知恵と知識の国 フリュッスカイト。
子どもを先見の明をもって育成し、様々な科学知識を駆使するその名に恥じない国だけれど、だからと言って、弱いわけではない。むしろ……
「原則、戦では使ってはいけないとされている手段が多くあります。
火薬による爆弾や鉄砲、複合弓などがそれですね。
狩や建築、その他部門などでは活用されているのですよ」
調理実習の後、招かれて参加したフリュッスカイトとの合同訓練。
驚きに目を丸くする私達に騎士団長であるルイヴィル様は微笑みながら説明して下さる。
精霊が存在して、それを使用する魔術が広がっている世界だから、何でも魔術で解決しているように考えていたけれど、どうやらそうではないようだ。
鉄工に、ガラス細工など。
所謂科学と呼ばれる分野もしっかりと生きていると、改めて実感する。
「まあ、不老不死者相手には意味が薄い、というのもありますが。
今年は少年騎士対策に弓兵部隊を編成する話が進んでいましたが、彼が不参加なら別の方法を考えた方がいいようです」
ルイヴィル様が見せて下さったのは火縄銃や初期型のものではあるけれど、大砲。
手榴弾型の爆弾。というよりも江戸時代の焙烙火矢のようなものに、アーチェリータイプの強化タイプの弓など。
確かに不老不死の人には効果が薄いのかもしれないけれど、けっこう怖い。
特にリオンは身軽な動きが命だから、以前本人も言っていたけれど、弓を使っての一斉射撃とかされると相当に面倒な事になる。
それに気付いて対策されていたというのがなお怖い。
「これって、フリュッスカイトの軍事機密では?
もうすぐ、秋の戦なのに見せて頂いてもよろしいのですか?」
今年リオンは不参加だから弓は効果が薄いけれど、火薬を使った爆発とかは罠として十分に戦況をひっくり返すことができるのではないだろうか?
私の質問にルイヴィル様は笑って首を横に振る。
「さっきも言った通り、戦での使用は原則禁止されています。領土争いなどが多少なりとも存在した不老不死時代以前ならともかく、今は良くも悪くも七国が安定していますからね。
無理に使用し、勝ちに行く必要もない、という判断ですね」
……アーヴェントルクと違ってフリュッスカイトには勝ち越してる、と言うのがアルケディウスの自慢だったけれど実は手加減して貰っていたのかもしれない。今年の戦は要注意だ。
簡単に訓練場の説明をしてくれた後、ルイヴィル様は兵士達の指導に向かわれた。
「カマラ。良い機会ですからリオンに戦い方を見て貰ったり、フリュッスカイトの方達と手合わせして貰ったりして来てはどうですか?」
「よろしいのですか?」
「その為に、今日は私も呼ばれているのです。行ってらっしゃい」
護衛士のカマラは、雇い主である私と、先輩であるミーティラ様に背を押されて訓練の輪の中に入っていく。
帰国すれば騎士試験が待っているし、素性や戦い方の解らない戦士と戦ったり、格上の戦士と剣を合わせたりするのはきっと良い勉強になるだろう。
「すみません。ミーティラ様」
「気にしなくて構いません。カマラは実際よく頑張っていますからね」
私直属の護衛士として、殆ど休みの無い日々を過ごさせているから、せめてできる限りの便宜は図ってあげたいと思う。
訓練の間、先に部屋に戻って休んでいていい、とリオンには言われている。
護衛が手薄になるから外には出られないけれど。とも。
でも、見逃す手は無い。
他国の訓練や、戦士の実力を確認する重要な機会でもあるのに。
まあ。こちらの様子も相手に知られてしまうということでもあるのだけれど
「アルケディウスの戦士は優秀ですね。子どもでありながら、皆,実力者揃いとは」
「ソレイル様」
気が付けば隣にいて、一緒に戦闘訓練を見ていたソレイル公に私は提携の挨拶をすると
「お褒め下さいましてありがとうございます。彼らは、皆、本当に頑張って務めを果たしてくれていますから」
と微笑み返した。
ここにいるのは私の護衛だけだし、リオンは今年不参加だし、アルケディウスの戦力が露骨にバレることはないだろう。
「……ソレイル様?」
「なんでしょう。ああ、お茶会、良いお返事を頂き感謝しております。
良い日を兄上と相談してお伺いしますね」
嬉しそうな眼差しを私に向けているソレイル様の顔を見て、私はちょっと思っていた事を確かめる今が良い機会かなと思ったので聞いてみることにした。
「はいお待ちしております。それで……少しお伺いしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「何でしょう」
「答えられない事でしたら、そう言って頂いて構いませんので」
「? はい」
「ソレイル様はフリュッスカイトで言う所の『異能力者』なのですか?」
単刀直入、前置き無し。
スパッと切り込む。
側に控えるソレイル公の護衛らしい人が少し目を見開くけれど、今のところは気にしない。
側近さんと違ってソレイル公はそう聞かれることを予想していたのだろうか?
「兄上が姫君も『異能力者』であろうと言っていましたがお力で気付かれたのですか?」
姫君も。
あっさりと肯定の言葉が返る。
「いいえ。さっき公子とお話した時に『フリュッスカイトは子どもの育成に力を入れている。異能力者もよく発見され、現在も一人確認されている』とおっしゃっていたので、話し方からしてソレイル様かな? と思って」
「流石でいらっしゃいますね」
再び届く言葉にならない肯定。
「別に隠している事ではありませんので、申し上げます。
僕にはどうやらどんな計算も一瞬で理解できる異能があるようです。
その力で予算案作成などを時々手伝っています」
「そうなのですか……」
私も能力を開示しているからだろうか。ソレイル公はあっさりと自分の能力を教えてくれた。
「予算作成などで使われる桁くらいであれば、暗算でほぼ間違わずにできる自信があります。まあ、この間の姫君の交渉問答のような、ひねりのある問題の答えは解りませんが」
純粋に計算を得意とするコンピューター頭脳か。
王族らしい力だと思う。
暴走して苦しむような系統の力で無くて良かった。
「もう少し、派手な力が欲しかった気もするのですが」
「『能力』はその人物が望む自分になる為に必要な力が目覚めると、アルケディウスでは言われています。
きっとソレイル様にとってその『能力』が一番必要だったのではないでしょうか?」
「なるほど、そう言われればそうかもしれませんね。
僕は、早く一人前の存在として母上や兄上達に認めて欲しかった。役立ちたいと思っていた。いえ、今も思っていますから」
零れるような思いは間違いない彼の本音だろう。
並み居る大人の中の唯一の『子ども』
早く肩を並べられるようになりたい、という思いを抱くのは当然のことだから。
「アルケディウスでも子どもの『異能』について研究がすすんでいるのですね?」
「はい。『能力』と呼ばれていて、子どもに多く発現するとされています。
私の随員達は子どもが多いですが、殆どが何らかの『能力』を有しています」
「全員。それは凄いですね」
ソレイル公は少し目を瞬かせた。
エルディランドでもそうだったけれど、ほぼ100%の覚醒率を誇る魔王城と違って外では子どもだから全員、というわけでも無い様だ。
「……彼もそうですか?」
周囲の空気が騒めき、そして一気に静かになった。
訓練場の中央から、まるで潮が引いたように人気が消え、今、二人の人物が立っている。
リオンとルイヴィル様。
どうやら、模擬戦代わりの手合わせを行う様だ。
「ええ。でも、彼の強さは『能力』があるから、ではないですよ」
私はニッコリと笑って、他の人達と同じように舞台の中央に視線を送ったのだった。
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