「皇女 アンヌティーレ。
其方から『聖なる乙女』の称号と役割を剥奪する」
私は謁見の間にて跪き、父皇帝からの言葉を跪きながら静かに聞いておりました。
「お前がアルケディウス皇女にしでかした無礼の数々。
大聖都の神官長もお怒りの様子であった。正式な通達が来ている」
『不老不死を失い『精霊神』の怒りをかった其方には『神』の『聖なる乙女』たる資格が喪失している。
以後、大聖都がお前に儀式を要請する事は無いとな』
「そう、ですか……」
周囲のあちこちから潜められた声が零れ始める。
マリカ皇女が帰国して数日。
私が宮の一室に軟禁されている間、もうあらゆる手が打たれて、もう私が何を言っても決定が覆ることはないのは解っています。
「皇妃キリアトゥーレは体調不良により皇妃の座を退く事になった。
第二妃ヴィヴァーチェが今後は皇妃の職務を行う事になる」
「よろしくお願いいたします。
アンヌティーレ様」
父皇帝の第二妃ヴィヴァーチェは大貴族一位である侯爵の娘。
従妹であった母上とは別の意味で政略上大きな力を持つ相手であり、肉体的にも魅力的な人物。
しかも国務の補助も行っている。
母上が皇妃の座を追われるなら、彼女がその後に入るのは仕方ない事でしょう。
皇妃と反対側、父上の右側にはお兄様が立っています。
今までは、私が一番近い場所にいた、国の後継者。
代表皇族の位置に立つお兄様の顔には自信が満ち溢れているように見えます。
それも、当然でしょう。
腕に輝く紫水晶のブレスレットは復活した『精霊神』から賜った者。
不老不死の時代の彼方より失われていた、魔術師皇族の復活という熱狂は、幽閉されていた私の耳にも届く程でしたから。
「アンヌティーレ」
「はい、父上」
「いかにマリカ皇女の若き才能に嫉妬したとはいえ、其方が行った行為は『聖なる乙女』としては勿論皇女としてもアーヴェントルク皇家に泥を塗ったのだ。
マリカ皇女はお許し下さったが、当面の間、其方の皇女としての地位、職務も停止させる。
謹慎処分とするので何故『精霊神』の怒りをかったのか、よく考えるがいい」
「……承知いたしました」
『聖なる乙女』の称号、皇女の資格。
共に失った私には、父皇帝の決定に反論する資格はありません。
ですから、ただ黙って礼をとります。
それしか、赦されていないのです。
「皇女の宮にそのまま住まうを許す。ただ、其方が知る様に使用人は全て入れ替えた。
当面は宮から出ずに己の現状を顧みるが良かろう」
「解りました…」
「お前に貸し出している使用人は全て、僕の家の有能な部下達だ。
傷つけたりしてもらっては困るよ」
「解っております。」
アルケディウス皇女に薬を盛って誘拐し、監禁、傷害。
自分が犯した罪を思えば宮での謹慎は決して重い罰ではありませんが、私は到底喜ぶ気にはなれません。
私は、今まで持っていた全てを、失ったのですから。
いっそ、お母様と同じように罪人の塔に永久幽閉になれば良かった。
箱馬車で自分の館に帰ると
「お帰りなさいませ。皇女様」
三人の使用人達が膝をついて出迎えに出てきました。
これで全員。
情けない事に、『今の私』に仕えて、会話をしてくれる者は三人の子どもしかいないのです。
「着替えて休みます。手伝いを」
「かしこまりました」
二人の少女は私の後に続き、少年は扉を開けてくれた後、姿を消しました。
多分、湯あみの用意をしに行ってくれたのでしょう。
元はオルトザム商会の奴隷だったという子ども達がぎこちないながらも一生懸命仕事をしてくれている事は解っています。
でも、でも……。
「どうかなさいましたか? 皇女様?」
「いえ、何でもありません。用事が済んだら下がりなさい」
「はい、失礼しました」
湯あみを終え、着替えを終えた私は子ども達を追い出すと、ベッドに顔を伏せました。
優しいばあや。気心知れた忠実な使用人。
そして私をいつも称えてくれた取り巻き達。
誰もいません。
私は一人です。
本当に、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?
私は、ほんの少しまでアーヴェントルクの皇女として、そして世界でただ一人の『聖なる乙女』として幸せに生きていました。
お母様は幼いころから、そして不老不死になってからも、何度も何度も私に言ったものです。
『アンヌティーレ。其方はアーヴェントルクただ一人の皇女にして『七精霊の子』
そして『神』と『精霊』に愛された特別な『聖なる乙女』なのですよ』
人も、精霊も『神』も私を愛している。
私は特別な存在なのだと、繰り返し、繰り返し。
実際に、私が呼びかければ精霊達は集い、私が舞えば光の橋が空にかかりました。
世界を支える『神』も国を支える『精霊神』も私を必要として下さり、民も、神殿の者達も私を崇め、愛してくれているそれは証明であった筈です。
だから、私は何をしてもいい。何をしても許されるのだと。
全ての人間は、私の役に立つことを喜んでいるのだ、と。
ずっと、ずっと信じていました
それが粉々に砕け散ったのは今までた世界でただ一人であった神の巫女姫。
二人目の『聖なる乙女』が表れてから。
あの娘が現れなければこんなことにはならなかったのに、と思わずにはいられないのは私の心が弱いからだとは解っていますが……。
私より格上、と彼女の事を評したのは兄上だったでしょうか?
他国より大金をもって招かれ、仕事をする婚外子の皇女は、けれど二国の精霊の血を引く英雄、ライオット皇子の娘なだけに強大な力と、精霊の祝福をもっていました。
確かに私より強いその力を我が物にせんと、彼女を傷つけた私は『精霊神』の怒りを買い、捕えられ幽閉されたのです。
そして……。
ふと、感じた甘い香り。私はベッドサイドを見ました。
子ども達が用意してくたのかもしれません。
紅いロッサの花が一輪活けてあるのを見つけました。
花瓶から手に取って眺めてみると虫食いの一つも無い、美しい花であることが解ります。
大よそは棘も取られていますが、一つ、葉陰に取り残しを見つけた私は、人差し指の先でそこに触れて見ました。
「……ツッ!」
解っていた事です。柔らかくも鋭さのあるそれは私の皮膚を小さく指して紅い血をにじませます。
ぷっくりと膨らむ紅い点。
うずくような痛み。
これは、私という存在が否応なくこの世界『不老不死社会』の外に外れた事。
不老不死を失った事を否応なく、私に突きつけていました。
今まで、あたりまえにあったもの。
世界中の誰もがもっているもの。
それを、私は失ってしまったのです。
「あ、ああああっ!!」
私は思わず花を投げ捨て、ベッドサイドの花瓶を払いのけました。
ガシャンと軽い音がして花瓶が床に落ちます。
この部屋には刃物の類も何もありませんが、これを壊したらきっと破片ができるだろう。
それで……。
我ながら狂乱の中、そんなことを考えて花瓶を拾いあげた、その時です。
「にゃああ!!」
私は、その時、在りえないものを見ました。
ええ。この部屋では決してありえないモノ。
小さな黒猫が、部屋の中で私の事を不思議な紫の目で、私を見つめていたのでした。
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