「精霊の…書物? なんだそれは?」
「単に、便宜上、俺がそう名付けてやっただけだ。
マリカ以外にそんなものが見える奴はいないからな」
あからさま、に胡散臭そうな目で私を見るケントニス皇子に他に説明のしようがない。
とライオット皇子は肩をわざとらしくすくめて見せた。
「こいつは夢の中で、不思議な知識を見るそうです。
それは料理で在ったり、化粧品で在ったり選べないようですが。
マリカや子どもを救い出し、信頼するガルフ達に山奥で育てさせていた時に、ガルフが知らせて来たのです。
マリカが不思議な知識を持っている、と」
皇子は小説家の才能、お有りなんじゃないかと思う。
結論に至る辻褄合わせがとても上手なのだ。
子ども達が『能力』を持っている事はいつかは知らせなければならない。
子ども達の保護法が適用されることになれば、子どもが人目に触れる機会も増えるし、子ども上がりも実際にいる以上隠し通す事は難しい。
そして、私の本当の『能力』
『物の形を変える』ことは知らせる訳にはいかない。
国の為とはいえ、悪用しろと命令されたら大変な事になる。
「ならば、お前の知識は『能力』によるものだとしてしまえばいい。
なに、『能力』の異能は千差万別。しかもどういう仕組みなのか誰も知らない。
そういうものだと言ってしまえば、否定できる奴はいないだろう」
目からポロっとうろこが落ちた。
なるほど。その通り。
だから、皇子の提案をベースに私の知識の秘密の公開(偽)と、子ども達持つ『能力』の周知と保護の必要性の強調を一度にやっていく。
難しいミッションだけれど、皇王陛下を味方に付けられれば勝ち目はある。
多分。
「意味が解らず、頭に浮かんでくるそれを、字を学んだあと書き留め、夢に見た通りやってみたら、それが育ての親とガルフの目に留まり、役に立つのではないかと言われました」
「つまり、この娘が調理技術を誰かから習い覚えたのではなく、むしろこの娘が教えて、ガルフに店を出させた?」
「まあ、そうだ。ガルフは、闇に沈んでいたが元、食料品扱いの頭のいい男でな。
見込んで子ども達を預けていた。
そいつがマリカが夢から書きだし、実践して見せたものが、今は失われた料理のレシピである、今の世であるなら逆に食べ物は売れるかもしれない。と言い出したので俺が支援して店を出させた。
主な目的は、成長してきた子ども達を外に出す為だったがな。
後の結果は皆も知っての通りだ」
ガルフが店を出した時の支援者がライオット皇子である、という噂はずっとあったらしい。
それを肯定する形で辻褄を合わせる手腕は流石である。
娘が異能により料理を始めとする、知識を知らしめた。
それを有効活用する為にガルフに店を出させ、娘や助けた子ども達を世に出した。
筋は通っている。
「子どもは誰でもマリカのような異能を持っているのか?」
「ソレルティアのように異能と気付いていない者、意識していない者もいるだろうし、気付く前に死ぬものもいるだろう。
だが、可能性は全員にあると思う。
現に俺が救い出した子どもは十人を超えるが年少の者を除き、ほぼ全員が異能に目覚めている。
騎士試験に合格したリオン、父上の魔術師となったフェイも、ドルガスタ伯爵が使っていた子どもも『能力者』だ」
皇子の説明にごくりと、ケントニス皇子の喉が鳴った。
きっと考えているに違いない。
自分も子ども集めれば、リオンやフェイのような才能ある子どもを、手にすることができるのではないか、と。
ここが子どもの『能力』については公表するのは、難しいと感じる所でもある。
『能力』目当てに子どもが集められたり、酷い目に遭わされる可能性はとても高い。
だから、慎重にいきたかった。
「打ち捨てられ、言葉も解らないような状態では『能力』に目覚める事はないと思いますし、『能力』だと解らないでしょう。
使えるようになったとしても有効的に利用できることは無いと思います。
私も救い出されるまでは、ただの夢だと思っていましたし意味も解りませんでした」
「だから、子ども達を集め、適切な教育を与える事が必要だと、俺は思ったのだ」
「ですから、どうか、打ち捨てられている子ども達に居場所を。
知識を。加護を。
子どもは私や、リオン、フェイなどに限らず、皆、大きな可能性を内に持っているのです」
祈りに手を組み懇願するように膝をついた。
公表する事になってしまった以上ここは、絶対に強調する。
子ども達の保護は絶対に必要な事だと。
『能力』に魅力を感じるなら道具として使ったりすることはいけないことだ。と。全力で。
「子ども=能力者説に関しては、子ども上がりに聞き取りなどをしてみればかなり裏付けは取れるのではないか?
言われてみれば、今思えば不思議な力があったかもしれない。
成人したら消えてしまった、と。騎士団にも子ども上がりが何人かいるが皆、そういう証言だった」
「子どもの異能は成人したら消えるものなのか?」
「もし残っていたら、もっと多くの人間が異能に気付いている。
さっきのソレルティアの証言からしても不老不死を受ければ消えるのは確定だろう」
「なるほど…な」
ライオット皇子の言葉に、そう頷いたのは皇王陛下だ。
たった一言、一つの頷きなのに場に、沈黙が広がっていく。
まるで真冬の森のような深慮を感じさせる。
「であるが故の法案。であるが故の出資。であるが故の事業提案か。
公私混同だな。ライオット」
言葉だけ聞いていると怒っているようにも聞こえる皇王陛下のご発言は、けれど声音と一緒に耳に届くととても優しい、慈しみの篭った。
それでいて、どこか楽しそうなものだと解る。
「ご判断は、まあいかようにも。
ですが、全てアルケディウス、ひいては世界の未来を考えてのこと。
そこに、嘘偽りはございません。
実際、俺の可愛い娘は国の為に役立っているでしょう?」
だから、皇子も軽く肩を上げるだけ。
悪びれた様子も何も見せず、私を立たせると横に膝を付け頬に口づけて見せる。
つまり、成果を出している以上、公私混同で何が悪いと言っている訳だ。
沈黙が場に広がる。
と、それに合わせたかのように皇王陛下の後ろで動く影がある
「おそれながら、皇王陛下。
この国の政務、財務を預かる文官の長として一言、発言をお許し頂けますでしょうか?」
「許す。申してみるがいい。タートザッヘ」
静かに書類入れを広げ、幾枚かの書類を皇王陛下の前に指しだすタートザッヘ様。
「昨年の夏から、今年の秋の大祭までの間、ゲシュマック商会がこの国に与えた経済効果は、商会が現れる前と比較して三倍以上の上昇となっております。
昨年夏から今年の春までの時点で約五割の税収増加でしたが、今年に入ってからのそれはさらにすさまじく、カエラ糖の件を抜きとしても既に三倍なのです。
カエラ糖の収入を加えれば四倍に迫る事でしょう。
これが全てマリカ様とゲシュマック商会。
加えてリオンやフェイ、皇子の見出した子ども達の功績であるというのなら皇子の『公私混同』は、十分な利益をこの国に齎していると言えると思います」
「確かに、な」
「皇女を国に迎え、子ども達を保護し、教育する。
その過程で国に損になることは何一つございません。
総合的に見て『子ども上がり』は低く見られがちですが過酷な環境下で生き残ってきたこともあり優秀な人材が多い。
特殊な異能を持つ者が育つ可能性があるのならなおの事、育ててみるのが良いのではないでしょうか?」
「…お前にしては随分積極的な意見だな」
「タートザッヘ様は、フェイの事がお気に入りでいらっしゃるのです。
自分と対等の会話ができる者は久しぶりである、と」
失礼ながらと会話に加わるのはソレルティア様。
「ちなみに私も同意見にて。
子ども上がりでございますれば。子どもの過酷、そこで生き延びる苦難は良く存じておりますれば助けられるものなら、助けたいと存じます」
軽い片目ウインクは、援護射撃をしてあげる。の意味だろう。
タートザッヘ様も、子どもの保護育成には賛成だから、部下の領分を超え、あのような形で提案して下さったのだ。
フェイの努力と、積み上げて来た絆の賜物。
凄く嬉しい。
「まあ、子どもの救出『能力』については本当は言わなくてもいいと思っていた。
マリカから生み出される物の価値が予想以上に大きくなって、納得して貰う為には話さなくてはならなくなったから告げたに過ぎん。
法案も成立したし、孤児院の運用も開始された。
後は父上が、兄上達が信じるか信じないか。どう判断するかは俺の知ったことではないからな」
「貴様…子どもの『能力』を利用して何かやらかす気なのか?」
「何をやらかすというのだ? 誰も死なぬこの世界で」
子どもを集めて何かするつもりだろう?
そんなケントニス皇子の下卑な考えをライオットは鼻で笑った。そして
「俺は前にも言ったが、マリカが、助けた子らが、そして生まれた我が子が、自由に羽ばたける世界を作りたい。
それだけが望み」
噛みしめるように、静かに、そう言ったのだ。
「相分かった」
皿に残ったチョコレート、私、皇子達。
それらに視線を揺らし、一度だけ瞬き。
話を聞き終え、立ち上がった皇王陛下が
「…ケントニス、トレランス、ライオット」
「…はっ!」
そう声をかけた瞬間空気が変わった。
呆然とした様子だった三人の皇子が、一斉に跪く。
「食事の場ではあるが、私の意志と決定を伝える。
文官長の立ち会う、これはアルケディウス皇王の正式な『命令』である」
父皇王陛下の意図を、おそらく察したのだろう。
ただ、名前を呼ばれただけなのに、場はまるで凍り付いたような緊張が走っている。
「マリカを、新年をもってアルケディウスの第一皇女として登録する。
ライオットの娘ではあるが、同時に儂が直々に加護を与える其方達と同格の皇族として」
「そ、それは…」
「異議は、認めぬ。ケントニス。
マリカ登録の後は、予定通り其方の元で、食の指揮に当たらせるが知識の全てを保有する者として現場決定権はマリカに与える者とする。
その知識は貴重かつ、替えの効かぬモノ。
下に見て侮るは許さぬと知れ」
静かな、でも決意の篭った『命令』に僅かに上げた思いと反論を飲み込んでケントニス皇子は振り絞るような声で
「…はい」
と呟いた。
どうやら、私の料理技術を含む、未知の知識、技術は個人の異能、『能力』によるもの。
と納得して下さったようだ。
「続いて児童保護についてはライオットの指揮のもと、国策としてこれを行う。
『能力』については当面一般に告知する事はしない。其方達にも基本的に口外を禁止する。
『能力』の利用を目的とする子どもの囲い込みを防止する為である。
家庭で責任をもって育てる事ができない子は、国で保護する旨を周知、徹底させよ」
「承知いたしました」
ライオット皇子が頭を下げる。
当初の計画案より一歩進んだ、児童保護の観点から言えば優れたものになったと言える。
さっきの私の立場の件も加えて大勝利だ。
専制君主国家の王の決定、というのは凄いな、と素直に思った。
正しく、鶴の一声、だ。
でも、他人事のように感心、ホッとできていたのはここまで。
「そして…マリカ」
「はい、皇王陛下」
皇王陛下に名を呼ばれた私は前に進み出た私は凍り付く。
「新年に各国王が大聖都に向かう参拝の儀がある。それに皇女として同行を命じる。
準備を整えておくように」
「え?」
何を言われたのか、正直理解できなかった。
「父上?」
「そ、それは…?」
ライオット皇子とケントニス皇子がそれぞれ青ざめる。
それぞれ、違う意味であろうけれど。
「私が…皇族として…大聖都に?」
「皇族として大聖都にて正式に登録し、神と各王族に其方と新しい食、そして今後のアルケディウスの方針を披露する。
会議にて菓子や料理の差配を行え」
新年に、各国王が集まり、大聖都でサミットのような事をするとは聞いている。
サミットはいい、サミットは。
でも、いきなり…大聖都? 神のお膝元に?
私 が?
皿のチョコレートを摘み口にぽいと入れた皇王陛下。
「其方の知識と子ども達は、今後、世界を動かす。
世界はこれから動き始める。
ライオットを真似て、最初に世界に告知しておこう。
マリカとその知識はアルケディウスのものだとな」
その笑顔は皇子とよく似て悪戯っぽく、楽し気だ。
「其方はアルケディウスの宝だ。
子どもと食の重要性を世界と神に知らしめる為に。
胸を張ってついて参れ」
皇王陛下は自信満々で言って下さるけれど…。
一難去って、また一難。
いきなり、神との直接対決が降って湧いたのである。
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