。ビックリしました。とても美味です」

 

 最初の一杯を毒見役としてに飲んで下さったティラトリーツェ様は無言。

 ただ本当に噛みしめるように二杯目をしっかりと味わっているのが解る。


「いかがでございますか? スティーリア様」

「爽やかで、鮮やかで飲みやすい。ステキですわね。

 このような素晴らしいものが領地に有りながら気付けなかったなんて…」


 ホッとする。

 エクトール様が託して下さった酒を、汚すことなくプレゼンできたようだ。


「後は、どうぞ料理と合わせて召し上がって下さいませ。

 エナソースのピッツア、シーザーサラダ。メインはクロトリ手羽元肉、ビールスープ煮込みでございます」


 残りの料理の給仕は料理人さん達に任せて、私は後はビール注ぎに専念。

 あんまり飲み過ぎると色々と問題もありそうなので、求められても三杯まで。

 料理を楽しんで貰えたらと思う。


「まあ、びっくり。骨付き肉なのに触れただけで骨が取れてしまうほどに肉が柔らかいわ」

「ビールに含まれている成分がお肉を柔らかくするのだそうです」


 ついでに言えばコラーゲンとかもたっぷりなのでお肌にも良い筈。

 女性には豚肉よりもこちらのほうが向くと思った。


「デザートはパンケーキにございます。

 今回はシンプルに生地の香りと味を楽しんで頂ければ、と」

「なんだか、いつもと香りが違いますね。香ばしさが増しているのではなくて?

 それにいつものものよりふんわり」

「いつも、というほどにしょっちゅうティラトリーツェ様はこのパンケーキを食べておられるのですか?」

「オーブンを使うケーキよりは簡単にできますので…。

 小麦が増産され、食が進めば、パンケーキ類はその手軽さから定番になると思います」


 スティーリア様が羨ましそうに言うけれど、小麦さえあればパンケーキはバリエーションが効くのだし。 


「ケーキの中に少し、ビールを混ぜ込んでいますので。

 お肉の煮込みと同じ理屈で、いつもより記事が柔らかくなっているかと思います。

 エクトール荘領のビールは本当に素晴らしいものです。ぜひ、お引き立て下さいませ」


 昨年の麦で作った一番新しい麦酒を今回は分けて貰っている。

 五樽分けて貰った分のうちエールとラガー、一樽分づつを今回皇家に献上した。

 もう一樽分ずつはロンバルディア候領に。

 残り三樽は店で預かっているけれど、既に一樽分は空いて店の人間達や、関係豪商たちを虜にしている。

 秋の新酒ができるまでは多分持たないだろう。


「ええ、本当に。皇王様もきっとご満足される事でしょう。

 そもそもお酒というものが人の手で作れるという事さえ思っていませんでした。

 見事ですよ」

「お褒めの言葉はどうぞ私では無く、エクトール荘領へ」


 これは五百年の彼等の努力の賜物だ。

 栄光を受けるべきは彼等だから。



「…マリカ」  

「はい、なんでございましょうか?」


 一通りの給仕を終え、跪いていた私に皇王妃様が視線とお言葉を向ける。

 給仕とビールの説明の為に直答が許されているので、私は顔を上げる。


「其方を今夜借り受けたい、と言ったら困りますか?」

「えっと、それは、どういう…?」

「城の午餐、その給仕を頼みたいのです」


 意味が解らず目を白黒させているであろう私に皇王妃様が静かに微笑む。


「私達の昼餐は戯れの様に見えるかもしれませんが、夫である王、皇子に出される前に料理の価値や安全を確かめる意味合いがあります。

 良いと思えば夜の午餐にて、夫に説明する義務があるのです」


 説明は素直に納得ができる。

 国のトップが口にするのだ。

 言葉が悪いけれど、毒見やお試しの意味があるのだというのは当然だろう。


「今回のビールは本当に素晴らしいもの。ですが、私にはその価値を正しく伝えられる知識に自信がありません。

 であるのなら、荘園に直接赴き、指導を受けた其方に来てもらうのが一番かと思ったのです。

 ザーフトラクも、其方ほどに美しく酒を整えて入れられないでしょう?」

「でも…それは…」

「皇王様の前に、マリカを出す、ということでございますか? リディアトォーラ様」


 ぞわり、と背筋が泡立つのを感じる。

 私以上に青ざめた顔でティラトリーツェ様が、私が抱く懸念と恐怖を代弁してくれる。


「ええ、そうなるわね。

 ここ暫くで動きも驚くほどに洗練されてきているし、言葉遣いは元々良いし、この子なら見苦しい事にはならないでしょう?

 勿論、王宮の約束事も知らぬ商人の娘に無理を言うのです。多少の失敗は大目に見ます」

「でも、今夜、でございますか?」

 今は二の水の刻。午餐が風の刻あたりだと思えば時間はもう殆どない。


「皇王陛下も麦酒、ビールの報告を聞いてとても興味を持っているの。

 楽しみにしていると、ここに来る前にもお言葉を賜ったわ。異例なのは承知ですが、なんとかお願いできませんか?」

「では、せめて一日のご猶予を頂きたく」


 私は地面に頭を擦りつけて願い出た。

 無礼は承知だけれど、ここでできます、と勝手には言えない。

 また怒られる。


「一日、ということは明日?」

「はい。料理の仕込みや材料の準備もございます。それに皇王陛下へのビールの説明とプレゼンテーションということであれば、話の流れ次第ではその後の取引やの話にもなるかと」

「そうですね、多分なります」

「であるなら、我が主ガルフにも説明し、同席を願いたく。

 私は子どもで扱いは学んでも、ビールを飲むことはできませんし、エクトール荘領より販売権を預かっているのはガルフでございますれば」


「そうですね。一日なら。

 パンなど長時間の仕込みが必要な場合には、報告に日を改めたこともありますし。

 国の重要な産業に纏わる商取引の話を、其方が独断もできないでしょう。

 ティラトリーツェ。ガルフに連絡を取りマリカの貸し出しとビールの商取引について纏めておくように伝えて貰えますか?」

「解りました。私共も同行をお許し頂けますでしょうか?」

「許します。この子もいきなり一人で王宮に連れ込まれては不安でしょう?」


 ティラトリーツェの声にも安堵の声が滲む。

 けれども、その瞬間に反論の声も投げかけられる


「皇王妃様。それではあまりにも不公平ではございませんか?

 国の新たなる産業『食』は第一皇子 ケントニス様のかじ取りで行われるものです。

 その重要な商取引の話を第一皇子を飛び越して、第三皇子立ち合いで行われるのは」

「アドラクィーレ」

「ご無礼を承知で申し上げます。こと酒に関してはトレランス様も一家言をお持ちです。

 きっと新しい麦酒についてより具体的な評価を行えると思います。ぜひ、我らも立ち会わせて下さいませ」

「メリーディエーラまで…。

 でも、まあ言わんとしている事は解らなくもありません」


 第一、第二皇子妃様方の抗議を受けて、皇王妃様はプランを頭の中に組み立てなおしているようだ。

 流石才女。

 私は、まな板の上の鯉の心境だけれど。


「では、明日の夜。

 城で内輪の食事会を行うことと致しましょう。皇子とその妻を招いて家族水入らずで。

 麦酒を味わい、この国の食について語る夕べ。

 皇王様と私の名で皆を招待いたします」


 いい事を思いついたという風情で皇王妃様は目を細められるけれど…それは皇家のファミリーパーティって事じゃないですか?

 そこに私が? いきなり??


「マリカはそこで麦酒を給仕なさい。

 そして蔵で直接取引をしてきた者として、ガルフと共に説明と報告を。できますね?」

「解りました」


 正直、まだ無茶ぶりだと思うけれど、少なくとも一日の猶予ができたのだ。

 いきなり今日、これからというよりはまだマシ。

 と思う事にする。

 思わないとやってられない。


「この件を無事成し遂げれば、其方が称える麦酒の酒蔵にも光が当たりますし、ガルフの店もより一層の栄を得るでしょう。

 其方にも褒美を考えます。

 よろしく頼みますよ」

「はい、全力で務めさせていただきます」



 かくして、私はまさかのよもや。

 アルケディウスに来て約半年でこの国の王、皇王陛下に謁見を賜る事となったのだ。

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