皇帝陛下のご依頼があったので、皇帝陛下との面会の後、すぐにアーヴェントルクでの仕事に入ることになった。
確か、今日、夜の日、安息日なんだけどね。
仕方ない。
基本のやり方は今までの国と同じ。
お教えするのは皇家の料理人。
皇帝陛下、ヴェーとリッヒ皇子、アンヌティーレ皇女の料理人。
材料を用意して頂き、それを活用した料理を作る。
調味料などは持参したものを使ったり、作り方を教えたり。
デザートにもなる定番のお菓子を毎日一つずつ。
後は、メインとサブのおかずを一つずつと、サラダにスープ。といった感じだ。
今日、用意されていた食材はパウンドケーキに必要だからとお願いしていたミルクと卵、小麦粉。
後はサーシュラにキャロとパータト、鳥の丸焼き用の鶏肉。果物はピアンにグレシュール。
晩餐会とかに良く使われる食材だという。
「時間もないので今日は簡単に、鶏がらを使った卵スープ、サラダはマヨネーズとパータトを使い、胸肉を使ったバンバンジーと鳥もも肉のソテーを作ります」
聞きなれない名前に首を傾げながらも、そこは皇家に仕える料理人さんたち。
指示されたとおりに動いてくれる。
まず最初に鶏がらスープの下準備。
その後、時間のかかるパウンドケーキを作り、マヨネーズとお酢の作り方を教えた。
『新しい味』の神髄は調味料にある。
胡椒や砂糖などだけではなく、ハーブを活用したり香辛料を使ったりすることで味の幅が広がる、と伝えると料理人さん達はみんな目を丸くしていた。
実際の味を味わうとなお驚いてたけどね。
「姫君、このマヨネーズやスも素晴らしいのですが、こちらのショーユやウスターソースはどのように作ればいいのですか?
いいのですか?」
「醤油がエルディランドの特産なので確かに難しいかもしれませんね。
もしお味がお気に召したのならきっと皇帝陛下が輸入などを考えて下さると思います。
滞在中に、王都にアルケディウスの食の代表、ゲシュマック商会との直営契約を結ぶ店を選ぶ予定でもありますし」
「一刻も早く定期的な輸入がなされて欲しいものですな」
塩、胡椒、砂糖くらいしか主要な調味料がなく、煮る、焼く、茹でるくらしか調理法も無かったシンプルな料理というのはやはり全世界共通でアーヴェントルクでも変わらないようだ。
そんな感じで料理指導については今までと特に変えていないのだけれども、アーヴェントルクでは一つ、特に気を付けることにしたことがある。
それは、皇帝陛下達に直接食べるものを私が作らないこと、だ。
指導するし、一緒に調理もするけれど、皇帝陛下達が口にするものはそれぞれの料理人さん達にお任せし、私が作った物は料理人さん達への味見に使う。
「念には念を入れたほうがいいと思います。
マリカが作った料理を食べて身体に変調をきたした。毒が入っていたなどと因縁をつけられるのは怖いですからね」
自分の料理に毒を入れられる分にはまあいい、いや良くないけれど。
何より怖いのは私が、皇族に毒を盛ったとか言われることだ。
私に罪を着せて、思い通りにしようとすることが無いとは限らない。
アーヴェントルクの皇族には気を許すな、油断するなと他でもない第一皇子が言っているのだ。
十分に注意しよう。
初めてなので比較的簡単なメニューにしたから、調理実習は二刻程で終わった。
午餐にはちょっと早いけれど皇帝陛下達がお待ちだというので運んでもらう。
「ふう、とりあえず上手くいったかな?」
「お疲れ様でございます」
労う様にセリーナとノアールが水を用意してくれた。
「喜んで頂けるといいですね」
「うん。料理人さん達の反応からして大丈夫だと思うけどね」
自信はそこそこあるけれど好みもあるから、あとは待つだけだ。
「上手くいったら明日のデザートはクレープ。
牛肉とかエナとかが手に入るといいんだけどね」
余った鶏レバーが勿体ないので醤油で煮付けているとノックの音と、綺麗な服の若い男性。
「マリカ様。皇帝陛下がお召しでございます。
どうぞおいでを」
「解りました。今、まいります。
作業服のままですがお許し下さい。とお伝え下さいませ」
「かしこまりました」
後片付けと火をセリーナとノアールに頼んで私は、リオンとカマラと一緒に男性の後についていった。
厨房から裏道を抜け、表側へ。
お城には偉い人達が使う表側と、使用人さん達が使う裏側があるのは知ってる。
どのお城もだいたいその辺の構造は同じだ。
二階の奥まった一室で案内役の男性は。静かに扉を叩いた。
無音で扉が開き、私達は中へと促される。
小さな家族用、もしくは少人数用の会談の間。
豪華なテーブルと椅子の前には皇帝陛下と、皇妃様。
そしてヴェートリッヒ皇子が待っていた。
アンヌティーレ様はいない。
まあ、昨日の今日、だもんね。
「騒動があったというのに、初日から指導に当たっていただき感謝する。マリカ姫。
とても美味な料理であった。
無理を押し、其方を招いたかいもあったというものだ」
「特に、サラダやスープが美味でした。ソテーも味わい深く初めて体験する幸せでしたわ」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
「このままの調子で今後も調理を進めて頂きたいが、何か望みはあるかな?」
とりあえず、お褒めの言葉を貰ってほっとした。
あと、望み…ね。
「調理実習に纏わることでしたら、牛乳、牛肉、イノシシ肉などアーヴェントルクで入手しやすい食材を多めにご準備頂ければと思います。
私の帰国後、アーヴェントルクで料理が作れなければ意味がないので、特殊な香辛料以外や調味料以外はアーヴェントルクで手に入りやすいものをお願いしたいのです。
後は小麦粉を多めに」
私の願いに皇帝陛下は鷹揚に頷いて下さった。
「了解した。小麦は今年から本格的に生産を始めるので、今は大量にあるという訳ではないが、集められる限り集めておくようにと命じてある。
ヴェートリッヒ。ポルタルヴァ経由でラウクシェルドに食材の用意をするように伝えよ」
「畏まりました。皇帝陛下。
ただ、おそらくその代償にラウクシェルドも料理人を入れたいと言ってくるでしょうが、どうしますか? アンヌティーレの料理人と交代させますか?」
「それはなりませんよ。ヴェートリッヒ」
ピシャリと言ってのけたのは皇妃様だった。確か、キリアトゥーレ様。
「アンヌティーレにはこの国第一位の女として、揺るぎない武器が必要です。
ラウクシェルドを説得できず指導を受ける人員を増やせないのなら、其方が料理人を下げなさい。
のらりくらりと遊び歩く貴方には派閥の維持など必要ないでしょう?」
うーん、厳しいなあ。キリアトゥーレ様。
娘には優しく、息子には厳しいってやつかな?
普通は反対が多いんだけど。
「もしよろしければ、調理をしないで見学という形でならば人員を増やしてもいいですよ」
「いいのかい?」
「はい。手順を見て、味を確かめて、戻ってから実際にやってみる形でも本人のやる気さえあればレ料理法は覚えられると思います」
「では、それで頼むとしよう。…それで姫君。幾人までなら追加人員を入れられる?
『新しい食』に興味を持つ者は多い」
「厨房の広さを考えると五人以上は少し辛い気がしますが…」
「解った人数を調節しよう」
その他いくつか細かいことを取り決めて、厨房で、料理人さん達の質問をうけて、その日の仕事は終わりになる。
「ごくろうさま。
館まで送るよ」
仕事を終え、厨房を出た私に廊下で待っていて下さったのだろう。
ヴェートリッヒ皇子が手を差し伸べた。
一度、リオンの方を見ると頷いてくれたので、私はエスコートをお願いすることにした。
まだ、城の内部とか覚えきれてないので助かったところはある。
「さっきは、ありがとう」
「え?」
歩きながらヴェートリッヒ様が、そんな言葉を私に落とした。
「皇妃様から僕を庇ってくれたろう?」
「庇った、というかあれは…」
理不尽だと思ったから止めただけなのだけれど、皇子は静かに首を横に振る。
「君の考えはどうであってもいい。僕は嬉しかった。
だから、お礼を言った。それだけさ」
「皇子…」
「君の料理はとても美味しかった。旅先で食べさせてもらったのとはまた違ってね。
明日からまた楽しみにしているよ」
「はい。一生懸命努めます」
正門にたどり着くと皇子は、躊躇いなく手を放して後ろに下がって下さる。
馬車に乗り込む私に笑顔で手を振ってくれた皇子。
もちろん、恋愛感情ではないけれど、私は彼の事を嫌えなくなっている自分をはっきりと感じていた。
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