お父様が大聖都に来る。
そう、はっきりと宣言したことに、私は少し驚いた。
「お父様、大聖都、お嫌いじゃなかったんですか?」
「勿論嫌いだ。お前らのいない五百年の間、奴らは繰り返し繰り返し、俺から魔王城の島への入り方を知ろうと脅迫を続けてきた」
魔王城の島の所在は全世界に知られている。
アルケディウスの北の海、約百ルーク(km)程。
その気になって見れば海辺から、魔王城の島が見える時もあるという。
ただ、中世異世界には空を渡る手段がない。
「あれ? 魔王エリクスは空飛んでませんでしたっけ?」
「多分、長距離飛行できるような者では無いのではないでしょうか?
翼が動いていなかったので多分飾り。風の術などを応用した特別な方法で短時間だけ浮いていたのではないかと。
ほんの少し、浮くくらいなら普通の精霊術でもできなくはありません」
フェイの解説はさておき。
島全体がおそらく結界と暗礁に囲まれていて外部からの侵入者をほぼ拒む。
海から船で入ろうとしてもたどり着けず、逆に不老不死者でも死に至る魔の海域。
入る手段は世界にただ一か所の転移陣だけであったという。
「エルトゥリアで育った風の精霊術師なら、転移陣無しでも転移術で戻って来れるしな。
そう不便も無かったんだと思う」
「全てが失われた不老不死社会では転移陣が本当に唯一の侵入手段だった。
だから奴らは俺からなんとしてでもその方法を聞き出そうとしていた」
お父様には前魔王城、基、精霊国の魔術師が口留めの術をかけていた。
精霊国に関する事を口にしたら命が失われる呪い。
『勇者アルフィリーガ』を、不老不死世を作り上げた英雄に祀り上げたことで、その仲間であった『戦士』ライオットもまた伝説になった。
『戦士』ライオットは『勇者アルフィリーガ』が『魔王』を倒し、命を捧げて世界中の人間を不老不死にした。なんて話を信じなかった。真実を知ろうと何度も詰め寄ったが叶う事は無く。逆に魔王城の島への侵入方法を問われた。
結果、本当に絶妙のバランスで互いが沈黙を認め合うことになる。
『神』の側は一国の皇子であり、世界を救った勇者の仲間であるライオット皇子を消し去ることも怒らせることもできない。ライオット皇子は万が一、自分が強制的に消されたら『神』の真実を世に表す手を打っていると『大聖都』を脅迫。魔王討伐の旅の中、勇者と共に世界を巡り、人助けをしていた戦士ライオットはある意味、勇者と同格の世界中の英雄だった。
万が一、捨て身で情報暴露されたら世界は揺れるだろうし、彼を殺せば魔王城の島への侵入手段への情報を完全に失うことになる。
ライオット皇子も強硬手段による暴露は国や世界中の人間を人質に取られる形でできなかった。自ら命を投げ出す覚悟ならできたかもしれないが自殺、自死が精神的に禁止されているこの世界。
「自死や自殺は絶対にダメだ」
そう告げたアルフィリーガの言葉に踏み切ることはできず、孤独な戦いを続けてきたのだという。
「それでも数年に一度は呼ばれたがな。なんとかして魔王城の島に入る方法を聞き出す為に」
「ガルフと出会った直後の時もそうだったと言っていましたね」
「ああ『勇者の転生」と引き合わせるという名目でな。
あの時にはまさか、アルフィリーガとの再会が本気で叶う日が来るとは思ってなかったが」
私達とライオット皇子が改めて出会ったのは、私達が『魔王復活』を告知して既存の転移陣を潰した時のことだ。
あの時は読心の能力を持つ『偽勇者』エリクスが現れたので、彼に皇子の心を読ませようとしたらしい。問答無用の力で心を読まれたら本気で止めるつもりだったけれど、大したこともなかったから放置して利用した。
とお父様は語る。
「大抵はこっちが折れなければ諦めて返してくれたからな。まあ、そういう訳で自分から俺は大聖都に行くことはしなかった」
「では、何故」
「お前、いや、お前達を守る為だ。国の柵など無しに睨みを利かせる存在が必要だと思った」
皇王陛下や皇王妃様は、勿論私を守ってくれるだろうけれど国王として他国や大聖都の圧力がかかると断れない場面も出てくるかもしれないし、私を利用したいという魂胆も見えるという。
「俺が側についていれば、父親権限で大抵のことは拒否できる」
貴族社会は男系の権力が強いから、娘の結婚には家長にして父親の意見は絶対。
皇王陛下だってお父様の意見を排除して私の結婚相手を決めることはできない。
他国の王族も、神殿も父親が拒否すれば無理強いはできないだろうという。
「……ついでに、今まで直接対決を避けてきたが『神』とちゃんと向き合う必要があると思ったんだ」
新年の参賀は『神』の意思と『聖なる乙女』、各国王が繋がる年に一度の機会であるという。大聖都の礼拝堂の奥に各国にあったような精霊石があって、そこで『聖なる乙女』が舞い王族が祈りを捧げることで力を送る。
基本国王のみ参加。呼ばれれば他の王族が入ることもできる。
ライオット皇子は今まで要請を全無視していたらしいけれど。
「今ならアルフィリーガもいる。
互いに背中を預けられるなら、何が有ろうと切り抜ける自信はあるからな」
「ライオ……」
「何より、去年のように俺の知らない所で、お前を失うかもしれないのは嫌だ。
だから目の届くところにいてしっかりと監視する」
「悪かった」
「悪いと思うならもうやらないと誓え。絶対に、だ」
「…………」
「アルフィリーガ!」
やらない、とも、解った。ともリオンは返事をしなかった。
唇を噛みしめる様子は頑なで何かを決意しているようにも見える。
「……ねえ、リオン。もしかして、また今年も『神』との騒動があると思ってる?」
「思ってる」
少しの間も無い。確信に満ちた返答が返る
「マリカへの精神的、周囲への介入も含めた働きかけ。
下手したら『聖域』への呼び込み。もっと最悪な形での介入もあるんじゃないかって思ってる」
「最悪な形での介入?」
「だから、それを止めようとした時、また騒ぎを起こさない、とは約束できない」
リオンはそれだけ言って押し黙る。私の質問への返答は返らなかった。
これはきっと精霊の沈黙。
言ってはいけないこと。言えないこと、許されないことという意味だ。
「『精霊神』様は助けて下さらないかな?」
「夏の儀式の時には仲介役をしてくださいましたしね」
「後で、聞いてみる。どうしても必要な時は助けて下さると思う。きっと」
私としては『精霊神』様は味方。そう信じていたのだけれどお父様の顔は冴えない。
「俺としては『精霊神』もあまり信じられないんだがな」
「何故です?」
「『精霊神』も結局はお前、いやお前達を利用する存在だ。しかもお前の未来の結果を既に想定しているるようで気に食わん」
「え?」
「前に言ったことがあるでしょう? 『貴女には大事な役目がある』とおっしゃっている。と。
『精霊神』様は貴女の意見や思いよりも優先する何かがあるように思うのです。
貴女を守って下さるのは間違いないのですが……」
「お母様……」
「お前達は、自分の意思でやりたいことを決めていいんだ。
未来を定める必要もないし、定められる理由もない」
私の将来の姿は『精霊の貴人』と決まっているという。
『精霊の貴人』には大事な役割があるらしい。
かつては精霊国 エルトゥリアの統治。世界の導き。
魔王とも相対したことがあり、魔術師などを世に多く送り出していた。
ならば、私にも『精霊の貴人』になった時に何か役割が与えられるのだろうか?
その為に『精霊神』様は私を守っている?
世界を護ることは、子ども達を護ること。
その為に働くことに意義は無いのだけれど……。
「とにかく俺はお前達についていく。『神』は勿論、各国の思惑。大神殿の考え。
『精霊神』の介入だろうと、お前らの勝手な行動だろうと。
俺が目の届く範囲の問題はすべて蹴散らしてお前達をアルケディウスに必ず連れ戻す。止めても無駄だ」
「解りました。よろしくお願いいたします」
「マリカ!」
まだ、リオンは考え悩むような、迷うような表情をしているけれど。
私はお父様、ライオット皇子の決断を受け入れる。
私達の為に無理を通して下さるのだ。
感謝こそすれ拒否することではない。
「前にも言ったが騒ぎを起こすつもりなら、俺を巻き込め。一人で行くつもりなら許さん」
「ライオ」
「本当は私も付いていきたいのですが、双子を置いていくことはできません。
大聖都に連れて行くことは貴方達も、子ども達も危険に晒すことになるでしょう。
ですから、皇子にお任せするつもりです。皇子のいう事を良く聞き、必ず貴女のまま戻ってきなさい」
「はい、お母様」
間もなく新年。
『神』との直接対決を前に、私達は最強のカードを手に入れたのだと思う事にする。
それは、もしかしたらリオンや私達の思惑を超える、制御のできないジョーカーかもしれないけれど。
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