部屋の中に、くちゅくちゅと、ぬかるんだ水音が響く。
同時に、部屋の中に溢れる熱い熱い喘ぎ声。
絡み合う、裸体の二人。男と女。
「は……、あっ……。まっ……て。ダ……メ……」
「待ちません。何度、肌を合わせたら、解るのですか?
もう、止められません……よ!」
「ああっ!!」
深く、一歩を踏み込んだ男の動きに女は一際、甲高い嬌声を上げた。
同時に何かと何かがぶつかり合う音が、大きく鳴る。
「おく……が、あつ……あ、うああっ!」
「聡明な、貴女らしく、ありませんね。
ダメ、と言われれれば……余計に、燃えるのですよ。男と……いうもの……は!」
「は……あ、ああっ!!」
自らの下で、優美な身体を紅く上気させる女の胸元に、彼は顔を埋めた。
指で、舌で、己自身で。
丁寧に、丹念に、女の身体を愛撫し高めていく。
唇に力を入れ強く、吸い上げると赤い跡が白磁の肌に残る。
花びらのように。
「でも……まあ、いいのかもしれません。
男と、女というものは、閨の中でだけは嘘をつかなくも、愚かになっても……」
普段は誇り高く強く、揺るぎない輝きで咲く薔薇。
その彼女が自らの腕の中で喘ぎ、散らし、鳴く。
柔らかく、暖かい中が自分自身を締め付け、行くな、離れるなと訴える。
それは肉体的にも精神的にも最高の快楽で。
彼女を抱く男の昏い嗜虐心と情愛を満たしていく。
「あ……っ、は、早く。あ、あああ……!」
女が自分を抱く白鳥のような細腕に力が籠る。
と、同時にきゅうと、彼女の腕よりも強く自分を抱きしめる場所が、音を立てたような幻聴を感じ彼は勝ち誇った笑みと共に頷いて見せる。
「ええ、僕も、そろそろ限界です! 行きますよ!」
「あっ! あああっ!!!」
さらに踏み込み、彼女の最奥に彼は己の中に蟠る熱と思い、全てを放ち注ぐ。
そうして彼は女を征服し,女は男の全てを内に受け止めるのだった。
普段と、何も変わらぬままに。
「こんな、僕の姿を見たら、マリカとリオンは、僕を軽蔑しますかね?」
「……まったく、閨の中でさえ、貴方の頭の中はいつもあの方たちのことでいっぱいなのですね」
互いを貪り合った行為の直後。しかも、なんだったら、まだ繋がり合ったままで彼の腕は彼女を抱きしめているというのに。
自分以外の男と女を思って自嘲する男に、彼女は大きなため息をついて見せた。
「まあ、それが貴方という男だと解っていますから、別に構いませんが」
「すみませんね。
でも、二人の次は間違いなく貴女ですよ」
「あうっ! 急に……不意打ちは、卑怯……」
さんざん、身体を重ね合わせたのにまだ、足りないのか。
自分の内側で質量を増す男を感じながら
「仕方ない、ですね。はやく、いらっしゃい。フェイ」
彼女は体勢を変え密接する、細くて、でも固くて強い、男の腰に足を絡め、捕らえ引き寄せた。
「ええ。甘えます。ソレルティア」
拗ねて見せる自分の首元に甘く、歯を立てる少年は、名目上はアルケディウスの王宮魔術師ソレルティア。彼女の愛弟子ということになっているが、今はもう全ての点において自分が抜かされていることに彼女は勿論気付いている。
この優秀すぎる弟子は、勉学や術、政治、経済の駆け引きのみならず、閨でも優秀で彼女を翻弄するのだ。
人の求めるものを的確に理解し、行使する。
『精霊』に愛された天才と、このような爛れた関係になってもう半年になるだろうか。
彼女は苦笑する。
このプライドの高い少年が、自分の元にこっそりとやってきて、頭を下げた日の事を思い出しながら。
「男と女の関係、結婚というのはどういうものなのか?
ご存じですか? ソレルティア」
「はあ? 何ですか? いきなり……」
あれは、皇女マリカと騎士リオン、そして皇王の魔術師フェイというアルケディウスが誇る天才児達が神殿に取り上げられて二年目の新年のこと。
国王会議の護衛として同行してきた自分にパーティー会場で彼は、自分の傍らに寄り添いそう囁いて来たのだ。
「他の女性には、ちょっと聞けないのです。許して下さい」
照れたような顔で自分を見下ろす彼の顔は、自分より頭一つ分以上高い。
三年前、初めて出会った時は殆ど同じくらい。自分の方が背が高かったと思うのに、少年は瞬きする間に成長し、麦穂が伸びるように背が伸びた。まだ薄いが筋肉もついて逞しく、あっという間に自分を見下ろすようになってしまった。
(ん?)
気が付けば、自分達の周囲には風の結界。誰かが明確な意思を持って近づかない限りは周囲に会話が聞こえない。透明な密室ができている。隣に立つ彼の技だろう。
息をするように高度な術を使い、自分を遥かに超える天才魔術師。
それが悔しいと思った時も確かにあったのだけれど
(これだけ、完璧に自分を上回る相手には嫉妬の気持ちさえ湧いて来なくなるのですよね)
思わずため息が零れた。
風の王の杖を持つ精霊と真実の意味で契約した『魔術師』
文官長を上回る記憶力の持ち主で、アルケディウス王宮の蔵書を僅か二年で全て自分のものにした天才児。
加えて風国シュトルムスルフトの王の血筋とあれば、元孤児の自分にはもう参りましたと手を上げるしかない。
月光を流水に晒したような流れる銀髪。蒼天の空を切り抜いた様な青の瞳。
王族であるということが素直に納得できる神ががった美しさに長身は、各国の貴族の女性達を魅了している。
表面は良いのだ。城に来た当初は難があった対人関係も今は、難なくこなすことができるようになってきている。
自分と文官長が渾身の力を込めて磨いたから、と自惚れるつもりは無いけれど。
さらにたった二年、いや就任してもう一年だったからもっと短いか。
で、大聖都を掌握、大神官たるマリカ皇女を支える神官長にたどり着いたのだから、天は平気で二物、三物を与えるのだと思ったものだ。
「それで、男女の関係が何なのですか?」
「いえ、僕はマリカとリオンが、神殿の枠に入ったまま結婚できるようにしたいと思っているのです」
「はあ? お二人の結婚?」
「しっ。声が大きいです。まだ誰にも言っていないのですから」
飲み物のグラスを渡しながら、あの時、彼は悪戯っぽく笑っていたっけ。
「還俗してアルケディウスで結婚するというのはダメなのですか? 皇王陛下も第三皇子達もその日を首を長くして待っているでしょうに」
大聖都に三人を盗られてからというもの、アルケディウスはやや精彩を欠くようになった。諸国に比べれば食の振興や科学、農業の発展はかなりなものに思えるけれどやはり、マリカ皇女を中心に、世界の主導権を握っていた頃に比べれば勢いは減じた。
確実に。
早く皇女に戻ってきて欲しいと皇王陛下なみならず、国中が思っていることを彼女は知っている。
「現実問題として、マリカが大神官を降りるのは難しい話です。最低でも次の『聖なる乙女』が育ち、マリカの代わりを務められるようにならないといけないですし、『神』も諸国も望んではいませんから」
それは解っているけれど。
『精霊国女王』にして『魔王の転生』
溢れる才と能力を持った娘を一国が抱えているとどれだけ騒動になるかは十分に。
「何より『神』が不在の大神殿は居心地がいいんですよ。煩い上司も、大貴族もいな,いので。
制限は多いですが、上に立ってしまえば実力社会。ある意味自由に動けますしね」
「煩い上司で悪かったですね」
「失礼。そう言う意味で言った訳では無かったのですが」
悪びれず苦笑する大神官たる彼の視線の先には、人々に囲まれる皇女がいる。
彼女と傍らに立つ少年騎士を見つめる瞳は、優しい。
妬けてしまう程に。
「僕は、あの二人の自由の翼を守りたい。
誰にも縛られること無く、自由に空を飛ぶ鳥であって欲しいのです。アルケディウスには恩がありますが、彼らの思惑にも足を止めさせたくない。
その為に、出来る手段は全てやるつもりなのです」
「お二人の自由に、神官位のままの結婚が必要なのですか?」
「必要です。大神殿から一歩外に出れば、いいえ。
大神殿の中ですら、二人を手に入れようと狙う者は山ほどいます。彼らを黙らせるには文句のつけようのない伴侶との公式な結婚が必要なのです」
本当に、この男には二人しか見えていないのだと少し呆れてしまう。
故国でさえ、油断ならない仮想敵であるとは。
「それは、まあ、解らなくもありません。結婚していても諦めない者は勿論いるでしょうが、表向き落ち着きはするでしょうね」
「ええ。既に少しずつ今の体制を維持することが『神殿組織』の安泰に繋がると思う神官達。
マリカ達が一国に独占されることを不愉快に思う国などに、働きかけてマリカ達の結婚を認めさせるように動いています。
二人が結婚し、子どもが生まれ、その子が神殿を率いれば誰も文句を言わないでしょう」
「お二人の御子を餌にするのですか?」
「人聞きの悪い。ただ、二人がアルケディウスに戻ってそこで結婚すれば、また手放させるのは至難の業だぞ。とね」
なるほど。ならば大神殿は神殿則を改定してでもお二人を逃がしたくはないと思うだろうし、各国ももしかしたら、第二、第三子を自国に招けるかもしれないと思えば協力してくれるかもしれない。
「それで、最初の質問に戻るのです。
僕はリオンとマリカが結ばれることを願っています。
二人は惹かれ合っていますし、僕が見る限り愛し合ってもいます。
ですが、男女が結ばれ結婚する、というのは形式上や書類上のものだけではない意味があるのでしょう?」
自分を見る曇りのない、穢れの無い少年の眼差しに思わず彼女は目を見開いた。
「もしかして、知らないのですか? 男女の営みを」
自分よりはるかに年上の大人達をその知略で手玉に取る賢者が、まさか童貞。それ以前。
知識も経験もまっさらな本当の『子ども』だったとは。
「ええ、はっきりとは知りません。本を読んでうっすら、男女が身体を触れ合わせ、交わすことで何かが起きるという事は解っています。それによって女性の体内に変化が起こり、子が宿ることもマリカの書物によって知っています。
男にとってもそれが特別な事であり、時として弱者を虐げ弄んでもやりたいことだというのもなんとなく、感じてはいるのです。アルやセリーナはその餌食となっていたということも」
「そこまで、知っていて、本当にその先は知らないと? 男の本能というものではないのですか?」
「本来は、愛し合う男女同士がする内密なことなのでしょう? 誰も教えてくれませんでしたし、聞けもしませんでした。
リオンは転生を繰り返す間に知ったようですが、流石に教えてくれとは言えませんよ」
言われてみれば、そういう事もあるかと思うけれど。
心底呆れたというように、彼女は肩を竦めて見せた。
この純朴な少年は。大切な二人の為に自分の全てを使ってきた彼は、本当にそれ以外の全てをないがしろにしてきたのだろう。
……ならば、
「私が教えてあげましょうか?」
少し上段に彼女は背筋を伸ばし、何事も無い顔を作って、そう言った。
ただ。
どんなに取り繕っても顔は真っ赤。
心臓は早鐘のようになっていた事を彼女は今でもはっきりと思い出せる。
「いいのですか?」
「そのつもりで、声をかけてきたのでしょう?
私は、一応経験もあります。逆に初めてではないので、そこが不満だと言われれれば諦めて貰うしかありませんが」
「そんなことは、言いませんよ。勿論」
「なら結構。子ができたら、その時は結婚してくれとは言いませんが認知して下さいね」
「子? 僕の子、ですか?」
「まあ、その辺もゆっくり教えていきましょうか? もう教えることは何もないと思っていた貴方に、まだ教えられることがあるのは少し、嬉しいですね」
そうして、彼女は無垢な少年に、男女の営みを知らせた。
自身の身体を開き、一つ一つ、男女の差異と機能から体の仕組み、命の理まで丁寧に。
結果、少年は二人が大神殿から離れると夜ごと、彼女の元にやってくるようになったのだ。
国境を超えられる手作りの移動式転移魔方陣を使って魔王城へ。
そこからアルケディウスの彼女の部屋に跳んで抱く。
転移術をこんなことに使っていると知られたら、誰もが呆れるだろう。間違いなく。
神殿を司どる最高権力者の夜這い。
しかもぶっちゃけ密入国だが、この天才は気にもしない。
彼女自身もまた、この秘密の関係を楽しんでいた。
公式には立場が離れ、滅多に会うことができなくなった弟子が。
一人の男として自分を求めて通い、貪ることには何とも言えない背徳感と、多幸感があったから。
「あっ、や……あああっ!!」
少年の若い身体は、疲れ知らずで幾度となく彼女の中に自分自身を打ちこみ注ぐ。
燃えるような熱い愛に酔いしれながら、彼女はまだ脈動する腹上に自分の手を当てる。彼の種がここにある。
それがたまらなく愛しかった。
この秘密の関係を誰にも言ったことは無いが、皇王妃や第三皇子妃には気付かれているかもしれないと彼女は感じ理解している。
今は、まだ兆候が無いが、本当に子どもができたら報告はしなくてはならないだろうし。
若さのままに吐き出された精を抱きしめながら、彼女はその時は大事に育てると決めていた。
二人の子程ではないにしても、フェイの子は、きっと国の宝と呼べる存在になる。
「……ティア、ソレルティア。いい加減戻ってきてください。
話があるのです」
「あ……ごめんなさい。なんです? 話とは」
ぼんやりとした意識を覚醒させ荒い呼吸を整えた、彼女は、自分を組み敷く少年に問いかける。もう、身体は一旦離れたけれどまだ互いの体温が感じられるほどに距離は近い。
「多分、もう時間は無いのです。そろそろ二人を奪取する為の『神』の本格的攻勢が始まるでしょう」
「ならば、その前に……ということですか?」
「はい。彼は『神』の元に帰る気満々のようですが、僕は彼を返すつもりはありません。
だから、協力して下さい」
「解っています。私にできる限りのことはしますよ」
「ありがとうございます。愛しています。ソレルティア」
身を起こした彼女の額にちゅっと口づけを落とし、彼は笑ってそう告げた。
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