大祭一日目。
本店屋台は、あっと言う間に売り切り完売してしまった。
ビールとおつまみセット、ジョッキトレー付き、少額銀貨二枚。
エールとピルスナー、各二百食が一刻持たなかった。
当然、味わいたいという人はもっともっといたのだけれど、今回届いた新酒は各十樽。そのうち七樽は既に皇家や契約店に渡り、一樽は試飲会とリオンの戦で無くなってしまったので店に残っているのは本当にあと、二樽だけなのだ。
一樽大よそ三百人分。後に残すことを考えずにこの大祭で全て使い切ることにしても三日間の大祭で各二百人しかさばけない。あとはエクトール領の設備充実と、この冬に新規の蔵の建設準備と研修を行って来年の増産を目指すしかない。
今年はもう本当に限界だから。
という訳で問い合わせは全部、本店に丸投げして、私達は完売御礼、早々に店を畳んでしまった。
幸い、今年は各協力店がそれぞれ色々と工夫して『食』の店を開いてくれているので買えなかった人たちは諦めてそちらの方に向かってくれたようだ。
美味しそうな焼肉の匂い。甘いクレープやお菓子の香り。
今年の夏には殆どなかった、お祭りらしい空気に美味しい匂いになんだかワクワクする。
「ねえ、マリカ姉」
「なあに?」
帰り道、屋台の料理補助兼、ビールの冷却係で頑張ってくれたエリセが私の服の裾を引っ張る。
「お祭り、見に行っちゃ、ダメ?」
ああ、そうだよね。見に行きたいよね。
「ミルカも、大祭、初めて?」
「初めて…です。私は、秋の大祭の後でガルフに引き取られ、夏の戦の前に…だったので」
「そう言えばそう、だね」
エリセ達にお祭りを見せてあげたいとは思う。
でも、エリセ達を連れて行くなら孤児院にいるアーサー達も連れていきたい。
そうなると孤児院の子ども達もお祭りに出してあげたいし、プリエラちゃん達も連れていってあげなくてはかわいそうだ。
とはいえ、大祭は警備が厳しいし、危ない移動商人はだいぶ捕まえたし、そこまで危険はないと思うけれど、それでも子どもだけは危ないと思う。
誰か、護衛の人回して貰う訳にはいかないかな。
流石に大祭の初日、ヴィクス様やミーティラ様はお忙しい。
「リオンに頼んでみる。
誰か騎士団の人を護衛に付けてくれるかもしれない。今日がダメでも明日は行けるかも。
少し待っててくれる?」
「うん」「解りました」
店に戻って直ぐに私はリオンに木札で手紙を書いた。
「すみません。これを騎士団の詰所に届けて貰えませんか?」
私は大祭の集計と後片付けが残っていたので、お店の人にお願いして。
そしたら、それほど間をあけずに使いの人は戻って来てくれた。
「これを預かってます」
「ありがとうございます」
渡されたのは木札の手紙。
「リオン兄、なんて?」
「…えっとね。
『昼の仕事が引けたら少し抜けて良いって皆が言ってくれている。
だから火の刻まで待ってろ。俺が行く』
だって」
「やった! じゃあ、お祭り行けるんだ!」
「よかったね」
私の後ろから、木札を覗き込んでいたエリセがジャンプする。
まるで飛び跳ねる仔ウサギのようだ。
「じゃあ、もう少し明日の準備頑張って。
頑張ってくれたら、お祭りでお買い物できるようにお小遣いあげるから」
「ホント!? 私頑張る!!」
解りやすい喜びに瞳を輝かせて仕事に戻っていくエリセに負けないように、私も仕事に戻ることにした。
明日は大祭の仕事が終わったらお城に晩餐会用の食材を持って行かないといけないし、下準備もある。
私も、エリセ達とお祭りを楽しめるのは今日しかない。
なんだかんだ言って楽しみなのだ。
二の火の刻は大体夕方六時くらい。
それまで、仕事、頑張ろう!
夕方、火の刻。
「迎えに来たぞ。仕事は終わったか?」
約束通り、リオンが迎えに来てくれた。
同じように仕事を終えて来たらしいフェイも一緒。
そして…もう一人、大人が一緒だったのだ。
「はじめまして、でしょうか?
リオン隊長のご家族。私はヴァル。リオン隊長の副官です」
淡い金髪。蒼瞳。長身の男性を、私は知っている。
知っている、というより見たことがある。
というのが正しいのだけれども。
「お初にお目にかかります。私はマリカ、リオンとフェイの妹です。
こちらはアル。アーサー、アレク。エリセとミルカも同じ養い親の元に育った兄弟だと思って頂ければ」
「私も子ども上がりですし、事情は大よそ伺っていますから、あまり硬くならず。
アルケディウスの大祭は夜が本番のようなところもありますからね。少しでも楽しんでもらえるようにお手伝いさせて下さい」
私達のような子どもにも横柄にならず、丁寧に接して下さるあたり、流石第三皇子に見込まれるだけあると素直に思った。
「隊長と副官が、両方出てきて、大丈夫ですか?」
大人を連れて来てくれるとは、しかもそれがヴァルさんだとは思わなかったから一応確認するけれど、大丈夫、と彼は笑う。
「悪徳商人の襲撃についてはヴィクス様から引継ぎを受けています。
…弟妹を祭りに連れて言ってやりたいから、と午後一生懸命仕事に励んでいた隊長を見て、皆がやる気になっていますからね。今日の夜の警備はいつも以上にしっかりしていますから、あまり心配はいりませんよ」
「ヴァル!」
「まあ、それでも子どもと侮る者がいないとも限らないので、私も付かせて頂きます。
私と隊長、加えて魔術師。三人が付いているのに襲ってくる輩がいたら、それはある意味勇気がある相手です。
全力で叩きつぶしますからご安心を」
リオンの抗議を、風みたいにさらりとながして微笑むヴァルさんの目には確かな自信が見える。
得意の槍を置いて、今日は腰に騎士らしく剣を帯びているだけだけれど、確かに彼という王都指折りの護衛が付いているのに危害を加えようとするなら蛮勇だ。
「ねえ、リオン兄?」
「なんだ?」
「シャンス達は、連れてってやれねえ?」
どこか歯切れ悪く、でも真剣な眼差しで伺うのはアーサーだ。
シャンス? と首を捻るヴァルさんに孤児院の子です。と私が説明しているうちにリオンは、笑ってアーサーに目を合わせた。
「ウルクスも、子ども達に祭りを見せたいそうだ。
だから、ウルクスと、ゼファードに孤児院の子ども達とホイクシの護衛を頼んだ。
あっちはあっちで楽しむだろうから、心配するな」
「そっか、良かった」
自分達ばかり楽しむのは少し気が引けていたのだろう。
大雑把なように見えて、気配りできる優しい子だから。アーサーは。
「基本は買い物がメインだな。大広場で屋台ゲームとかするのもいい。
ただし、基本は全員行動だ。一人で勝手な所に行くなよ」
「はーい!」
子ども達は引率者であるリオンの指示に、素直に手を上げた。
保育園や学童保育の遠足のようで少し楽しい。
「空の刻には帰るからな。それにも我が儘言わない。約束できるか?」
「できる!」「うん」
「よし、それからアレク」
「ぼく? なあに?」
「今回は、リュートは置いていく。祭りで、吟遊詩人も何人も来ていて、聞きに行ったり、一緒に演奏したりしたいかもしれないけど、今日は我慢だ」
「えーっ!」
「聞く事くらいはできるようにする。ただ、絶対、間違いなくお前の方が上、だからな。
お前が演奏すると、大騒ぎになる。
本気で誘拐されるかもしれない。勿論、それは止めるけれどもお前のデビューは来年だ」
「! 来年はいいの?」
明らかに不満げだったアレクはその言葉にパッと笑顔を咲かせる。
「うん、来年は皆にもアレクのリュートと歌声を聞いて欲しいと思ってる。
その為に準備もしているし、考えているから、今年は我慢、ね」
「解った」
神殿への登録は終えたけれども、まだこちらの世界では孤児院の子ども達にしか聞かせていないアレクのリュートをいきなり祭りでの披露は危険すぎると思う。
来年、私が王宮に行けるようになって、第三皇子家のお抱え、って形にして王宮とかでお披露目して…それからかな。
私自身、アレクのリュートを沢山の人に聞いて欲しいから頑張るつもり。
「みんな、リオン兄とのお約束。
一緒に行動する。
勝手な行動はしない。
ミルカとエリセ、アーサーとアレクは一緒に手を繋いで。
あとは、知らない人に、ついていかない。
怪しい人に声をかけられた大きな声を出す。
変な人がいたらすぐに知らせる。
守れるね?
もし逸れたら中央広場の南入り口を目指して来る事」
アルケディウスの下町は半円形で真ん中に中央広場がある。
ほぼ全ての道が中央広場に直角、もしくは平行に通っているのでどんな道もひたすらに行けば城壁か中央広場に着くのだ。
城壁に背を向けてひたすら前に歩けばどこからだろうと大抵中央広場に着くとは、私達がアルケディウスに来て間もない頃に教えて貰った事。
南入り口は私達の下宿、ガルフの家からも、孤児院からもそんなに遠くないし、何度も通っているから解る筈だ。
「解った!」「迷子になんかならねえよ」「気を付ける」「解りました」
それぞれに頷く子ども達の様子を確かめて、私は
「約束できるなら、お祭りのお小遣いあげるね。
待っている子へのお土産は私が考えるから、みんなはそのお小遣いは自由にしていいよ」
「わーい!」「ありがとう!!」
小さな小袋を一つずつあげる。
中額銅貨十枚と高額銅貨五枚入り。
日本円にすると四~五千円イメージだろうか?
小学校低学年にあげるお小遣いとしては多めだけど、基本、子供向けの屋台じゃないから安くても買える品物ってあんまりないんだよね。
子ども達は嬉しそうに、手の中の袋を確かめてお小遣いを確かめている。
前回、私もリードさんからお小遣い貰ってうれしかったっけ。
今年も少し貰ったけれど、基本は自分のお財布から。
子ども達のフォローやお土産の分があるのでちょっと多めに持っている。
来年の大祭は多分、皆と一緒に歩く事はできない。
だから、今年が皆で歩ける最初で最後のお祭りだ。
「ヴァルさん。よろしくお願いします」
小さな感慨をとりあえず、振り払って、私は顔を上げる。
せっかくのお祭り、ウジウジしていたら勿体ない。
「はい、では行きましょうか」
「じゃあ、みんな並んで! 出発!!」
私とリオンが先頭、中列にアルとフェイ。最後列をヴァルさんが見てくれる。
他にはどこからどう見てもいない子どもの集団は目立つだろうけれど、目立った方がある意味安全だ。
私達は少しずつ、薄紫を帯びてきた夕方の空の下。
秋の大祭に歩き出したのだった。
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