秋の戦の戦場。
フリュッスカイトとの国境に辿り着いたのはアルケディウスを出て七日目の事。
紅葉に紅く染まった森はここがこれから戦場になるとは思えない程に華やかな色合いをしてた。
で、その頃には、俺達の部隊の殆どの人間が、俺達の部隊長リオンを心酔、とまではいかないがかなり気に入っていたんだよな。
まず、夜ごと肉が振舞われる。
流石に麦酒が出たのは最初の夜だけだったが、夜ごとに食する肉は、驚くほどに俺達の身体に、気力と力を与えていた。
加えて、実際に部隊長の強さを目の当たりにも出来た。
振舞われる肉は、部隊長自らが狩ってきたものだと聞いて俺達は目を剥いたものだ。
鹿だったり、イノシシだったりするが小柄な部隊長よりも大きな獲物をよく、野営の準備の僅かな時間に狩って来れるものだと驚く。
そうそう、食事時間中に、一般兵の中でも力自慢のゴロツキが、部隊長に腕比べを挑んだことがあったんだ。
そいつは背も高くて胆力もあって、並ぶと部隊長の小ささが際立って、皆が騒めいたものだったが。
そいつよりもデカい副将が
「バカな奴だな。痛い目見て懲りろ」
鼻で笑って見せた様に、勝負の合図がかけられて僅か一瞬。
本当に一瞬で、そいつは地響きを立てて地面に転がっていた。
勢いをつけて足元に滑り込み、足を払われたのだとその場で気が付いた人間は果たして何人いたのか。
御前試合の優勝者と聞いていても、心のどこかで侮っていたであろう連中は、俺を含めてその日を境に部隊長への評価をかなり改めた。
俺達一人一人の顔を見て、話しかけ、笑う騎士貴族を見たのは生まれてはじめてだったし、同行している部下は元旅芸人だったと曲芸を披露してみせ、正真正銘のゴロツキだったという副将と共に俺達の話をよく聞いてくれた。
そんな夜の時間が七日も続けば、俺自身も部隊長と話をする機会も何度かあった。
というか、皆に話しかけてたんだけどな。
部隊長。
「得意な事はあるか? ベック」
「え?」
問われて、少し足が速いと答えた俺は後で気づいてビックリした。
部隊長は俺の名前を憶えていたのか、と。
まさか、二百人近い部隊の人間全てを? という疑問はその時は解決されなかったけれど。
後で戦前の最終編成だと、俺が斥候部隊に移動配属されたのは、多分、偶然ではないのだろうと思う。
そんな楽しい時間も戦場につけば終わる。
部隊は小部隊に再編成されていよいよ戦闘開始だ。
戦の開始が宣言され、のろしが上がった。
まずは直接戦闘が行われた。
戦の最初に必ず行われる戦力を測るぶつかり合いだ。
部隊の陣形や方針は王族が決めるが、その配置は部隊長の力や地位で決まる。
初戦の先頭、華やかな部分は地位の高い騎士が担当する事になったようで、俺達の部隊に割り当てられたのは翼のような陣形の右の端であった。
不思議な事に今回の戦では、必ず朝、もしくは出撃前に、あと、夜に兵士全員が集められ指示が与えられてた。
今まではただ戦場に連れ出され、言われるまま目の前の相手と戦うだけだったのに細かい指示が与えられたんだ。
初戦の時
「いいか? この戦で大切なのは剣で敵を討ち果たす事じゃない。
いかに敵の数を減らしていくか、だ。俺達に割り当てられた部分は端っこで目立たない。
つまりは何をしても目につきにくいんだ…」
にやりとそう笑った部隊長は、俺達一般兵に指示を出す。
主戦力部隊が目を引いている隙に、一般兵は数人がかりでかまわない。
少しずつ兵士を捕まえろ、と。
「俺達と同じように端に配属された部隊は多分、あんまりやる気が無い筈だ。
一般兵を中心に捕まえられるだけ捕まえろ。無理はしなくていい。絶対に敵に捕まえられるなよ」
いざ、直接戦闘が始まると、自ら戦場の先頭に立つ騎士連中の戦い方は華々しかった。
スピードと技で場を蹂躙していく部隊長。
その背後を守る副官と副将のコンビネーションもすさまじく、敵を次々と蹴散らしていく。
部隊の戦闘に騎士貴族が立つことは少ない。
後方で全体の指揮をすることが多いのだが、うちの部隊長は正しく先陣を切って陣の翼を切り落とすように貫いてしまった。
切り落とされた切っ先はおそらく五十人前後。
「全て捕えなさい。一人も逃がさないで!」
俺の部隊の直接の指揮官。
鞭使いは、剣を振りかざす将の一人の腕を捕えて指示を飛ばす。
数名の護民兵や将も混じっていたが切り落とされた翼部分の兵士たちは、その倍の一般兵に取り囲まれて、ふるぼっこ。
意識を失い倒れ、捕えられてしまった。
初戦の中央で鬨の声が上がる。
アルケディウスの部隊の一つが、フリュッスカイトの部隊長を捕えたらしい。
それを合図に両軍は退いていく。
秋の戦の初戦は、アルケディウスの人員被害は一桁。
俺達の部隊は0。
一方フリュッスカイトは百人弱を失って撤退。
アルケディウスの大勝利だった。
「本当は、戦を終わらせるのなんて簡単だ」
その日の夜、部隊長は、集まった兵士達にそう言った。
驚いたことに夕食は戦地に付いてからも振舞われていた。
そして夕食を名目にミーティングも行われる。
「別に敵将を全部倒すとかそんなことはしなくていい。
敵軍の精霊石を奪えばそれで終わり。
伏兵で敵を引き付け、隙を見て本軍が精霊石を奪えばいい」
といとも簡単だ、という様に。
実際はそうもいかない筈だ。
精霊石を奪えば終わりなのだから、精霊石には当然しっかりとした護衛がついている。
だが、そんな事を部隊長は気にしてない様子だった。
「この戦、最低一週間は続けなければならない。
だから一週間目までは、のらりくらりと戦闘を続けていればいい。
今回指揮官である第二皇子は正面戦闘におけるまっとうな勝利を望んでいる。
中央には実力と地位のある騎士連中がいる。
俺達には今回中央で戦う機会は訪れないから、前回と同じように端っこを少しずつ切り落として敵軍を減らしていこう」
初戦、一番の評価を受けたのは正面戦闘で敵の部隊長を落とした部隊だが、敵の数を減らした。捕虜として捕えたというのであればうちの部隊が一番だった。
そして戦を繰り返すごとに捕虜の数はどんどん増えていく。
「フリュッスカイトは比較的素直な戦い方をするからな。
焦れて動き出すまでは攻めてきた連中を確実に捕える、でいい」
ビックリしたのは指揮官が捕えた捕虜連中をそのまま放置しなかった事もだ。
今まで、倒したり捕えたりした連中の扱いは割と雑だった。
適当に捕まえて放置。乱戦の時だと、意識を失った後はそのまま置き去り、なんてこともあったくらいだ。
特に前半はその傾向が強かった。
でも、うちの指揮官は敵の確保を徹底させてた。
着実に敵の数を減らす為に捕虜を確保する。
だから、フリュッスカイトの連中は日を追うごとに減っていく。
で、放置っていうのは捕虜連中をただ、転がしておかなかったってこともなんだ。
奴らにも肉が振舞われたんだぜ?
肉を口にしたフリュッスカイトの連中の顔は見せたかった。
いや、本当に目を丸くしてたからな。
「俺達はお前達に危害を加える事は無い。
両国の交渉次第だが、来年の戦よりも早く帰れる様にしたいとも思っている。
逃亡しないと約束するなら、戦の終了までお前達にも食事を振るまおう」
非常に解りやすく、捕虜連中の抵抗は消失した。
食い物の力は怖ろしいよな。
こつこつと捕えて来た兵士達の数が一割を超え、直接戦闘で圧倒的に力負けするようになったフリュッスカイトは追い詰められ攻撃に出始めた。
「? フリュッスカイトが先陣の部隊を強襲? しかも三部隊が一気に?」
その報告を聞いた途端、うちの部隊長は兵士達を全員集め出撃を命令したんだ。
「目標は横の森、挟撃の為に伏せられている部隊を強襲する。と」
実際、指示に従って行ってみて驚いたぜ。
森には本当に二部隊が息を潜めて隠れていたからな。
でも、こっちはうちと、部隊長が協力を仰いだ二部隊込みで三部隊。
しかも攻撃を予測してなかったらしくて、連中は蜘蛛の子を散らすように逃げてった。
俺達はいつものように兵士を捕えられるだけ捕えて、残りの部隊は正面戦闘に合流したから、敵はあっさり撤退してった。
そんな風にさ、うちの部隊長は表舞台の中央じゃない所で、戦場をフォローして敵の力を確実に削いでいったんだ。
一週間過ぎる頃には俺達の部隊が捕えたフリュッスカイトの捕虜だけで五百人を超えた。
実質、三割近い戦力を俺達が削ったことになる。
部隊長を煩がっていた他の隊の連中もその功績を無視できなくなった。
そして、七日目の夜。
定例の会議の時。
「皇子とその他の部隊長から許可が出た。
これから、敵の精霊石を、獲りに行く」
部隊長はそう、笑って言ったんだ。
夜の強襲。
その夜、アルケディウスは残っている全軍でフリュッスカイトに攻め入った。
俺達、部隊の一般兵はその背後で、今までどおり兵士の捕縛を命じられていたから、何があったかはよく解らない。
部隊長は騎士連中だけ連れて、そっと何かをしに行ったんだってことくらいしか。
けれど先端が開かれて一刻もしないうちに
「うわああっ!」
フリュッスカイトの本陣から、絶望的な声が聞こえて来た。
そして、夜の戦場に紅いのろしが高々と上げられたんだ。
紅いのろし。
それは戦争の決着の合図。
「戦いは終わった! 勝者はアルケディウス!」
審判役の第三皇子の声が高らかに響いて暫くして、俺達は騎士連中と共に戻って来る部隊長を出迎えた。
「勝ったぞ、みんなのおかげだ」
誇らしげに笑う部隊長の手には勝利の証、水色の精霊石が呼吸するように静かに瞬いていたんだ。
その日の夜は、勝利を祝う宴になった。
いつものように部隊長があの肉を焼いて振舞ってくれたんだけどな、なんと、もう一度、麦酒も俺達の部隊には振舞われたんだ。
前に飲んだやつとは違って、濃厚で味わい深くて…まるで身体に染み込んでいくようだった。
「美味いか。ベック?」
宴の中、部隊長がオレに呼びかけてくれた。
今度はちゃんと気付いたぜ。
この小さな部隊長が、二百人近い部隊の全員の名前を憶えてくれていたってことをさ。
「はい。美味いです。部隊長…」
「そうか、良かった。アルケディウスに戻ったら一般部隊は解散だ。
また縁があったらよろしくな」
俺だけに声をかけた訳じゃない。
別に俺が特別だったってわけじゃあないんだ。
ただ、あの小さな部隊長は兵士一人ひとりを大切にして、声をかけて、守って最初の約束通り、部隊の誰も欠かさずに戻ってきた。
本当に、すげえなって思ったし、いつの間にかあの人が子どもだってことも俺は忘れてたんだ。
アルケディウスに戻って、部隊は解散したけどすっげえ名残惜しかった。
三週間の間に、部隊連中ともいくらか仲良くなったしな。
今まではそんなこと無かったんだぜ。何百回も戦に参加したけど、隣の奴と話した事さえ殆ど無かった。
戦が楽しいとか、またあの人の元で戦いたい。
そんなことを思ったのは本当に始めてさ。
みんな同じ気持ちだったらしくって帰りの道はえらく話が弾んだもんさ。
多分、参加した一般兵はみんな今頃、俺みたいに興奮して話してると思うぜ。
俺達の、小さくて、でもすげえ部隊長の話をさ。
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