作戦としては、まずまず、成功かな。
久しぶりのお休みを、私は魔王城の中庭で満喫しながら、あの日の事とこれからのことを考えていた。
あの日、第一皇子主催の宴会は、一応無事に終わったものの、その後はやっぱり大騒動になったのだ。
第一皇子は、宴会の大成功と、大貴族達の賛辞を受けて貴族達を送りだした後、ご満悦のところにとんでもない知らせを受ける事になる。
つまり、私が倒れたという知らせである。
今回宴席が終わった後、疲労で私が倒れる。
というのが今回、第一皇子の無茶ぶりに対する私の作戦だった。
本当は宴会の給仕中にぶっ倒れてやろうかと、思っていたのだけれど、流石にそれをやると皇子の面目丸つぶれになるだろうし、他の大貴族達にも示しがつかないだろうと思って自重した。
宴会の最後のお茶出しが終わり、手柄を独り占めしたい皇子が私を追い出したところで、決行する。
ちなみに今回の件は、王宮関係者には誰にも話してはいない。
ライオット皇子にもティラトリーツェ様にも、だ。
逆にゲシュマック商会側は、リオンにもフェイにも、伝えてある。
顔を顰められたけれど解ってくれた、と思う。
宴会の途中は料理を運ぶ手伝いの人が多いから、彼等には食器を先に片付けてもらい、最後のお茶を出し終えて、私が一人になるタイミングを作り音を立て廊下に寝そべった。
私が戻ってこないことを心配したペルウェスさんが探しに来てくれるまで待つ、つもりだったのだけれども人の気配がしたのであわてて寝そべった私を見つけてくれたのは大貴族のお一人だった。
「大丈夫か? しっかりしろ?」
お姫様だっこのように抱き上げて下さった方の顔を私は見る事はできなかったけれど、
トランスヴァール伯爵家の当主ストゥディウム様だったと後で伺った。
黒髪で青い瞳。柔らかい印象を持つ、見かけは三十歳くらいだろうか。
確か情報通と名高い、と奥方達の宴席で聞いたことがある。
彼は側仕えさんと一緒に廊下に倒れている私を見つけ、厨房に声をかけてペルウェスさんを呼んで下さった。
で、ペルウェスさんは私を連れて使用人の休憩室に運び、私室にいらした皇子妃アドラクィーレ様と、大貴族を送りだしたケントニス皇子に知らせて下さったのだ。
「どうしたのです? マリカ?
目を醒ましなさい!」
「何があったというのだ? 誰か解る者はいないのか!」
お二人は青ざめて私に声をかけ周囲に伺うけれど、意識は戻らない…フリをしている。
不老不死世界なので医者もいない。
体調を崩した子どもの対応の仕方など誰も解らない。
結局、皇子達はゲシュマック商会に連絡をとり、ガルフを呼ぶ以外なかった。
「マリカ!」
「マリカはどうしたというのですか? 倒れるようなことはさせてはいませんよ?」
フェイとリオンを連れ飛び込んで来たガルフにアドラクィーレ様は取り繕うけれど、ガルフは怒りを隠すことなくお二人に向かい合うと
「怖れながら前にも申し上げました通り、マリカは子どもでございます。
先にも子どもには過剰な仕事量である。と配慮を願うと幾度も申し上げた筈でございますが!」
そう言った。
丁寧な口調ではあるが、はっきりと抗議だ。
甘えたことを言うなと、ガルフの意見を退けたお二人は返す言葉も無く押し黙る。
魔術師であるフェイが具合を見て首を横に振った。
「過労であると思われますが、私が手を出してどうこうできる話ではありません。家に戻して休ませるのが一番かと存じます」
「解った。
…怖れながら、マリカを連れ戻す事をお許し下さい。かような事情ですので明日の調理実習はお休みをお許し頂きたく」
「わ、解りました。ゆっくり休ませなさい」
「リオン」
「かしこまりました」
リオンは倒れた私を抱き上げるのに慣れている。
今回は意識があるので少し恥ずかしいけれど、力を抜いたまま私はリオンの胸に抱き寄せられるように抱えられ、王宮を辞した。
念の為、馬車の中でも私は声を上げなかったが目配せして、無事は皆に知らせておいた。
で、私はその後はガルフの店で一日休み、空の日からこちらに来ているけれど、報告を聞くに状況は大勝利、と言って良い方向に進んでいるようだった。
まず、第一にガルフの店から第一皇子夫妻に正式に抗議がなされた。
先に言った通り子どもの身に、過重労働させてもらっては困る、と。
第二にティラトリーツェ様とライオット皇子も抗議して下さった。
「あの子は、私が皇国の事業の為に預かり、手塩にかけて育てている子です。
第一皇子妃様であるなら、私には足りぬ礼儀作法を教えて下さると思ってお預けしたのに、好き勝手に使ったあげく使い潰すなど困りますわ!」
元々、私の仕事は王宮の料理人さんに料理の仕方とレシピを教える事だ。
個人的な宴席の仕切や調理、献立作成。給仕などは仕事に入ってはいない。
私が倒れたこともあり、第三皇子家をに思う所があるお二人も、反論ができなかったとのこと。
加えて調理実習が中止になったことで皇王妃様に理由を問われ、事情を知らせない訳にはいかなかったお二人は皇王妃様からも、かなりのお叱りを受けたらしかった。
「まだ子どもであるマリカに何をさせているの?
あの娘はゲシュマック商会の従業員であって、貴方達の使用人ではないのですよ?
貴方達は、もう少し他者への気遣いを学びなさい」
かくして私は、調理実習以外の業務には基本的に関与しない、という言質を得る事ができたのである。
「子ども、というものへの加減が解らず、迷惑をかけました。
許して下さいね」
休暇の前に回復の報告に向かった時、アドラクィーレ様は少し、しょんぼりした顔をなさっていた。
一方ケントニス様はと言えば
「ふん。あの程度の事でひ弱すぎる。
今後、国の事業は更に拡大していくのだ。体力をつけて期待に応える仕事ができるようになれ」
とあくまでブラック企業経営者。つける薬が無い。
ただ、
「貴方!」
アドラクィーレ様に注意されて肩を竦めていた。
これで少し懲りて頂けるといいのだけれど…。
一番心配だったのは私が倒れたことを隠ぺいされたり口封じっぽくされたりすることだったけれど、流石にそこまで悪どくは無かった。
倒れた私を誰も心配してくれなかったら、それはそれで間抜けだったけれど、みんな凄く心配して下さった。
仮病なのに申し訳ないくらいだ。
…解っている。
本当に申し訳ない事をした。
だからもちろん、こんなことは何度もやるつもりはない。
今回限り。
後は頼まれれば献立作りや給仕も手伝うし、調理もする。
「マリカ姉? なにしてるの?」
「あそぼ?」
ぼんやりしていた私を見つけてリュウとジャックが手を引いた。
私はお尻の埃を叩いて立ち上がる。
「うん、久しぶりのお休みだもん。遊ぼうね」
子ども達が笑顔で過ごせる世界を作る。
その為にやるべきことはなんでもやると決めているのだから。
休み明け、木の曜日、私は王宮に行く前に呼び出されて第三皇子の館に回った。
そこで思いもかけない人と「再会」する事になる。
「お前に紹介したい奴がいるんだ。新しくうちの派閥に入った大貴族でな」
「改めまして。ゲシュマック商会の世界を変えるお嬢さん。
私はトランスヴァール伯爵家のストゥディウム
どうかお見知りおきを」
そう言って、彼は優しく微笑むと私の手を取り、騎士の様な仕草でキスをした。
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